スタートの日
円野 燈
スタートの日
決めたのは、ふとした瞬間だった。
高校を卒業した私は、夢だった声優を目指していた。
けれどある日、その情熱の炎はふっと消えてしまった。
挫折したのだ。
たぶん、小学生の時の友達の夢をマネしただけだったんだと思う。だから大したことないことで諦められたんだ。
それからは、ずっとアルバイト生活だった。夢を諦めてしまったけれど、同じ趣味の友達はいるし、今が楽しければいいや。そう思っていた。
そんな、なあなあの日々は、今振り返れば無駄な時間だったんじゃないかと思う。あの有り余る時間があった日々で、何か他にやりたいことを見つけられたんじゃないか、って。
そうして何も考えずに過ごし、数年が過ぎたある日。時間を持て余したアルバイト中に、ふと気付いてしまった。
「物語を書いて稼げたらいいんじゃない?」
私は、小学生の頃からマンガを描いていた。もともと絵を描くのが好きで、その延長線上だったんだと思う。
最初は好きなマンガやアニメのオマージュを描いていたけれど、高校生の時に初めてオリジナルと言える作品を描いた。それは友達にも読んでもらって、おもしろいと褒めてもらっていた。
けれどこの決意をする前、当時描いていたマンガが、ぱたり、と描けなくなってしまった。物語は後半だったので、このまま終わらせたくなかった私は、思い切って小説にして最初から書いてみた。
そしたら完結させることができた。それから私はマンガを諦め、小説で物語を紡ぎ始めた。この時の諦めは、前向きな諦めだ。そのしばらくあとに、物書きとして生きたいかも、という希望が生まれた。
でもその時は、自信なんて全くなかった。正直、今もそれほどない。だけど仕事に悩みがあって、このままアルバイト生活を続ける意味を見出せず、将来に不安を抱いた。
それで、自分が長く続けられるとしたら何だろう、と考えて、長年創作を続けていたことに気付き、年がら年中飽きもせず、もはやライフワークになっていることなら、何より好きなことなら、仕事にできるかもしれないと考えた。
そうして私は、まずはブログで小説を載せ始めた。でも、ド素人の小説はほとんど見てもらえなくて、感想ももらえなかった。だけど最後まで載せた。
ブログで小説を投稿し終わると、別の小説を書いた。それは別のサイトに投稿することにした。初めてのweb小説サイトだ。言うまでもないけど、それもほとんど評価はされなかった。
当然だ。その頃は小説なんてほとんど読んでなかったし、基礎ができていなかった。今もそうかもしれないけど。
だけど挫けなかった私は、web小説サイトで投稿を続けて、少しずつ評価をもらえるようになった。感想も一つや二つだけどもらえた。
そうして三年くらいが経って、その年の誕生日が一ヶ月くらい過ぎた日。
「あ。マジで小説家目指そう」
と、またふとアルバイト中に考えた。でも今度は、あの時よりははっきりとした目標だった。
私の、新しい夢だった。
普通なら年齢を気にするかもしれないけど、そんなの全然気にならなかった。
気持ちが若いからかな、なんて。
でもそのおかげで、年齢の障害なんて気にしなかった。
人生100年時代って言われてるのに、まだ半分も生きてないじゃん! 全然今からでもいけるじゃん! と。
確かな気持ちを抱いた私は、もうその道以外を選べなくなった。後悔するかどうかなんて知らない。でも、この道を選ばない方が絶対後悔する。
私は恐れなかった。恐れている暇なんてないんだ。
それが、新しい人生を切り開くスタートとなった、30歳の節目の日だ。
私は、小説家になる。
スタートの日 円野 燈 @tomoru_106
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