第6話

 「ご覧なさい、あなたの期待の新人は、誰一人動けませんよ。臆病なExsitも、私を恐れて縮こまっています」


 沖田の言葉に、香織がゆっくりと暗がりから出て来た。

「流石、伊達に本部の教官だった訳ではないようですね」

 全く何時も通り、淡々と答える。

 倒れている二人には、目もくれなかった。


 「弱い奴は、排除される。ピジョンのあなたなら、見慣れた場面でしょう?」

 「会社は、力の無い者を必要とはしていません。切り捨てていくのも、私達ピジョンの役目ですから」

 「相変わらず、手厳しいですね。可哀相に、私は彼らに同情しますよ」

 「同情するだけでしょう?」

 「当然、ETSの戦力ならば、排除するのは当たり前でしょう。DMに寝返った身としては、なるべく早めに片づけておく方が、自分自身の為になりますから」


 真は、無様な恰好のまま、二人のやり取りを聞いていた。

 悔しさに、涙が滲みそうになる。

 弱い奴は、排除されるのか?力無い奴は、生きる価値も無いのか?


 ・・・・ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!


 真は、力を振り絞って意識を集中した。

 沖田の背に向かって、掌を突き出す。

 奴の正面には、香織もいた。それでも彼は、気を叩きつけるつもりだった。

 彼女の言葉が、抜けない刺のように心に突き刺さる。


 『会社は、力の無い者を必要とはしません』


 ・・・・・俺は、必要ないのか!?

 違う、今それを見せてやる。

 香織が、ふっと笑みを浮かべた。

 「まだ、終わってはいませんよ」

 沖田は、驚いて後ろを振り返った。

 同時に、真の気が激しく放出される。

 慌てて沖田が瞬間移動し、香織もその場から跳躍した。


 ゴゴゴゴゴッ!

 真の放った気は、目標を失ったまま、OA機器を展示してあったショ-ウィンドゥに激突した。ガラスが砕け散り、ごっそりとビルの一角を抉り取る。

 コンクリ-トの塵が舞い、白い煙となってもうもうと周囲に立ち込めた。


 霞む視界の中、真はゆっくりと立ち上がって、沖田の姿を探した。

 屈辱で、顔が歪む。

 これほどの思いを込めて放った一撃も、彼はかわしてしまったのだ。


 もう、打つ手は無かった。

 それでも、潔く負けを認めるなんて出来ない。

 せめて、移動中の沖田の動きさえ掴めれば・・・・・。


 力と力の勝負なら、絶対に負けはしないのに。

 しかしそれは、所詮負け犬の遠吠えだった。沖田を捕らえられない以上、勝てる見込みは皆無に等しい。

 今度沖田が現れた時、自分は死んでいるかもしれない。


 そう覚悟を決めた時、真の腕に温かいものが触れた。

 手に触れる暖かさに、思わずびくっと肩を揺らす。

 同時に、静かな声でこう告げられた。

 「これからデュオします、拒否せずに受け入れて下さい」

 何時もと変わらぬ、平坦な香織の声。

 「デュオ?」

 真は呆然としながら、馬鹿のようにその言葉を繰り返した。


 「ETSでは、同調の事をそう言います。能力者同士は、同調する事によって、更に大きな力を得る事が出来るのです。しかし意識レベルが違うと、維持する事が難しくなります。私とあなたでは、ほんの少しの時間しか有りません。ですから、一発で決めて下さい」


