第4話

 「真、お前3組の朝村、ふったんだって?」

 「またかよ、まだ二週間も経ってねぇじゃん。超可愛い娘なのに、勿体ねぇ」


 月曜日、殆ど義務的に出て来た学校だった。仕事以外では、一般人と同じように生活する事。

 それが、ETSのルールだった。

 真は、イヤイヤながらも、上辺だけの遊び仲間達と、その校舎の屋上で暇を潰していた。

 もう既に、四時間目の授業が始まっている。だが、真は、真面目に授業を受ける気などは、正直言ってさらさら無かった。

 授業を受けたからと言って、何かを得られる訳じゃない。

 将来に役に立つかどうかも分からない、数字の羅列を眺めるなんて、そんな無駄な時間を過ごす気には到底なれなかった。


 それなら、もっと能力を磨いた方がいい。

 真は、煙草をくわえたまま、仲間達に肩を竦めて見せた。

 フェンスの向こうには、低い町並みが広がっている。詰まらない、田舎の風景。本社に出張する度、都会に出てもっと大きな仕事がしたいと密かな欲望をかき立てられる。

 ・・・しかし、今の彼にとっては、遠い夢の話だ。

 本社への配属は、それだけの実力を見せつけねば、到底有り得ない話なのだ。そして、田舎にいる限り、実力を見せる場所など滅多にない。


 高らかなホイッスルの音が、何処からともなく聞こえて来た。恐らく、他のクラスが校庭で体育の授業でもしているのだろう。

 大きく煙を吐いた後、フェンスに背を向ける。そして、気だるい体をそれに預けた。


 「なあ、朝村とねたの、お前?」

 「あいつ、餓鬼の癖にいい体してるよな。俺の女なんか、脱がしても胸ねぇんだぜ」

 「おっ、いいじゃん、やらしてくれるだけでも」

 しゃがんで煙草を吸いながら、仲間達が冗談を飛ばす。

 彼らの軽薄な笑い声が、曇り空に吸い込まれていった。


 真は煙草をセメントに押しつけ、吸殻を親指でフェンスの外に弾く。

 それから真は、詰まらなそうに鼻を鳴らした。


 「けっ、女なんて顔が違うだけで、みんな同じようなもんだろ。あんな顔がいいだけの尻軽女、幾らでもてめぇらにくれてやるさ」

 うるさくて、押しつけがましくて、すぐやりたがるような女だ。


 キスしていても、ベッドの中でも、さして何も感じない。

 しいて言えば、憂さを晴らす為くらいか。

所詮、一般人の女だ。


 「お前、ヒドっ。もうちょっと女には優しくしてやれよ」

 左端の金髪少年が、苦笑混じりに言った。

 その横で、他の少年達もにやにや笑う。

 そういう奴らだって、女と誠実に付き合ってる訳ではない。


 彼女がいても平気でナンパし、隙あらばものにしようと企むような奴らだ。その癖、彼女だけは特別だと勝手な自論を唱える。

 真はなんだか馬鹿馬鹿しくなって、その場から立ち上がった。


 少し前までは、それでも一緒に笑っていた仲間。しかし、今では住む世界が全く違う。

 彼等との間に出来た溝は、次第に深くなり初めていた。


 自分が能力者である限り、決して分かりあえる筈は無く、所詮はカムフラージュの為の付き合いに過ぎない。

 彼らと真では、本当に求める物の根本から違うのだ。


 自由なんていらない。愉快な生活も、気儘な空気も。

 欲しいものは只、力のみ。会社に認めて貰える、絶対的な力だ。



 「なんだよ、もう戻るのか?」

 金髪頭の横に居た、にきび顔の少年が声をかけてくる。

 真は肩を竦めると、無言のまま非常階段へと向かった。

 勿論、クラスに戻る為ではない。



 ・・・・面倒くせぇな。


 日常的な何もかもが、煩わしくてしょうがない。

 四階の踊り場まで階段を降りると、彼は周囲を確認し、開いていた窓からひらりと飛び下りた。


 意識を少しだけ集中し、体の外に向かって放出する。

 全身にかかっていた風圧が、突然緩やかになった。真にとっては、これくらい簡単な事だ。

力で重力をコントロールしながら、彼はアスファルトの上に軽やかに着地した。


