第5話

 数日後、真は裏切り者の処理をする為、目的の場所に向かっていた。


 沖田秀夫。

 元トップエンジニア、そして今はETSの教官。

 相手にとって、不服は無い。

 近くのコンビニにバイクを停め、ゆっくりとそしてしっかりとした足取りで、指示されたビルを目指す。

 深夜のオフィス街。なるべく相手を警戒させない為、場所は繁華街に近いこことなったのだろう。しかし、一本道が違っただけで、全く趣が違う。


 静かな場所だ。それでいて、周囲は賑やか。少々派手な音をたてても、誰も気気付きはしないだろう。

 ピジョンである香織が餌となり、網を張って真達が釣る。

 失敗は許されない。それは、自分達の死を招く事にもなりかねないから。


 本当の所、真は香織の協力を得る事に対して、甚だ不本意ではあった。今まで香織が彼らの仕事に手を出した事は無かったし、ピジョンはエンジニア達の仕事に手を出してはならない規則になっている。

 規則重視の香織が、何故突然協力を押しつけてきたのかは分からない。

 しかし、今はそんな事に頭を使う暇はなかった。


 ・・・・そうだ、今はただやるだけ。


 ジージャンのポケットに両手を突っ込み、スニーカーでアスファルトの道を踏みしめる。

 チームメート達が、逃げだしても別に構わなかった。

 もし一人だったとしても、絶対に負けはしない。

 負けるものかと、何度も胸の中で呟く。


 真は、しばらく薄暗い街頭の下を歩いていたが、ふと電力会社の建物の影に、人の気配を感じて立ち止まった。

 さっと緊張が走り、意識を素早く切り換える。

 能力でクリアにした視界に、佇む少年の姿が映った。

 黒のシャツに、グレ-のチノパン。見慣れた、美少年の姿だ。

 真は苦笑いを浮かべ、緊張の糸をほぐした。


 「ちっ、お前か。なんだ、逃げたんじゃねぇのかよ」

 答えて、少年も僅かに口許を緩めた。

 「あほ、逃げる訳ないやろ。僕は、まだ死にとうないからな」

 「けっ、びびって震え上がってた癖に、よく言うぜ」

 「お前、目ぇ悪いんとちゃうか?あれは、武者震いっちゅうやっちゃ」

 済ました顔で、誠也が告げる。

 「言ってろ」

 真は顔を歪めると、そのまま先を歩き出した。

 慌てて、誠也もその後を追う。


 「お前、かわいないなぁ。ほんまは、僕が来て嬉しいんやろ。なんせ相手は、一人では敵わないやっちゃ」

 「馬鹿言え、一人だって俺は負けねぇ」

 思わず立ち止まって、誠也を振り返る。しかし彼は、真を見てはいなかった。

 視線を先の方へ向けたまま、にやりと笑みを零す。


 「そうイキリまかんと、見てみいや。うどの大木がおんで」

 言われて、彼の視線の先を辿る。

 すると、建築会社のビルの前に、大きな影が落ちていた。

 二人がじっと見ているのに気づいたのか、暗がりからのっそりと姿が現れる。


 祐介だ。

 彼もやはり、逃げずに現場へとやって来ていたのだ。

 大柄な少年は、ワ-キングパンツに突っ込んでいた手を出して、ニットの帽子を照れくさそうに前へずらした。それから、静かに二人の方へ近づいて来る。


 「まあ、その、やっぱ来たよ。会社からは、逃げられないからな」

 「ちゅう事は、これでチ-ムが揃った訳や。よろしゅう頼むで、お二人さん」

 誠也が、珍しくおどけた調子で言う。

 真はフンっ と鼻を鳴らし、祐介は照れて額を掻いた。


 こうして、三人揃ったエンジニアチ-ムは、再び目的のビルを目指して歩きだした。

 コツコツコツ、不揃いな足音が思いの外大きく響く。


 無事、指定時間前に富士見ビルにたどり着いた彼らは、まず研修時に教わった通り、最初に即席アイテムである小石を周囲にばら蒔いた。

 この小石は、単に彼らの念が込めてあるだけのものである。しかし、それによって一種のレーダー的役割を果たすのだ。

 ついでに、彼らの力が増幅され、相手の力はダウンされる。

 自分の念を込めた物が、力に影響するのは実証済である。

