好物になるまで
シンシア
好物になるまで
人里離れた森。
魔女の森と恐れられたその場所には一軒のログハウスがあった。
そこには青髪の魔女と桃髪の少女が暮らしているのである。
「ご主人様。朝食の用意が済みました」
桃髪の少女が扉をノックする。
扉の向こう側にいるであろう人物から返事は無かった。
このままでは埒があかないと判断した少女は「失礼します」と短く声を上げると同時に扉を開ける。
部屋の中にはまだ膨らんだままのベットがあった。それだけでこの部屋にはまだ朝が来て居ないことが明らかである。
少女はベットに近づき布団を引き剥がしながら叫んだ
「ほら、起きて下さい! 今日は私たちにとって大事な日ですよ!」
「はにゃっっっ!」
気の抜けた声と共に青髪の女性は体を起こす。
「申し訳ありません。今日は大事な日でした。なんで今日に限って寝坊だなんて──」
「いつもしてないみたいなこと言わないでください。朝が弱いことはもうわかっています。まだ焼いている最中なので間に合います」
少女は主人に向かってお辞儀をする。
「あらあら、至れり尽せりではありませんか」
女性は申し訳無さそうにズリズリとベットの横まで座りながら移動する。
少女は主人のお決まりの動作に反応するように横に並ぶと髪をとかし始めるのであった。
「リリー、クロワッサンは好きですか?」
青髪は問いかけた。
「好きですよ。だから今日、食べるのではありませんか」
「何故好きなのですか?」
「それは──私が初めてご主人様に頂いた食べ物だからですよ」
「私もクロワッサンは大好きになりました。リリーとの思い出がぎゅっと詰まっているような気がするからです。食べた時の思い出が最高のスパイスになると思いませんか?」
「なるほど。言われて見ればご主人様と一緒に食べたものでおいしくなかったものってありませんね」
「ふふふ、嬉しい事を言ってくれますね」
リリーは髪をとき終え、自分の主人が綺麗な青髪になったのを確認し、手早く服を着替えて降りていくようにと念を押してから部屋を後にする。
五分程で魔女は降りてきた。ちょうど少女が朝食の用意をテーブルに済ませた頃だった。部屋の中はバターの香りで満たされていた。
「んー、素敵な匂いがします。上手く焼けましたね」
「はい。はやくこちらにお座りください」
階段を下りながらまだ寝ぼけている主人に、椅子を引いて座ることを促した。
窓からは朝日と呼ぶには、暖かすぎる日差しが差し込んでいる。テーブルの上にはクロワッサンの他にスープやサラダも用意してあった。
「改めましてリリー、おはようございます」
「おはようございます。ご主人様」
「それから、先程の話は覚えていますか? 好きな食べ物の話です」
リリーは頷いた。
「私は食べ物を見ると貴方の顔が浮かぶのです。リリーが美味しそうに食べている顔です。だから好物を一つに絞るのが難しくなりました」
「わたしだって同じですよ。知らない食べ物を沢山教えて頂きました。その度にご主人様が、あんまりに美味しそうな顔をするので警戒心なく口に運ぶことが出来るのですから」
「私、一体どんな顔しているのですか?」
「絶対に教えませんよ。他人には見せたくない顔とだけは言っておきます。ご主人様のまぬけな顔の話はそこまでにして食べましょうよ」
「まぬけという表現が引っ掛かりますが、用意してもらったのに、温かいうちに食べないのは失礼な話ですね」
二人は一度呼吸を整えて背筋を伸ばす。そして感謝の言葉を口にする。
「「いただきます」」
これからもわたしの好物は増えていくのだろうと、目の前で破顔させて頬に手を当てている主人の顔を見て桃髪の少女は思うのであった。
好物になるまで シンシア @syndy_ataru
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