となりの彼女がヘラつく1歩前
助部紫葉
#00
俺と彼女に接点はそんなに無い。強いてあげるとするならば、2年に進学しクラス替えで同じクラスになって、たまたま席が隣になったってぐらいのものだろうと思う。
「私は中井千波って言います。よろしくね、お隣さん」
「俺は浅倉朝希。よろしく、中井さん」
ーーー
「あっ、数学の教科書忘れちゃった……」
「ほれ」
「えっ、見せてくれるの?ありがとー!あっ……筆記用具も無い……」
「ほれ。余ってるから返さなくていい」
「い、いいの?なんかごめんね……」
「気にしなくていい」
ーーー
「あれっ……?お昼ご飯無い……。忘れちゃった。お金も無いし、どうしよう……」
「中井さん。パンとおにぎりどっちがいい?」
「パンだけど……?へっ、くれるの!?そんな、わるいよ……」
「買いすぎたんだ。俺、こう見えて少食だから、食べてくれると助かる」
「そ、そうなの?それなら貰っちゃおうかなぁ」
「ほれ。パンとついでにミルクティーもあげる」
「これも買いすぎたの?」
「いや、こっちは自販機で買ったら当たりがでたんだ。いらないからあげる」
「そうなんだ。ありがとう!」
ーーー
「こんな所でなにやってんの?」
「浅倉くん……?浅倉くんって自転車通学なんだね。実は財布と一緒に定期落としちゃって……電車乗れないから歩いて帰ろうかなって」
「ほれ。1000円貸すよ」
「いや……流石にお金借りるのは……。歩けば済むし……」
「中井さんの家どこ?」
「隣町のーーだから歩いて帰れないことも無いから大丈夫!」
「俺ん家近くだから送るよ。後ろ乗って」
「あっ、それなら……。えっと……ありがとね……」
ーーー
「お嬢ちゃん可愛いね!これから暇?俺らと遊ばない?」
「な、なんですか貴方達は……私、これから予定があるので無理です」
「まぁ、そんなこと言わずにさ!ちょっと相手してくれよ!」
「や、やめてください……!だ、誰か助けて……」
「オラッ!」
「な、なんだテメェ!?」
「浅倉くん!?」
「ほら!逃げるぞ中井さん!」
「えっ、あっ、う、うんっ……!助けてくれてありがとう!」
ーーー
中井千波です。私には好きな人が出来ました。
それまで人を好きになることとか、気になる男の子とか居ませんでした。特に彼氏が欲しいとかそんなことを考えたこともありませんでした。
だけど高校2年に進学して隣の席になった浅倉くん。
彼が好きになってしまいました。
彼は不思議と私が困ってる時に現れては助けてくれます。1度や2度ではありません。何回も何回も助けてくれました。
そうこうしてるうちに気がつけば好きなっていました。
最近はもう頭の中は浅倉くんのことでいっぱいです。寝ても醒めても彼のことばかりを考えています。それがとっても幸せで、浅倉くんと一緒にいると楽しくて、逆に傍に居ないともどかしくって切ないです。ずっと一緒に居たい。
一緒に居たい。
一緒に居たいならどうすればいいのか?
……ん?
いや、一緒に居たければ一緒に居ればいいだけの話ですよね?
そうですね。一緒に入ればいいんですね!
一緒に居たいのだから一緒に居ればいいと実に簡単な話でした。
これからはずっと一緒に居ましょう!
さぁ!浅倉くんと一緒の楽しい学校生活のスタートです!