 簡単な下準備を整えた後、三人は近くのビルの屋上で、沖田が来るのを待つ事にした。


 「なあ、本当に、やるしかないのか?」

 吹きさらしの屋上、非常口の前に座っていた祐介が、大きな体格には似合わない情けない声を出す。

 「やるかやられるか、だろ」

 真は、気弱な祐介をあざ笑うように答えた。


 「まあ、しゃあないやろ。まだ、僕かて死にとうないからな」

 誠也も、この時ばかりは真に同意する。

 裏切れば、それは死。それなら、より生きのびれる方を選ぶ。

 生きたい。それは、動物全ての本能だ。

 彼らはみな、会社と戦うより沖田と戦った方が、生き延びる確率が高いと判断した。

 だからこそ、ここに集まった訳だ。


 「相手は、空間をねじ曲げる力が強いって言ってたよな」

 「せや、祐介と同じExsitや」

 フェンスに凭れながら、誠也。

 「鼠みたいに逃げられたら、アウトだぜ」

 挑戦的に仲間を見回し、真は皮肉な笑みを浮かべた。


 テレポ-タ-のように、空間をねじ曲げる力を持つ者は、普通チ-ムを組む場合逃げ道の確保を任される。

 故に会社では、そうした能力を持つ者を、Exsit、つまり非常口と呼んでいるのだ。

 真や誠也のようなPK保持者を、コンテナ-。テレパストを、トランシーバー。透視能力者を、スコ-プ。サイコメトラ-を、スクリ-ン。その他にもあるが、全てETS用語である。


 当然、コンテナ-の中でも、得意分野と言うものがある。

 誠也は、物を曲げたりひねったりする技術型が得意だが、真の場合は技より力の放出型が得意だった。

 エネルギ-をバズ-カ-のように発散させるので、誠也より派手見せする力と言えるかもしれない。


 「上等やないか、Exsitは、沖田だけやあらへんで」

 「じゃあ、押さえは祐介だな」

 真が、ぶっきらぼうに言うと、祐介はぎょっと顔を強張らせた。

 「おれ、押さえられるかな・・・・」

 自信無さそうに、小さく呟く。

 「あほ!」

 真が舌打ちするのと同時に、誠也が叫んだ。

 「出来るかやのうて、やるんじゃ、ぼけ!」

 「・・・・ああ、とにかく、やってみるよ」

 誠也の怒鳴りが功を奏したのか、祐介はどうにかその言葉を絞り出した。


 内心うんざりしながらその様子を見届けた後、

 「沖田は、俺がやる。誠也は、援護しろ」

 誠也とは逆向きにフェンスに凭れ、真は視線をビルの谷間に下ろしながら言った。


 月明かりに照らされ、静かなビル街が怪しく光る。

 彼は今、常人なら決して見える筈のない、遥か闇の先の光景を観察していた。

 「すぐしきりよって、ほんまいけすかんやっちゃな」

 と言いながらも、別に誠也は意義を唱えるつもりはないようだ。

 彼としても、それが一番いいフォーメーションだと思ったのだろう。

 ふわりと、大きな風がビルの谷間から吹き上がった。その風に煽られ、三人の髪が乱だれる。


 「・・・そろそろだよ」

 デジタルウォッチの明かりを点け、祐介が静かに呟いた。

 「ほな、ぼちぼちやりまっか」

 すっと、誠也が動く。

 彼は軽くジャンプしてフェンスを上に立つと、そのまま空中へダイブした。

 あっと言う間に隣のビルに飛び移り、そのまま闇の中に溶け込んでいく。


 「じゃあ・・・」

 今度は、祐介が動いた。両方の拳を握って、ゆっくりと目を閉じる。

 真は、空間が歪むのを感覚で感じた。言葉で表現するには難しい、違和感のような感じ

か。

 一瞬後に、祐介の姿がその場から綺麗に消え去る。僅かな余韻だけ、静かになった空間に残った。


 響くような静寂の中、真はじっと神経を集中し始めた。

 彼の波動を持った小石が、ビル街の状況を克明に知らせてくれる。

 定刻よりほんの少し前に、香織の波動が現れた。

 そして、恐ろしいほど時間ぴったりに、指定の場所に到着。

 機械仕掛けのように、正確な女だ。まるで、プログラムで生きているよう。

 ・・・・しかし、沖田の気配は現れない。


 ・・・・まだか?

