死にました。ゾンビになりました。再就職death

@ikuyu

第1話

僕は冒険者、だった。

金のため、名誉のため、望みのため、命をかけてモンスター蔓延るダンジョンへと挑む、イカれた者たち。


自らを危険にさらし続け、僕だけは死なないなんて思っていなかった。


けれど、まさかこんな死に方なんて。

背後から仲間に刺されて、死ぬなんて。


「あなたは最低最悪です!この悪魔に神の裁きを!」


聖女さん。仮にも仲間だった人にその言い草はないんじゃないかな…


一類の望みをかけて、転移魔法を使う。これで出口に出られれば、まだ望みはある!

そんな僕を嘲笑うかのように、転移した場所はダンジョンの深層。


万策尽きた僕の意識はそこで暗転していき…


「……お…てくだ……おき………さい……おきて………おきろ!」


次に目覚めた時は目の前に青白い顔の美少女がいた。蝋のように白い肌に、紫がかった瞳。銀とも灰ともとれる絶妙な色の髪は真っ暗な場所でもきらきらと仄かに輝いていた。


上体を起こそうとして、僕は気づいた。体が少しも動かせない。まるで石になったみたいだ。開いた口から漏れるのは息ばかりで、意味のある言葉は話せそうにない。

僕はいったいどうしたんだ…!?


「あぁ、それじゃ話せませんよね。…リペア」


彼女が左手に抱える杖を振り、放たれた禍々しい青い光が僕を包むと、幾分体の自由が効くようになった。これなら…!


話そうとした僕を彼女は右手で制す。


「色々、私に聞きたいことはあると思いますが、まず私の話を聞いてください。


あなたはこのダンジョンで死亡しました。

私はあなたの死体と魂を利用し、ゾンビとして甦らせました。


あなたには2つの道があります。

1つは私の提案を断り、物言わぬ死者に戻るか。

もう1つは私の提案を受け入れ、ゾンビとして第2の生を歩むことです」


一旦言葉を区切り、彼女は視線を俺へと向ける。質問はあるかということなのだろう。


死んだ?ゾンビになった?どうして?

聞きたいことは山程ある。けれど、とりあえず


「その提案っていうのは…?

君は僕に何をさせたい…って、痛ったい!!」


背後から飛び出してきた何かが、僕の右肩をがじがじと噛む。

僕、背後取られ過ぎじゃないかなぁ…


「はぁ…がじがじさん、すていです。

同族を食べても美味しくないですよ…


それに痛覚は大分鈍くなったはずなので、あなたも痛くないはずです」


そう言われて僕はまじまじと自分の姿を見つめた。普通、こんな暗闇では自身の姿を見ることすら難しいだろう。しかし、今の僕にはがじがじさんが未だ僕の右肩を噛み続けているのがハッキリと見えた。暗闇になれたのとは、訳が違う。長年の経験からそう感じた。


がじがじさん越しに露出した僕の骨と目が合う。普段なら致命傷だ。

にもかかわらず、確かに僕の感じる痛みは鈍かった。


魔法で痛覚を減らされてるとかじゃなければ、ゾンビになったのは嘘じゃないだろう。

何より、こんな状況なのに沈黙を貫いたままの心臓が、僕に死んだ事実を明確に告げていた。


「…だいたい僕に何が起こったのかは分かったけど、けっきょく君は僕に何をさせたいのかな?単純に善意で助けてくれた訳じゃないんだろ…?」


「飲み込みが早くて助かります。


ずばり、私があなたを甦らせたのは……?」


ドルドルドルドルドル…


「まさかの疑問系…」


思わず本音が漏れた。もう何が何だかだ。

ゾンビとか言うし、絶対ふざけちゃいけない場面でふざけるし…

ハッキリ言って目の前の彼女とは絶対感性が合わないと思った。


デン!


僕が彼女の下手くそなドラムロールをジト目で眺めていれば、いつの間にかにドラムロールは終わっていた。


そして彼女は高らかに、右拳を中途半端に突き上げ、宣言した。


「人間たちを、ぶっころそ~!です」


「………」


色々ツッコミたいというか、全て気になりはするけど

…人間たちを、ぶっころそ~とは?


