この物語はフィクションです。
たけちー
どこかにあるかもしれない(ない)
面白そうなRPGだと思った。
ソシャゲで、サービススタートから十二年目。けっこうな長寿だ。何よりキャラクターがかわいい。調べてみると今回の節目に、自分の好きな声優が声をあてる、新キャラが実装されることがわかった。新キャラのエピソードとしても、なにやらすでに実装済みの問題児と関わりが深そうという前情報が、SNSでトレンド入りした。否が応でも目に入るし、気になる。
しかし新規勢に立ちふさがる、十二年というユーザー格差はさすがに埋めがたいのでは? という懸念は、運営からの『三百連ガチャ無料』という、どこの石油王の援助かと思えるド出血奉仕によって雲散霧消した。リセマラするのも楽しそうだなと思いながら、おもむろにゲームアプリをダウンロードし、スマートフォンにインストールする。
アプリ内アカウントと自分の決済情報を紐づけて、ログイン――
【ゆめっこりんごだいすき Lev.257】
数拍、事態の理解に時間を要した。
初めてプレイするはずのゲームで、Max500のプレイヤーレベルに対して、257まで成長しているアカウントが現出した…………。
どういうことだ?
こんなアカウントを作った覚えはないし、そもそもこのゲームをプレイするのは初めてだ。
他人のアカウントに誤ログインしたか? いや! そんなはずはない。紐づいている決済情報は徹頭徹尾自分のものだし、クレジットカードの利用履歴も、ありがたいことにこの2年まっさら(使途不明金がないの意)だ。金額を考えるとあまりの額に吐瀉しそうだが、全部自分で使ったし、身に覚えがある。しかし、このソシャゲにお金を落としたことはない。
アカウント名自体、今の自分が使うとも思えないプレイヤーネームだった。なんだ、ゆめっこりんごだいすきって。ひらがなで何かが覆えるとでも思っているのだろうか。
…………怪奇現象…………?
いや、もう、翻ってそう考えるしかない。そんなわけあるか、としか思えないが、思考を突き詰めていっても、むしろそう考えないと辻褄が合わない気がした。
[なー、こんなことある?]
ソシャゲのプレイヤー画面をスクショしてメッセージを送ったのは、大学の同期だった。唯一SNSでつながっているが、今のところ直接のやり取り自体は少ない。だが、自分が受けた衝撃の緩和のためには、人に話さなければならないとどこかで思っていた。白羽の矢が立ったのがそいつだった。
[ん?]
返信は意外と早かった。暇だったのかもしれない。
[アプリ落としたこともなければ遊んだこともないんだけどさ〜
なんかアカウントはあったw]
即座に既読がつく。しかし、今度の返信は5分程度時間がかかった。
[本気で言ってる????]
煽り文かと思えるようなテキストの返しに、なにやら写真が添付されてきた。タップして画面に描画されているものをピンチアウトする。
「……へ?」
素で、間の抜けた声が出た。
画像は、十一年前の、自分のSNSの投稿だった。
[かわいい、ゆめちのためだもん!]というテキストとともにアップされているのは、紛れもなく【ゆめっこりんごだいすき】のアカウント画面だ。一万円の課金表示と、それによって増加したアプリ内通貨の切り抜きが、一緒にネット上に上げられている(個人情報らしきところは塗りつぶされていた)。
投稿のタイムスタンプを見て、恐る恐るSNSを開く。自分のアカウント名と期間を指定してヒットした投稿内容は、……真実、自分の投稿だった。
[っえ゛????!!!!、]
[いや、マジで? って言いたいのはこっちなんだけど……]
[お、おぼえ]
[本当に覚えてないんだ…………]
――友人曰く。
「ゆめっこりんご」という二人組アイドルが彗星のように現れて、薬物利用のスクープでまたしてもきらめいて消えていったのは、ちょうど十一年前の半年間だったという。
自分のハマりようはとんでもなかった、というのも友人談。公演があると聞けば全通するために心血を注ぎ、コラボがあると聞けばグッズコンプに血まなこになり、覚えたてのSNSで譲渡情報を泣きながら探していたじゃないかと「┐(´ー`)┌」の顔文字付きで語られた。当該のRPGを何故やっていたのかについては、ゆめっこりんごが協賛プレイヤーとして参加し、ギルドを立ち上げたことによる、集客キャンペーンの一環だった。当時の投稿はそれに準ずるものだ。
いや、しかし、本当に、覚えていない。
[ハマり方がとんでもなかったし、それによる報道からの傷つき方が、かわいそうでもあったかな。当時の炎上も今の炎上もあんまり変わらないね。
もう二度と三次元好きにならない!。・゚ ꜀( ꜆>ᯅ<)꜆ピー゚・。゚。
ってやけ酒してたの覚えてるよ。四時まで付き合ったのも]
[ご迷惑をおかけしておりました]
[ご理解いただけたようで何よりです(* ˊ꒳ˋ*)
あと、多分だけどさ……]
忘れられてるなら、それが一番良かったよ。癒えて良かったね。
友達の言葉は如実に、今は癒えてなんともない傷をなぞった。本当にそのとおりだと思った。
あのあと、なにかにハマるのが怖くなった時期が確かにあったなと、今はおぼろげながら思い出せる。記憶が曖昧なのは、報道や炎上のショックが大きかったせいだ。
そしてその後も、何食わぬ顔をして自分はバーチャルアイドルや二次元にハマった。熱を上げた。ゆめっこりんごが遠景となって、ただの景色になり、(そんなことあったっけか)と完全に意識に登らなくなるまで、そこそこかかったようだ。
[まあ冗談なんだけど、これくらい記憶なくせてたなら、異世界転生ロールプレイみたいなもんじゃない? 最初からTUEEEみたいな?]
[はーん?]
シナリオはかなり進めてあったけど、記憶を取り戻す意味も兼ねて、最初からクエストをクリアしていった。イベントシーンもたくさん見た。今は常設になっている期間限定イベントもクリアした。余裕過ぎて笑った。
当時使ってたサブ垢を二つ発掘した。ゲーム楽しく遊べたのが久しぶりで、良かった。
この物語はフィクションです。 たけちー @takechiH
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