第5話 観戦

 ダンジョンへの感傷も程々に先へと進み始めて、しばらく経つと曲がり角から物音が聞こえてくる。それとほぼ同時に二人して、手に持つ棍棒を握る力が強まる。

 一応は調べてきた。何が出てくるかは頭の中に入っている。だが、実際に目で見てみないと、それに相対した時に、恐怖に駆られないという自信がないのも事実であった。

 曲がり角から顔を出してきたのは赤い肌をした小さな人型の生き物。額のあたりからは小さな角というか、わずかな膨らみ。腹が大きく出っ張っており、逆にそこ以外は痩せ細っている。栄養失調の子供を見ているかのような、そんな姿である。

 そして、その姿に恐怖が湧き立つことがなかったというのが、大きな収穫であった。


「出たな、小鬼」


 今目の前の存在を再確認するかのように、健人はそう呟いた。

 ダンジョンなんてものだから、最初に出会うのはゴブリンか何かだろうなんて、はじめは思っていたが、少し調べれば、日本のダンジョンはそこが小鬼であることが大多数であるらしかった。

 そいつらは、俺たちに気づくと目の色を変えて襲いかかってくる。常に飢えているため、どれほど大きく強そうな相手でも襲う頭の悪いモンスター。いや、妖怪の方がしっくりくるか。

 ただ、冷静に対処出来れば弱い相手。タイミングをしっかりと合わせて、棍棒を振れば攻撃は簡単に当たる。武器も持たずに素手だけで、しかも耐久力なんて、骨と皮しかなさそうな程に貧弱なものだから、ちゃんと力を込めた一撃を当てれば、問題なく倒せるのである。

 健人の前には仰向けに倒れる小鬼。問題なく振り抜けた。ここで攻撃できないようでは探索者が向いていないとわかる。目の前で動いている存在を殺せるのか。やはりそれが一番にして絶対の適性であると確信させられる。

 そして、目の前の友人は今この瞬間に、命を一つ奪ったのだと、自分の意思によって奪ったのだと、理解しなければならないし、俺もこの後、同じことをするのだと思い至らなければならなかった。


「次は春輝の番だな。俺は出来たわけだし、お前も頼むぜ」

「ああ、もちろん。ゆっくり観戦でもしているといいさ」


 こちらを振り向いた健人の指先はわずかに震えていた。それが何を意味するか、わからない俺ではない。次小鬼が出てきた時、俺がちゃんと倒せないと、危険かも知れない。そう思わせるだけのものではあった。

 いや、危険というよりもプライドという方が正しいのだろう。健人の覚悟を俺は見て見ぬふりが出来るほどに図太い性根をしているとは到底思えないし、思いたくもなかったというだけの話である。

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