祈りの薬

星海ちあき

第1話

 様々な植物やポーションが並べられている緑まみれの小さな家。そこは魔法が発達した王国アルカシアの端。人通りも少ない道に店を構えている。

「よい、しょっと」

 手書きの看板を出して、店の外にある植物たちに水をあげて、空を見上げればフワフワとした白い雲が青のキャンバスに点在している。

「サキ、準備はできたか?」

 カランコロンとベルを鳴らしてドアを開けた先には青灰色の髪でエメラルドのような色をした綺麗な瞳の柔らかい笑顔の男性がいた。緑あふれるこの店、薬屋「フォストメリオン」の店主、アスカさんだ。

「大丈夫です。今日もいい一日になると良いですね」

「なるさ。サキの調合は評判がいいんだから」

「アスカさんだって本質を捉えるのが上手だって人気ですよ」

 そう、この人は物事の本質を見抜くことに長けている。今一番必要なものは何か、どういう感情を押し込めているか。彼には隠せない。

 私もこの店に来た当初は本当の気持ちを言えないでいたけれど、アスカさんはそんな私の側に寄り添ってくれた。無理やり聞き出すのではなく、話せるようになるまで待ってくれた。

 聞き上手で、どんなことも温かく包むように受け止めてくれる。

 だからこそ店を訪れるお客様からの信頼が厚いのだ。

 私はもともとこの世界の人間じゃない。違う場所に行きたいと願ったからなのか、気づけば私はこの世界にいて、兵隊に連れられ街の中央にある城へ通された。

 そこで異界から召喚されたと聞かされ、魔法の素質があるからと多くのことを城で教えてもらった。

 そうして知らない場所で知らないことを学び、働き口を探しているうちにフォストメリオンに出会った。

 今ではこの場所が私の居場所だ。このお店をアスカさんと一緒に守りたい。このお店に訪れるお客様の心を癒したい。

 その思いで私は今日も植物を愛でる。

「そろそろ中に入るか。依頼がいくつか来てるからサキも調合を手伝ってくれ」

「わかりました」


 これは私の新しい生活の中の一ページ。今日はどんなお客様がやって来るのか。




 カランコロン。

 軽やかなベルの音と共に一人の少女がやってきた。

「いらっしゃい」

 柔らかな笑みで挨拶をしたアスカさんに対し少女は不安そうな表情のままうつむいている。

 こういう時のアスカさんは行動が速い。店の奥に戻ってしばらく、ビーカーに入った水と茶葉の入ったガラスポットとカップをトレーに乗せて店内のガーデンテーブルへと置いた。

「こっちでお茶にするか。サキも一緒に。君も」

 カウンターから出て少女の背中に手を添えれば、小さな足でテーブルへと足を進めてくれた。

 椅子に座った少女の前にポットを置き、水に手をかざせば水が宙へと浮かんでポットへと川のように流れ始めた。その間にお湯へと変わったのか湯気が出ている。

 その様子に少女は興味津々だ。うつむいていたはずの顔は上を向き、沈んだ瞳はキラキラとしている。

 ポットの中に青いハーブティが出来上がり、それをカップに注ぐ。

「ここが一番の見どころだ。目を離すなよ」

 少女はアスカさんの言葉通りポットを見つめ、注ぎ口からカップへとお茶が移された瞬間、青いハーブティは紅色へと変わった。

「すごい!きれい!これも魔法?」

 店に来てから初めての笑顔と声をあげた。

「お湯にしたのは魔法だ。けど、色が変わったのは魔法じゃないぞ」

 どうしてか少女に問いかけると首を横に振った。そこでアスカさんは悪戯っ子のように微笑んだ。

「このカップはレモンの皮を混ぜて魔法で焼き上げた特注品なんだ。今淹れたお茶とそのレモンが反応して色が変わったってこと」

 少女は相変わらず首をかしげていたが、それでも最初の不安そうな表情はどこにもない。むしろアスカさんがハーブティを淹れたことでリラックスできている。

 三人でハーブティを飲み、少女の緊張もほぐれてきたところで本題に入る。

「私はサキ。この人はアスカ。ねぇ、あなたのお名前はなんていうの?」

「リリア!お花の名前なんだってお母さんが言ってた!」

「ああ、ちょうどこの店にもあるぞ」

 アスカさんが腕を上げたら店の奥から一輪の白い花がフヨフヨと飛んできた。

 それは元の世界にある百合の花によく似た花だ。漏斗状の花弁をしており萼の近くは白ではなく薄ピンクだ。

「その花には精神安定の効果がある。根の部分を煎じれば鎮静剤、つまり症状を和らげる効果もある」

 その言葉にリリアは目を見開いた。どうやら彼女がここに来た目的は何かを治すことらしい。

 カップを両手で持ったまま下を向いてしまったが、リリアは静かに話し始めた。

「……お母さんがね、最近ずっと苦しそうなの。体も熱くて、ずっとベッドの中。でもね、リリアのご飯とかおうちのこととかするために無理して動いてるの。でも、そんなことしたらお母さん、いつかいなくなっちゃうんじゃないかって……こわいの」

 瞳を潤ませながら必死に言葉を紡ぐリリアは本当に幼く、どうすればいいのかもわからないままこの場所に来たのだ。ここに来れば何とかしてもらえるかも、という小さな希望を持って。

「安心しろ。お母さんはきっと良くなるから、少し待っとけ」

 リリアの頭をわしゃわしゃと大きくかき混ぜ、カウンターの奥へと消えた。

 それから少しの間奥から音が続き、アスカさんが袋と薬包を手に戻ってきた。

「サキ、頼む」

 薬包を渡されてアスカさんが何を言いたいのかを察知した私は両手を薬包にかざした。

 リリアのお母さんが良くなるよう、これからも元気に過ごせるよう。

 祈りを空気に溶け込ませ、それを薬に付与させる。

 空気に溶けた祈りは光の粒子のように煌き、薬と混ぜ合わせることで薬そのものに守護の魔法をかけるのだ。

「はい、終わりました」

「よし、じゃあリリア。これをご飯の後お母さんに飲ませてやれ。飲んでからは絶対安静だ。そうすればすぐに良くなる」

「ほんと?」

 両手をぎゅっと握りしめて聞き返すリリアに深く頷いた。

「ああ。そのかわり、お母さんが寝ている間はリリアもしっかりお母さんを見ててやれ。大人でも、つらい時は大事な人に側にいてほしいもんだから」

 リリアは真剣な表情でしきりに頷き、袋を抱えて外へと飛び出した。

「お兄ちゃん!お姉ちゃん!ありがとう!」

 人通りの少ない道をかけていく後姿を見送りながら、アスカさんは寂しそうな顔をしていた。

 彼は時々、こういう顔をする。

 何が寂しいのか、何が心に引っかかっているのか。それを正確に推し量ることは難しい。訪ねてもおそらく隠してしまうだろう。

 だから私は笑顔を向ける。

「アスカさん、今日はまだ始まったばかりです。そんな顔してないでお仕事しましょう」

 私の言葉に驚いたのか、アスカさんは一瞬狐につままれたような顔をし、破顔した。

「そうだな。午後に取りに来るお客様の調合、やるか」

「はい!」



 ここは薬屋「フォストメリオン」。

 訪れる人の心を癒す場所。

 次はだれが訪れるのか、新たな一ページのはじまりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

祈りの薬 星海ちあき @suono_di_stella

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