 植え込みの陰で、再び周囲を確認する。それから、自分が飛び下りた窓を見上げた後、そのまま裏門の方へ向かった。


 憂鬱な気分が、不意に胸を覆う。


 今夜も、支社へ行かねばならない。

 ETS自体は、嫌いではなかった。しかし、支社へ行くのは嫌だった。

 行けば、必ずあの女に会う。そしてあの女に会えば、間違いなくむかつく思いをさせられるからだ。


 裏門も軽々と飛び越え、真は目的もなく歩きはじめた。

 鋭く前を見据え、苛立ちを踏みつぶすように歩き続ける。



 「ちくしょう」

 小さく呟き、地面に唾を吐いた。

 この所、訳の分からない苛立ちによく包まれる。

 その原因が一体何なのか、彼自身にも良く分からなかった。


 ただ、無性に力が使いたくなる。そして、何もかも目茶苦茶に壊したくなる。

 女を抱くのも、喧嘩をするのも、煙草を吸うのも、酒を飲むのも、なんとかその衝動を抑えようと思っての事だ。


 しかし、衝動は納まるばかりか、益々激しくなっている。

 真はため息を吐いて、ポケットに両手を突っ込んだ。

 何かが、足りない気がした。しかし、それが何なのか、やはり分からなかった。



 「沖田秀夫を処理する日が、決定しました」

 夜の十時、何時ものように支社へ出向いた真は、他のチームメート達と一緒に、いきなり香織からのそんな言葉を受け取った。


 香織は、何時もそうだ。

 余計な言葉は使わず、全て単刀直入に告げる。


 ・・・・挨拶もなしに、これかよ。


 仏頂面でソファーに腰掛けていた真は、心の中で愚痴った。


 「・・・ほんまに、やらなあかんのですか?」

 端に座っていた誠也が、色の悪い顔を上げ、震える声で言う。

 余程、今度の指令が堪えているのだろう。当然隣の祐介も、同じくらい悪い顔色をしていた。


 真とて、気持ちは二人とさほど変わらない。出来れば、やりたくない仕事だ。

 しかし、それを表に出すのはプライドが許さない。


 彼は、黙ったまま、出来るだけ平然としているように見えるよう、ふてぶてしく香織を見据えた。


 「やりたくない、と思うのですか?」

 無表情に三人を見回し、事務的に尋ねる香織。

 「そんなん、当たり前やないですか」

 少しむっとした表情で、誠也が呟いた。


 「結構ですよ、やれないと言うのなら。そんな半端な気持ちでは、沖田に勝つ事など無理でしょうし。・・・・ただし、それだけの覚悟は決めておいて下さい。我が社のエンジニアから、逃げ通せる自信があるのなら、ですが」


 お決まりの、脅し文句。

 結局は、答えは一つしかない。


 「けっ、どっちにしても、命をかけなけりゃいけねぇんだろ。俺は別に、やらねぇとは言ってねぇぜ」

 ソファーの背に体を投げ出し、真は詰まらなそうに言った。


 つまりは、首を横に振れば、裏切り者として処理されるという事だ。

 そして、会社のエンジニア達を敵に回し、生き残れる確率は皆無に等しい。


 同じ死を賭けるなら、沖田とやり合った方がまだマシである。

 誠也と祐介も、理解しているのだろう。引きつった顔で、おとなしく口を噤んだ。


 「では、詳細について説明しましょう」

 やはり表情を変えず、香織は淡々と話を進める。

 冷たい、人形のような顔。


 平然と無茶苦茶な指令を下し、強制的に仕事をさせ、出来ぬ者はすっぱり切り捨てる。

 それが、ピジョンだ。

 分かっていても、酌に触る。やるのは、真達だ。ピジョンは、ただそれを傍観しているだけ。


 ・・・・・それなのに、偉そうにしやがって。


 所詮この女にとっては、真達は駒の一つに過ぎない。

 どうなろうが、知った事ではないのだろう。駄目なら、また他の駒を探せばいいだけだ。

 苛立ちが、益々激しくなってきた。


 それを抑えようとすればする程、衝動となって現れる。

 壊してやりたい。泣き叫ぶ程に、目茶苦茶に・・・・・。


 ・・・しかし、どうすれば香織の表情を変えられる?