ーーー
「ねぇねぇ。浅倉くん、教科書見せて?」
朝のホームルームが終わってすぐ。1時間目の授業が始まる間際に隣の席の中井さんが、自身の机をズラして俺の机にくっつけながら、そんなことを言ってきた。
「中井さんまた教科書忘れたの?」
中井さんはちょいちょい忘れ物をする。その度にアレコレとフォローしたのは数知れず。何処か抜けている所があってちょっと天然が入ってるんだろう。
またかと思いながらも、こうして頼られるのも悪い気はしなかった。
「え?教科書忘れてないよ?」
キョトンとした様子の中井さん。今日はどうやら事情が違うようだ。教科書は忘れてないらしい。ならば何故、俺に教科書を見せてなんて頼んできたのか。
「忘れてないの?」
「忘れてないよ?忘れ物で浅倉くんに迷惑ばかりかけてたから、最近はちゃんと忘れ物しないように気をつけてるから」
「偉い」
「そう?偉い?えへへ。浅倉くんに褒められた。嬉しい」
ニヤニヤと表情を緩めて笑う中井さん。思わず頭を撫でくりまわしたくなったが、女子相手に急にそんなことをするのもどうかと思うだけに留めておく。
「それで?教科書忘れたわけじゃないのに、なんで俺の教科書を見ようと?」
「なんでって……浅倉くんと一緒に教科書見ながら授業を受けたいなって」
「そうなの?」
「そうだよ?」
いやどうなの?それ。
「ダメかな?」
不安げな表情で中井さんは俺を見つめる。いやそんな表情されたら断るもんも断れない。もとより断るつもりもなかったけど。
「いいけど」
「ホント?やったぁ」
俺の一言でまるで花が咲いたようにパーッと表情を明るくする中井さん。あらやだ笑顔が可愛い。やっぱり女の子には笑顔だよな。
机を合わせて、ついでに椅子も俺の方へと寄せてから中井さんは腰を降ろした。俺が座るすぐ隣。至近距離。いや肩当ってるんですが。なんか女の子特有の甘い香りもするし。服越しなのに柔らかいし、ほんのり人肌暖かい。
「中井さん……。なんか近くない?」
「そうかな?」
「肩当たってるけど」
「当たってますね」
「近すぎない?」
「私は丁度いいと思います」
「そうかなぁ」
「一緒に教科書見るならこのぐらいだよ」
「確かにそれはそうかも」
「ね?」
とは言うが。中井さんと一緒に教科書を見るのは今回が初めてという訳では無い。今までに何度かあった。
だが、それは肩と肩が当たってしまうような至近距離では無かった。もうちょっと間隔が空いていた。
「えへへ」
首だけ動かして隣を見ると、中井さんはニコニコと幸せそうな表情で俺を見ていた。どうやらかなり上機嫌のようだけど……なんで?
「今日は随分と機嫌が良さそうだけど」
「そうだね。凄く機嫌が良いです」
「何かいいことでもあった?」
「とくに?」
「……無いの?」
「これといったことは無いかなー」
「そうなの?」
「そうですね」
特にこれといったことは無いと。そうだというならば、どうしてこんなにも機嫌良さげなのだろうか。こうして話している間も中井さんは私は幸せですよオーラを放ちまくっている。気持ちほんのり周囲がポカポカと暖かいまである。わりと謎。
「あっ」
「ん?」
「もしかしたら……」
「もしかしたら?」
「始まったからーーかも知れません」
「始まった?」
「そうそう」
「なにが?」
「むふふっ」
人差し指を頬に当てて中井さんはニンマリ笑ってみせる。
「私の楽しくて幸せな学校生活」
「ほう?」
「それのスタートなんですっ♡」
いたずらっ子の様な。男を弄ぶ小悪魔のような。はたまた穢れを知らぬ少女の様な表情で、中井さんは微笑んだ。
言うて意味は分からんけども。
まぁ、俺には関係ないことだろうし、中井さんがニコニコと笑っているところを見るのは、その幸せをお裾分けされてるような気がして、こちらまで幸せな気分になってくるので、とりあえずヨシ。
「浅倉くん」
「なに?」
「これからもよろしくね」
「なにが?」
なにが?
となりの彼女がヘラつく1歩前 助部紫葉 @toreniku
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