「まぁぶっちゃけると、私はモンスター側の者です。ここのダンジョンを管理しています。


あなたならご存知だと思いますが…

近年、冒険者の増加でダンジョンの踏破が顕著ですよね?

ここが完全攻略されるのも時間の問題です。


そうなると、ここの管理を任されている私は、とっても、困るんです。責任問題です。


でも、私が得意なのは戦闘じゃなくて、あくまで経営。

私に出来ないことは、他の方にやって貰おうかな、と。


人間たちがダンジョンを攻略出来ているのは、そのチームワーク力が大きいですよね?


その力が脅威なら、誰も彼も信用できなくなれば良いと思いました。


だから、あなたには獅子身中の虫になって欲しいんです。目ぼしいパーティーに入ってもらって、その仲を引き裂いてください。


まぁ要は、人間たちにはうちげばを起こして死んで貰いたいなって」


死んで貰いたい!?冗談みたいな表情で、冗談では済まされないことを提案してくるな!彼女は!?


改めて彼女の姿を見る。

全身を纏うのは濃紺のローブ。左手に抱えるのは年期の入った木製の杖。背格好から10代の少女に見えるが、放たれる禍々しい魔力が相当な実力者であることを物語っていた。


「…その君がぶっころそ~!している人間なんだけど、僕も…その何ていうか、人間なんだよね…?」


「…まぁ、そうですね。

でもそこはなんというか…


もう人としてのあなたは死んじゃいましたし、私はあなたに新たな生を与えましたし。


ゾンビであることを受け入れて、仲間になって欲しいです。


ただ強いモンスターをけしかけるのじゃ、だめなんです。


あなたには素質があると思ってゾンビにしましたが、嫌なら嫌で断って貰っても構いませんよ?


受け入れた後に良心に目覚められる方が面倒ですし……まぁ無いでしょうが」


そう言うと彼女は何かを唱え杖を大きく振る。

すると、がさがさと擦れる音とカチカチと歯を鳴らす嫌な音が聞こえ始めた。

そこで始めて僕が寝かされていたのは想像よりも巨大な空間であったことを知った。


「…痛ったい!……痛くない!!」


僕の左手を、右足を、頭を多数のゾンビが噛る。気づけば僕の周りは数百のゾンビに囲まれていた。どこかしら、見覚えがあるような…?


「あなたが提案を断るというのなら、あなたもがじがじさんたちと同じになって貰います。


あなただって、彼らみたく知性のないゾンビになるのは嫌ですよね?


従ってくれるのなら、そのままです。


あなたは、がじがじさんたちとは異なります。


いわば、すーぱーで、すぺしゃるなゾンビです。


逆らわない限りは、自分で考えて行動できますし、まず相手にはゾンビだとはバレないはずです。望めばダンジョンを出て、人として暮らせる、はずです」


「はずが多いなぁ…

しかもそれって、脅迫だよね…?」


自由に頭をかけない僕の代わりに、ゾンビたちがガリガリと頭を噛ってくれる。嬉しくない。


「でも、あなたも損しないと思いますが。


あなたをこんな目に合わせた人たちに復讐したくないですか?…殺したいんでしょう?」


復讐。言われて始めて僕はその可能性に思い当たる。こんなことを続けていれば、いつかは裏切られるのも仕方ないと思っていた。


でも、確かに。

聖女とは、仲間とは良い関係を築けていたはずだ。それをあんな感じで裏切られたのは、普通に悲しいし…やっぱり、許せない。


「…うわーです。あなたは、本当なんというか…

改めてどん引きです」


「さっきから、良心がないっぽいこととか、ちょくちょく酷くないかな!?

僕にも良識とか、痛む心とかがあるんだけど!!」


「…それじゃあ、その良心に殉じて私の提案をはね除けますか?」


その言葉を切っ掛けに僕を取り囲むゾンビの数が増え、一気に僕に噛みついて来る。

眼前に迫るゾンビの顔を見て、思い出した。この子は前、パーティーを組んでいたはずの盗賊さん…?