 真のそんな子供染みた気持ちなど関係なく、蝋人形のような少女は、涼しい顔で話を続けていた。


 「処理をする日時は、明後日の午前一時。場所は、北朝見町の富士見ビルの前。沖田はまだ、自分が処理されるとは気づいていない筈です」

 日本人形のような、長いストレートの髪を耳にかけ、伺うように三人に視線を巡らす。そんな仕種さえ、妙に機械染みて見えた。


 「貴方達は、富士見ビルの屋上で待機。沖田が姿を表した時、奇襲攻撃を仕掛けて下さい。沖田は、優秀なエンジニアです。新人のエンジニアが勝つ為には、それが一番効果的な方法だと思います」


 「・・・なんや、やり方が汚いんちゃいますか?」

 不服そうに、誠也。

 真も、彼の言葉には同感だった。


 奇襲なんて、卑怯でみっともない手だ。まるで、力の無い弱いエンジニアのようではないか。

 戦うのなら、正面から戦った方がいい。

 香織は冷たい目でちらりと誠也を見て、僅かに口許を緩めた。


 「勝てるのなら、私とて何も言いません。が、実際は違うでしょう?一対三でも、あなた達の勝てる確率は低いと、データでは出ています。沖田は、トップクラスに近いエンジニアですからね。経験で言えば、あなた達など敵ではないでしょう」


 「そんな…」

 祐介が、息を飲む。

 それはそうだろう、と言う事は、戦っても勝てる見込みが少ないと言っているようなものだ。

 そして負ければ、即ち死という事になる。

 益々青ざめる少年達に、香織は無表情に戻って言った。



 「あなた達に必要なのは、チョコレートのように甘いプライドではありません。絶対に勝つと言う、不屈の精神です。そして勝つ為には、手段など選んではいられない筈。違いますか?」

 黙り込んでしまった誠也をしばらく見つめた後、香織はゆっくりとこう付け足した。


 「裏切り者の処理と言う仕事は、確かにエンジニア達にとってきつい仕事でしょう。今まで同じ場所でやって来た者を、己の手で始末しなければならないのですから。でも、だからこそ、無事仕事を終えれば高く評価される。新人エンジニアでも、会社から一目置かれるようになるのです」


 「・・・・本当か?」

 やり取りを無言のまま聞いていた真は、その言葉を聞いた途端、割り込むような形で香織に尋ねた。

 もしそれが本当なら、願ってもない話しではないか。

 ひょっとすると、本社へ配置変えして貰えるかもしれない。


 「私は、嘘は付きませんよ」

 無表情なまま、香織が答えた。

 ざっと、背筋に興奮が走り抜ける。

 爆発的な情熱が、一気にそちらへ流れ出したような感じだった。

 激しい、沸き立つような感情。

 真はぐっと拳を握りしめ、低く宣言した。


 「俺は、やるぜ」

 チームメート達が、ぎょっとしたように真の顔を見つめる。

 しかし、そんな事はどうでもいい。

 もう、彼はこの世界に足を踏み入れてしまったのだ。抜け出せないのなら、前に突き進むしかないではないか。

 上を、もっともっと上を、そして強い力を。


 ・・・・・俺は、この手にしたい。


 「結構ですね、健闘を祈ります。・・・・但し、何時も言っているように、報告は忘れないように。それと、沖田は私がおびき出します」

 さらりと、最後に香織が言った言葉に、真は思わずぎょっとした。

 何だって?

 香織が、沖田をおびき出すだと?


 「ちょっと待てよ」

 少し、語調を強くして言う。

 香織は、ピジョンだ。ピジョンと言うのは、エンジニアを管理すると同時に、監視するのが仕事だ。


 つまり、あくまでも傍観者であり、エンジニアの仕事に手出しをしないと言うのが、会社のルールだったのだ。


 何故そんなルールなのかは知らないが、ルールはルールである。そして、ルールを乱す者は、ピジョンでも例外なく処罰される。

 分かっているからこそ、ピジョンの存在に余計にむかついていた訳だが・・・・。


 「仕事に手を出すのは、ルール違反だろ」

 「別に、手を出す訳ではありません。沖田とは面識がありますから、その方が油断させやすいでしょう。やるのは、あなた達です」

 平然と、何事も無いような顔で、香織。

 真は苦い表情で、次に出かかった言葉を飲み込んだ。


 ・・・・・もし会社にばれたら、どうするんだ。


 そんな事を言っても、きっと、平然とこう言うに決まっている。

 『あなたが、心配する事ではありません』


 ・・・・知るか、勝手にすればいい。それでどうなっても、俺達には関係ないさ。

 まるで言い聞かせるように胸で呟き、真は素っ気なく肩を竦めた。


 「けっ、好きにしろ。もう話しは終わりだろ、俺は帰るぜ」

 言うが早く、返事も待たず、そのままソファーから立ち上がって背を向ける。


 「なんや知らんけど、やばいんちゃいます?」

 「あなた達が、心配する必要はありませんよ」

 戸を閉める直前、案の定、誠也と香織のそんなやり取りが聞こえた。





※この物語はフィクションであり、登場する団体や人物等は、全て架空の物語です

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