 「・・・・ちょっと待て、どう言う事だ?」

 慌てて問い返した直後、視界が奇妙な具合にネジ曲がった。

 その不快感に、思わず香織の手を振りほどこうとする。

 しかし香織は、しっかりと真の腕を握りしめ、それをさせなかった。

 キンキンと頭が痛み、耳元でざわめきが広がる。

 不快音は鋭く彼の脳を貫き、突然ふっと消えた。


 瞬間、視界が何重にもなって広がる。それは、薄い羽衣のようなものが、覆いかぶさって世界を造っているような感じに見えた。

 すぐ目の前にあるものに、過去が幾重にも積み重ねられている。

 彼が少し意識を集中しただけで、選んだ羽衣が広がって世界となった。


 倒れている誠也の上に、過去の誠也が浮かび上がる。

 まだ幼い少年の誠也だ。

 自慢気に、親友に向かって自分の能力を見せびらかす。


 親友の顔が青ざめ、体ががくがくと震え始めた。彼は悲鳴をあげながら、誠也に背を向けると、凄い勢いで逃げだしてしまった。

 その背に向かって、誠也が有らん限りの声で叫ぶ。


 「何でや、何で逃げんのや!お前は親友やから、僕の秘密を見せてやったんやぞ!」

 しかし、愛しい少年には届かない。


 「岡村は、変な力を使いよる」

 「あれは、化け物や」

 「人間のふりしとる、妖怪や」

 親友だと信じていた少年からの仕打ちは、余りにも辛いものだった。

 秘密は暴露され、容赦のない中傷が広がった。

 それが、クラスメート達の異端者への嫌悪をかきたてる。

 少年の胸に、鋭い痛みが走った。

 それは、信じた者に裏切られる辛さ。


 「触んな、化け物。お前に触られると、手が腐るんじゃ」

 「お前みたいな化け物なんか、友達やない」

 怒りが、悲しさが、悔しさが、能力を暴走させる。

 抑えきれない思いは、ある日彼の能力を開放させた。

 散乱した机や椅子、捩じり曲がったパイプ、泣き叫ぶ声、怯える視線。

 報復はしてやった。しかし、その後にあったのは満足感ではなかった。惨めさと、虚しさばかり。


 「何でや、何で学校に行かへんの?」

 「怠け腐りよってからに、はよ学校いかんかい!」

 「お前は、学校サボるような、そんな子等とは違うやろ」

 ・・・・うるさい!


 学校なんて、嫌いや。友達なんて、おらへん。

 先生の言う事なんて、嘘っぱちやないか。

 友情なんて、何処にもあらへん。偽物や。そんなもん、いらへんわ。


 やがて少年は、家を出て地方の学校へ転校した。彼を持て余した両親が、登校拒否症の子供を指導するための個人施設に彼を預けたのだ。

 中学に入ってからは自分の意思でなんとか寮へ移してもらったが、彼の人間嫌いは直らなかった。

 まるで成績だけが全てのように、勉強へのめり込む。

 ETSに入るまで、自分の力を呪い続けていた。

 誰にも接する事なく、孤独と言う逃げ場を求めて。


 真は、誠也の中に自分と同じものを見て、心底驚いた。

 彼は、ことごとく反抗する事で、その苛立ちを誤魔化していただけに過ぎない。

 誰がどう思おうが、知った事じゃない。どうせ、何も分かりはしないんだ。

 一般人なんかに、分かってたまるか。

 誰も能力者を認めようとしないんだから、当然だ。


 それなら、とことん逆らってやる。誰もが望む通り、悪い事ばかりやってやろう。

 それが、彼なりの自己主張だった。

 しかし、どんなに悪さをしても、胸の奥につかえたものは取り除く事が出来ない。

 ETSに出会わなければ、きっと今よりどうしようもない人間になっていた事だろう。


 「青山さん、不要なものに意識を集中してはいけません。この力は、対象物に対しどこまでも情報を求めて行くのですから」

 香織の言葉で、真ははっと我に返った。

 そうだ、今は沖田を追わねば。


 そう思うのだが、どうしてもそちらに集中出来ない。

 今度は、空間の狭間でもがく祐介の方に意識が飛んでしまった。

 見た目は穏やかそうで、何時もにこにこ笑っている祐介だが、彼とて辛い経験をした能力者であった。





※この物語はフィクションであり、登場する団体や人物等は、全て架空の物語です

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