とってもやさシいひトで……

こいつもシってる、たしかボクガサイショニコイ………シタ……シニクガイッパイ…カム…カムカムサスカムシメルカミキルコロスカミキルサスキルキル


杖の振る音が聞こえた。


「っ…!今のは…一体!?」


「それが、がじがじさんたちと同じになるってことですよ?体験できて良かったですね。


最後の質問です。


私の提案を受け入れ、一緒に人間たちを、ぶっころそ~!してくれますか?」


また彼女は癇に障るあのポーズを取っているが、僕は無視する。それどころじゃない。ピクリとも動かない心臓が早鐘を打っているような気がした。

あれが、知性のないゾンビになるってことなのか!?


何も考えられない。いや違う。あれはそんな温い存在じゃない。妄念に取り付かれ、永遠の責苦を負う存在だ。


倒されるまで一生そのまま、考えるだけで吐き気が止まらなかった。


「分かった…分かったよ。君の提案を受け入れる。

人間たちを裏切るよ…だから、あんな目に合わすのはもう最後にしてくれないか…」


契約成立ですね。と言って彼女は不健康そうな青白い顔を少し赤らめて笑う。

ふいに、その笑顔にドキッとしてしまう。悲しい。


契約のために準備があるので、少しここで待っていてください。と彼女が告げ、僕に背を向ける。


上機嫌なのか、彼女の足は地に着いていなかった。僕と対峙してから始めて油断を見せた瞬間だった。


この一瞬しか、無かった。


僕は腰に隠していた仕込みナイフを手に取り、そのまま背後から彼女の心臓を一突きする。


魔法の詠唱をされると面倒だから、空いている左手を首もとへと回し、喉仏を潰す。


ゾンビにされた時はどうしようかと思ったけれど、人間以上の握力は単純に有り難かった。


心臓を突き刺したが、確認のためにぐりぐりと刃を動かす。


喉を潰したので、普段とは異なり断末魔は聞こえない。


ナイフを引き抜き、空いた両手で力任せに首を捻切る。前に対峙したモンスターは心臓と首を断たなければ死ななかった。


目を見開き、青紫に染まった彼女の顔は元の美しさを失っていた。


「聖女さんに刺された時は終わったと思ったけど、まさか次があるとはね…


新たな人生…いや、ゾンビ生の始まりか。

つくづく彼女には感謝だなぁ…

変な子だったというか、何というか…いや、いくらアレでも、死んだ奴を悪く言うのは良くないか。


あっ、しまった。名前を聞くのを忘れた…


まぁ、良いか。どうでも」


兎に角まずは早くここから出たい。


衝動的に殺してしまったけれど、僕のこの状態がいつまで続くか分からない。探せば彼女の研究資料か何かが見つかるだろう。


「…復活したら困るし、念のためこれも潰しておくか」


捻り切った頭部を勢い良く床に叩き付ける。叩き付けられた頭部はトマトのようにひしゃげ、赤と茶の不気味なコントラストが床を飾った。


前へと歩み出した僕の足を、知性のないゾンビたちが掴む。


「まさか…君たちもゾンビになってるなんてね…?最初見た時には変わりすぎてたし、あんまり顔を覚えてなかったから分からなかったけど」


僕の言葉に抗議するかのように、ゾンビたちはうなり声をあげる。唾が飛び散って不快だなぁ…


「生者が憎い?それとも…?

まぁ、僕が言うのも何だけど、ゾンビ生はきっと長いでしょ。

だから、もっと楽しいことだけ考えて生きた方が良いと思うよ」


「本当にどの口が言うんだっていう話ですよね」


抑揚に欠けた感情の読みづらい声が僕の後方から聞こえた。

思わず、僕は振り返る。


そこには先ほど殺したはずの不健康そうな美少女が変わらない姿で立っていた。

彼女から目を逸らさずに、さっき潰した頭部と体を探す。それらは、変わらないまま床に転がっていた。


「あなたが本性を見せないので、何か失敗したかと思いましたが、予想通りで安心しました」


「……脅されれば、誰だってああなるよ。モンスターは僕たち人間の敵だ」


僕は一歩、彼女との距離を詰める。


「あなたの動揺が誘えるかなって、あなたが殺した人たちをゾンビにしましたけど。

おくびにも出さないんですもん。間違えたかと焦りました」


「驚いた…放つ魔力も変わりないし、一体どんな魔法を使ったのかな」


仕込みナイフはまだ残っているけど、ロープはどうだったかな…良かった煙幕はある。


「でも、普通の人なら冷静すぎます。あなた仲間に裏切られて、殺されただけでなく、ゾンビにさせられちゃったんですよ?