 苛立ちながら、気配を探り続ける。

 ・・・・まだかよ。

 まだ、キャッチ出来なかった。

 「おせぇな」

 ぽつり、小さな声で呟く。


 と、西の方で何かが小石に触れた。それはすぐさま消え、いきなり指定の場所へ移動していた。

 瞬間移動だ。

 警戒しているのか?それとも、承知の上での挑発か?

 ・・・・いきなり、あんな所で使いやがって。

 慌ててフェンスの上に飛び乗り、真は下の状況を探った。

 丁度、香織らしい影と、もう一つの影が、互いに歩み寄っている所。


 ・・・・あの女、本当に何考えてだ?まじで、大丈夫なのかよ、こんな所にのこのこ出てきやがって。

 思ってから、顔を顰めた。

 何故か、香織の心配をしている自分に気づいたのだ。

 小さく舌打ちする。


 ・・・・馬鹿か、俺は。あんな女、どうなろうと知った事か。

 目を閉じて、大きく息を吐いた。

 今は、沖田を倒す事だけ考えろ。

 失敗は許されない。

 ・・・・そうだ、これは俺にとってのチャンスだ。絶対に成功して、会社に俺の実力を認めさせてやる。


 目を開いて、フェンスから勢い良く飛び下りた。

 ゆっくり、ゆっくり、静かに彼は落下していく。

 両手を広げ、意識を集中して、全ての力をコントロールしようと努力した。

 彼ら能力者達は、その力故に苦しんで来たものが多い。

 人とは違うから、それだけの事で劣等感を抱く。

 同時に、歪んだ優越感も。


 だからこそ、その力を認めてくれる会社は、彼等にとって大きな存在だった。忌まわしい力ではなく、才能として受け入れてくれるから。

 真は、その中で自分を試したかった。より、上を目指したかった。

 ・・・・これは、俺の力だ。特殊な才能だ。そのままの俺を必要としてくれる、ちゃんとした場所がある。

 居場所のない彼らが、ETSを受け入れてしまうのは、当然と言えば当然の結果なのかもしれない。

 たとえそれが、人の命を奪う恐ろしい会社であったとしても・・・。


 真は、徐々に拳に気を集め始めた。まるで熱湯に浸したように、両手が熱くなる。

 落下しながら態勢を整え、彼は一気にその気を下に向けて放出した。

 激しい衝撃音。アスファルトが蝋のように溶け、その下の地面までごっそりと抉り取った。

 空中でくるりと反転して、彼はその場に着地する。気をぶつけた場所から、白い煙が立ちのぼっていた。

 能力で鮮明にした、モノト-ンの景色に目を凝らし、僅かに顔を顰める。


 「くそっ」

 思わず、口の中で呟いた。

 残念ながら、敵は仕留められなかったようだ。

 多分、迷いがあったからだろう。まだ完全に力のセ-ブが出来ない真は、一瞬香織を巻き込むのではないかと不安を感じた。

 結果、気は目標から僅かに逸れてしまった。

 糞むかつく失敗だ。

 鋭く周囲を見回し、気配を頼りに沖田の姿を探す。


 少し離れた場所に、香織の姿があった。

 闇を見通す目に、蝋人形のような顔が映る。

 何時ものように、アイロンがぴしっとかかったセーラー服、染み一つない真っ白なリボン、磨かれた革靴。今日は淵の無い眼鏡をかけていたが、後は全く何も変わらないままだった。

