第4話 こんな美少女を殺すなんてできるわけない!

「魔王である以上、やはりお前は殺さなきゃならない。それが勇者としての俺の責務だ。許してくれ」


 少女改め、魔王の表情が引き締まる。


「……えぇ。あなたがここへ辿り着いた時点で私の覚悟はできています。さぁ――ひと思いに殺して下さい!」


 そう言って魔王は無防備に両手を広げた。

 まるで死ぬ事を恐れていないかのような積極性。彼女の言った通り覚悟ができているからなのだろうか。


「……死ぬの、恐くないのか?」


「当然恐いですよ。進んで死にたいわけないじゃないです。でももう充分生きましたし、これ以上生き続けたいとは思わない。もしかすると、私は恐いと思いつつも心待ちにしていたのかもしれません。いつか勇者に討伐されるこの日の事を。……ただ、死ぬ前にひとつだけお願いがあります」


「何だ?」


「私が死んだ後の事です。どうか魔族を滅ぼさないで欲しい。どうか、人族と魔族の共存の道を模索して欲しい」


 つまり、死ぬのは自分だけでいい。何とか同族の命だけは助けて欲しい、そういう事か。


「……分かった。〝魔王を倒した者〟ともなれば、それなりの影響力は持てるはずだ。 安心しろ。お前のその願いは俺が強く進言する。必ず魔族と人族との共存の道を模索する。約束する」


 〝勇者〟という時点でもある程度イーラン国王相手に押しが効かせられる。これが実際に魔王討伐を成し遂げたともなればかなり無理な願いでも押し切れるはずだ。


 俺の返事を聞いた魔王は安心したような微笑みを浮かべ、再び両手を広げた。


「では、仕切り直しです。どうぞ――」


(……やはり恐いのか)


 死の恐怖からか、目をきつく閉じ、体を震わせる魔王。

 その姿を見て改めて思う。


「…………」


 ――コレ、一体どうするよ?


 コレを殺す?どうやって?


 剣で斬り殺す?それとも魔法で焼き尽くす?

 こんな少女を、この手で殺すというのか?


 ――出来るわけがない!


「やっぱり辞めた」


 俺はそう言って剣を背中の鞘に納めた。


「え?」


 俺の行動に魔王は、呆気に取られたような顔でいる。


「無抵抗の者を一方的に殺すなんて出来るわけないだろ。いくらそれが魔王であってもな」


「この私に――魔王に対して情けを掛ける気ですかっ!!」


 と、魔王がキレてきたので、


「凄む前にまずは服を着ろ!!話はそれからだ!!さっきから目のやり場に困ってんだよ!!こっちは!!――童貞舐めんじゃねーぞコラッ!」


 と、キレ返してやった。

 理由は口にした通りである。

 すると魔王はびくっと肩を顰め「あわわ……」とボタンを止めていく。

 つーか、何今更恥ずかしそうに頬を染めてんだ?コイツ。


「ご、ごめんなさいぃ……みっともない姿を晒してぇ……」


 語気を強めたと思ったら今度はえらくしおらしくなってしまった魔王。……なんだコレ。


 だが、今ので話の主導権は握れた。

 俺は魔王を生かす方針で話を進めていく。


「いいか?お前はここで俺に殺された事にする。そして、俺は魔王討伐を成し遂げた。それでいいな?」


「だから、この魔王に情けをかけ――」


「あ?」


 また同じような感じで魔王が楯突いてきたので睨んで黙らせた。


「ひぃ……ご、ごめんなさい」


 それにしてもこの魔王、気も弱いらしい。


 まったく、魔王のくせに力も無く、気も小さい、だが〝魔王〟である誇りだけは一丁前。

 それに付け加え、超絶美少女。で、その可愛さだけは最強って……一体、どんな魔王だよ!