それに取り囲むのも数百のゾンビですし」


「いやいや、混乱し過ぎでフリーズしてただけだよ」


「あなたたちは私たちのことをモンスターと呼びますね。

でも、平気で同族を貶め、殺し続け、そのことに罪悪感すら抱かないあなたこそ、化け物なんじゃないですか?」


腰を落とし、いつでも戦闘できる構えを取る。


「まさか怪物に道理を説かれる日が来るとはね。


僕がここにいる何百もの人たちを殺したって?買い被りすぎだよ、悪い方にね。


僕は単純に彼らと知り合いだっただけ。


あっ、そうそうゾンビのままなんて可哀想だから、彼らを解放してくれないかな?」


「…質問に答えてくれたら、良いですよ。

私が聞きたいのは、1つだけ、です。


何であなたは、私を殺す時、嗤ったんですか?」


僕はその質問に笑みを浮かべ


「…じゃあ何で君は、僕が殺したはずなのに、生きているのかな?」


彼女が杖を振り上げたタイミングで煙幕をはり、ナイフを投擲する。残りは7本。


魔法使いと戦う時の大原則は相手の射程に入らないことと、詠唱をさせないことだ。

だから戦いで求められるのは、短期決戦。

長引けば長引くほど、僕の勝てる確率は反比例する。


僕の放ったナイフは予想通りの場所へと飛ぶが、当たった気配はない。お返しとばかりに僕のいた場所へ雷撃が飛ぶ。お互い探り探りの攻撃。けれど、掠りもしないなんて…


考えに浸る間も無く、氷と炎の複合魔法が襲う。この場所に詳しい彼女の方が地の利も勝っている。


けれど一体何で彼女は僕の知性を奪わないんだ…?何か制限が…?おそらく条件は距離か。


っ!いきなり接近してきた彼女は杖を僕に向かって振り下ろす。思わずナイフで受けるが、彼女は近接戦闘も出来るのか…!?

また知性を奪われれば、僕はジ・エンド。大きく後ろへと飛び退く。


何度も蹴り飛ばされ、殴り飛ばされても、僕にしがみつこうとする亡者たちがわずらしくて堪らない。

ただ僕がゾンビを倒そうとすれば致命的な隙を晒すことになる。


分かっていたけれど、この勝負は僕に不利な条件ばかりだ。


それでも諦めたくない。

僕はナイフを投げ続けながら、煙幕を絶やさず張り続ける。


「いい加減、諦めてくれませんか?