 風に煽られ、彼女の髪の毛がけが生き物のように乱れる。

 香織は、真を見てはいなかった。その視線を辿った先に、紺のス-ツを着込んだ男が居た。

 香織と同じような眼鏡をかけた、ごく普通のサラリ-マン風の男。彼は、ひどく冷めた目で真を見つめていた。


 「・・・これは、どういう事ですか?」

 その男、沖田は、視線を香織に戻して言った。

 全ての感情を封印したかのような様子は、驚く程香織と似ている。

 「裏切り者には、しかるべき処置をとらねばなりません。それが、ル-ルですから」

 ハスキ-だがソフトな声で、香織も事務的に答えた。

 まるでそこらに落ちているゴミを、いらないから捨てますね、と同じくらい軽い言い方だった。


 「・・・・なるほど、私をここに呼び出したのは、やはりそういう訳ですか」

 「あなたの死は、事故として扱われます。ご家族には、それ相応の保険金が払われるでしょう。これは、会社の好意です。他社と違い、ETSは良心的ですから」

 「それは、痛み入りますね。・・・・しかし、あなたには悪いが、死ぬのは私の方ではないと思いますよ」

 沖田は、丁寧だがやや卑屈な感じで返した。

 その態度は、少女に対するものではなく、まるで上司に歯向かう部下。


 一体この女は、何者なんだ?

 只の片田舎のピジョンに、本社のエンジニア、それも教官クラスが、何故そんな態度を取るのだ?

 真は、不可解な少女の立場に、少しだけ疑問を抱いた。


 沖田が、無言のままポケットに両手を突っ込む。

 何をする気なのかと、咄嗟に身構えた。不意に、空間の歪みが出来るのを感じる。

 すっと、香織が横移動した。まるで、沖田のする事など、先刻承知と言うような動きだった。

 沖田は空中から何かを掴む仕種をして、にやりと笑った。


 「なるほど、たいしたセンサ-ですね。社長が、あなたを可愛がっている理由が分かりました」

 手を広げ、小さな鉛玉を見せる。

 真は、ようやく彼がした事が分かった。

 弾丸だ。銃の無い弾丸。彼は、力でそれを操り、空間を使って自由に何処からでも打ち

込めるのだ。


 「あなたの相手は、残念ながら私では有りません。私はただ、傍観するだけが役目ですから」

 静かに言って、香織は沖田から離れた。

 沖田も、別段それを止めようとはしなかった。

 「分かってますよ、ピジョンがエンジニアの仕事に手を出すのは、ル-ル違反ですからね。あなたなら、それがどれほどの罪か分かる筈。それに、私は危険な賭はしない。あなたには直接攻撃する力は無いが、それを補うだけのセンサ-があります。下手をすると、私の方がやられかねませんから」

 肩を竦め、彼は真の方へ向き直った。

 「ただ・・・、一つ言わせて貰っていいですか?・・・こんな若造を仕向けてくるとは私も随分甘く見られたものです」

 「只の若造かどうか、あなた自身の目で確かめて下さい」

 闇の中で、香織の瞳がきらりと光る。


 「話は止めにして、さっさとやろうぜ、おっさん。俺を馬鹿にしたからには、楽に死ねねぇと覚悟しろよ」

 言うが早いが、真は気を沖田に向かって投げつけた。

 激しい衝撃がアスファルトを焦がし、稲光を伴って沖田に襲いかかる。

 今度こそ、手加減無しの全力投球だ。

 ・・・・しかし。


 しゅん!

 気を受ける寸前で、沖田の姿が掻き消される。

 気は空を掠め、街灯をなぎ倒した後、コンクリ-トの壁にぶちあたって消滅した

 ・・・・ちっ、また瞬間移動か。祐介の奴、全然押さえてねぇじゃねぇか。

 心の中でぼやいて、真は周囲に意識を巡らせた。

 沖田の姿は、依然消えたまま。

 逃げてはいない。逃げれば、小石がそれを知らせてくれる筈。


 やや焦り気味に、沖田の気配を探す。

 と、背後に殺気を感じた。ぎょっとして振り返った瞬間、鋭い蹴りが彼の腹を襲う。

 かわし切れず、モロみぞおちに食らった。激しく咳き込んで、腹を鷲掴みにする。どうにか倒れ込まずに済んだのは、日頃の訓練の賜物だろう。

 やや前屈みになった姿勢で、目の前の沖田を睨み付けた。

 額から、ツーっと油汗が流れる。


 「ほう、体力だけはあるようですね。・・・・しかし、それだけではね」

 沖田が、愛想のいいセ-ルスマンのような口調で、にこやかに告げた。

 「くそっ!!」

 真は、歯を食いしばって呻いた。

 確かに、瞬間移動をされては、捕らえようがない。

 ・・・・祐介は、何やってやがるんだ!