「とにかく、俺はお前を殺さない」


 いや、殺せない。


「それは私が女だからですかっ!?」


 正解。あと、超絶美少女だから。


「……そんなに死にたきゃ自害でもしろ!そもそも、お前のような最弱魔王を生かそうが、殺そうが、世界にとっちゃどうでもいい事だ」


 さっきは魔王である自分が死ねば、あたかもその後の魔族が滅んでしまうのでは?といったような事を危惧していたようだが、ぶっちゃけ魔王こいつが死んでも今の魔族と人族の構図に変化が起こるとは思えない。


「――ひどい!!いくら私が弱いからって、その言い方はさすがにひどすぎますぅ〜……うぇぇ〜ん」


 今度は泣き崩れてしまった。

 さすがにもう面倒くさいので、俺はここから立ち去る事にした。


「……じゃあ俺、もう帰るから。じゃあな――」


 そう言って俺が踵を返した時だった。


「待って下さいぃ!!」


 そう声を上げ、涙ながらに俺の足へとしがみついてきた魔王。


「――な、何だよ!」


「だったらせめて、私を弟子にして下さい」


 は?魔王コイツついに血迷ったか?

 勇者に弟子入りを頼み込む魔王なんて聞いた事がないぞ。魔王のプライドはどこいった?


「俺の弟子になってどうする気だ?」


「私を一人前の強い魔王にして下さい!」


 ますます言ってる意味がわからない。

 魔王って確か、人族にとっての最大の脅威的な位置付けじゃなかったか?


「一人前も何も、魔王はお前なんだろ?」


「そうですけど……私、強くなりたいんです!!」


 まぁ、魔王コイツは確かに弱いからな。

 おそらく魔王コイツは、元々俺が持つ魔王のイメージ像みたいな、強く威厳のある魔王になりたいのかもしれない。

 大体、人族側も魔王の正体がこんなだなんて誰も想像してないだろうしな。

 実質、4階層で倒したあの剣猛ベテルギウスが魔王みたいなもんだったわけだ。


「で?強い〝魔王〟になってどうする気だ?人族を滅ぼす気か?」


「違います!むしろ私はその逆の考えを持っていますから」


 何だそれ?何の逆だ?意味が分からん。


「は?それは一体どういう事だ?」


「詳しく聞きたいなら私を弟子にして下さい!」


 そう来たか。

 でもまぁ、その話ちょっと気にもなるし、それに魔王こいつを弟子に取る事は別に構わない。

 というか正直、取りたい、とすら思う程だ。……可愛いから。


 あくまで俺の感覚としてはついさっきまで童貞ボッチだったわけで、そんな俺に〝勇者の誇り〟なんてものは当然ないし、そもそも半ば強制的に魔王城ここへ連れて来られた身としては正直なところ、


 ――魔王の討伐?

 ――は?

 って感じだ。


 ――勇者としてのプライド?


 無いよそんなの。あるわけないじゃん。


 そういうわけで〝勇者〟としての自覚よりも〝童貞〟としての自覚の方が遥かに勝るわけで。


 そんな俺にこんな美少女が『弟子にして下さい!』だなんて、萌えるじゃないか!この状況に生粋の童貞である俺が抗えるわけがない。


 コイツは確かに魔王なのだろうが、美少女だ。〝超〟と〝絶〟がつく程の〝超絶美少女〟だ。

 超絶美少女こんなんと関われるなんて、前世を童貞ボッチとして生きた俺にとっちゃ夢のような話だ。


「……まぁ、仕方ないな。弟子にしてやろう」


 あくまで『仕方なし』のていで承諾したところ魔王は大喜びである。


「――本当ですか!?わぁーい!やった!やった! これで私も最強魔術師の仲間入りですね?」


 と、可愛いらしいウインクを飛ばしてくる魔王。


 だが魔王コイツは分かっていないようだ。

 自分がどれほど残念な存在であるかを。


 最初の魔王との戦闘の時点で俺は気付いてしまっている。

 

 そう。

 魔王コイツがなりたいという〝強い魔王〟には残念ながらなれないという事を。


 魔王コイツの魔法の才能は絶望的だ。センスはゼロ。微塵も無い。

 ゆえに〝強い魔王〟には絶対になれない。

 だからこそ、人族の脅威とはなり得ない事が分かっているからこそ、俺は魔王コイツを弟子にできるわけだ。


 こうして、才能ゼロな美少女魔王と俺との師弟関係が始まったのだった。


 ―――――――――――――――――――

作者より


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