分かっていると思いますが。私は手加減しています。それなりの自由は与えますし、悪い条件じゃないと思うんですけど…」


返答の代わりに僕はナイフを投擲する。

ナイフは弧を描き、彼女の後方の床へと転がった。


完全に膠着状態となって数分。先に限界が来たのは僕だった。


魔法が直撃したせいで吹き飛んだ左足と失われた右手、地面に伏す僕はまさに満身創痍だ。


それでも僕は、ゆっくりと彼女の元へと這っていく。


煙幕は既に晴れ、眼前には惨状が広がっていた。


「…やっと諦めてくれましたか。もう抵抗しないでくださいね?」


彼女の杖が振り上げられる。


咄嗟に僕は伏せていた顔を上げ、口に咥えていたナイフを投擲する。


心臓を狙った渾身の一撃。しかし、見えない壁に阻まれるようにしてそのナイフは阻まれた。


「…全く油断も隙もありませんね。

これで分かったでしょう?私には防御魔法がっ…!」


予想通り。

鮮血を吐き出す彼女を眺めながら、僕はほくそ笑む。

彼女の体からは、僕がさっき投擲した、自ら切り落とした右手が握るナイフの先端が突き出ていた。


「…僕は、魔法使い…じゃないけど…この魔法だけは、使えて…ね。体の一部でも転移できるかは賭けだったけど…


口で投げたナイフは魔法阻害のナイフだよ。


横着せずに杖で払ってれば、死ななかった…のに…」


再び僕の意識は暗転していく。


「…やられました。ただの使い捨てにしたかったのに…これじゃ、共倒れです。

最悪ですが、こうするしか、ないですね」



そしてまた僕の意識は浮上する。


目覚めた場所はさっきと変わらず、ゾンビたちが蠢くだだっぴろい空間だった。


思わず体を探るが、武器どころか一見すると武器とは思えない物ですら全て没収されていた。


けれど先ほどまでとは異なり、体の自由が効く。失ったはずの手足も全て元通りになっていた。


目線を上げれば、無表情で佇む彼女の姿があった。彼女を視界に入れただけで、途端に身動きが取れなくなる。


「目覚めましたか…

っていうか、こわ…やば…引きます…

どれだけ普段から殺意だけで生きてるんですか…」


眉をひそめて僕を見つめる瞳はただただ冷たい。

殺意だけとは、酷い。ただ今なら殴り殺せるかなと思い至っただけなのに。


彼女に対する殺意を努めて消せば、途端に体が自由になる。何となく予想はついていたが、恐らくそういうことなんだろう。


「察しているかもしれませんが、あなたが寝ている間に契約を結ばせて貰いました。


あなたは私を殺せませんし、私もあなたを殺せません。仮にどちらかが死ねばどちらも死にます。


まぁ…あなたの場合、死者に戻るっていうよりかは知性を無くし、がじがじさんたちと同じになるんじゃないですかね」


「それが嫌だったら、協力しろと?」


「まぁ、そうですね。

何であなたがそんなに嫌がるのかが分かりませんが、きっとここはあなたにとって天職ですよ?


シリアルキラーのシリルさん?」


思わず僕は溜め息を付く。まぁ彼女の言う通り、ここはきっと天職なんだろう。だけど、殺すにしても誰かに指図されるなんて願い下げだ。途端に体が凍り付いたように動けなくなる。


「うわぁ…ほんとやだ……」


さらに顔を歪ませる彼女を無視して、僕は口を開く


「…まぁ、バレてるんじゃこれ以上猫被ってもしょうがないか。


良いよ?乗るよ、その何だっけ…人類皆殺し!だっけ。


ただし条件がある。殺す相手は僕が選ぶし、殺し方も、期間も僕が決めるから」


「全然、違います。

人間たちを、ぶっころそ~!です」


また彼女は右拳を中途半端に空に突き出して、ポーズを取る。そこは、今訂正する所じゃないだろ…!?まさかボケじゃなくて、これが素なのか!?

しかも僕に同じことをさせようと、腕を掴んでくる。

その手を掴み、そのまま手首の骨を折りたい衝動に駆られ、当然、僕の体は動かなくなる。

自由が効かないのを良いことに、彼女は同じポーズを僕にとらせると、満足げに頷いた。


「はぁ……1番の悲劇は、これから先、君の面白くもない寸劇に付き合わされることだ…


流されそうだから、念を押すけど、僕は条件を変えるつもりはないから」


「構いませんよ。別に誰がどうやって死のうか、何人死のうが、私には関係ないことですから。

ただあくまでダンジョン攻略に関わる人たちを殺してくださいね…?


あとあなたが殺す前にこのダンジョンが完全踏破されたらそれも終わりだと思ってください。その場合は、私が上司に多分、殺されます」


「ハイハイ。分かったから」


嫌そうに顔を歪めながら、彼女は右手を差し出す。

僕も右手を差し出そうとして、途端に体が強ばる。


「握手も出来ないなんて…

本当、さいあく、さいてい、性格破綻ゾンビ…」


この契約、想像以上に手強そうだなあ。

僕は無理矢理彼女と握手をしながら、新たな生活と仕事へ思いを馳せた。

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