 それに答えるように、突然割れたガラスの破片が、一斉に浮き上がって沖田を襲った。


 誠也だ!

 何処かで、力を使ったに違いない。

 しかし、沖田はそれも難なく瞬間移動でかわした。今度は、真の右3メ-トル付近に現れ、軽く右手を握る。瞬間、道路を挟んだ反対側のガラスドアが、衝撃と共に砕けた。同時に、そこから誠也が転がり出て来る。

 彼は真っ赤に染まった左肩を押さえ、うめき声をあげながら道路の上に倒れ込んだ。

 ・・・くそっ、あの弾丸にやられたのか?

 真は、歯ぎしりするような思いで、沖田の動きを追った。


 ゆっくり、ゆっくり、余裕の表情で近づいて来た沖田が、あざ笑うように眼鏡を直した。

 それから、静かに言う。

 「なかなか、すばしっこいですね、あなたのチームメートは。心臓を狙ったつもりでしたが、どうやら外れてしまったようです」

 真が何も返せずにいると、口許に卑屈な笑みを浮かべる。

 「もう一人をあてにしても、無駄ですよ。彼の力は、私が完全に抑えています。空間の力で私に挑もうとは、身のほど知らずもいいところだ」


 不意に、何かがセンサ-に触れた。

 咄嗟に、体を脇へと飛び込ませる。肩を、鋭い痛みが掠めた。

 間一髪だ。もうすこし逃げるのが遅れたら、弾丸は心臓を貫いていただろう。

 三回ほど転がって、素早く立ち上がる。その間に集中した気を、沖田に向かって再び放った。

 ・・・・しかし、やはり瞬間移動でかわされてしまう。

 捕らえきれない沖田の影に、苛立ちが募った。


 ・・・ちっ、沖田の奴、何処へ行きやがった?

 そう思った刹那、薄い影が真の正面に浮かび上がった。しかし視界がそれを捕らえた時には遅く、今度もかわし切れず、激しいパンチを連続して食らった。

 その後、ふっとまた姿を眩ます。

 これでは、対処しようがない。相手も、こうやって自分の力を見せつけているのだろう

 ・・・いい性格してやがるぜ。

 口の端を伝う血を拭い、ぐるりと視線を巡らせた。


 まだ、沖田は出現していない。彼が止めた視界に、指先から血を滴らせたまま、誠也が頼り無い足取りで立ち上がろうとしている姿が映った。

 その真後ろで、空間が歪む。


 「誠也、後ろだ!」

 彼が叫んだ時には、沖田の肘が彼の背中に食い込んでいた。

 崩れるように、再び誠也が倒れ込む。その腹に、凄まじい蹴りがたたき込まれた。

 ぐほっと、彼の口から血が吹き出す。

 沖田は足で誠也を転がすと、軽く肩を竦めた。


 「まるで、素人だ。本気であなたは、この者達で私が倒せるとお思いですか?可哀相に少々酷でしたね」 

 言ったと同時に、彼の姿は別の場所へと移動していた。真のすぐ真後ろへと。

 後頭部に衝撃を感じ、思わず片膝を付く。ふらつく頭が正常に戻る前に、今度はこめかみに回し蹴りがたたき込まれた。

 鈍い音が響き、気がつくと彼はアスファルトに頬を擦り付けていた。


 酷い耳鳴りがして、意識さえ集中出来ない。

 頭はガンガン痛み、吐き気がこみ上げて来た。

 「・・・・ちくしょう」

 惨めな気持ちで、その言葉を呟く。

 手も足もでねぇ。これが、ベテランエンジニアの力なのか?所詮駆け出しの俺達には、敵う筈のない相手なのか?

 諦めきれない気持ちで、アスファルトを掴む手に力を込める。


 ・・・・嫌だ。嫌だ、嫌だ、俺はまだ死にたくない。

 こんなみっともない死に方、絶対に嫌だ。

 力だって、まだ全部出し切ってないんだ。負け犬なんか、なりたくない。まだ、会社に認めて貰ってもいないのに。






 ※この物語はフィクションであり、登場する団体や人物等は、全て架空の物語です

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