アネロ宙域①

 コックピットのガラス越しにオレンジの大地が流れ、すぐに背後に小さくなった。大気の音がなくなり、ガタガタという震動も消えていく。

 私はスロットルを少し緩め、自分の乗る宇宙艇の軌道を計算してみる。問題はないようだ。


「こちらモリャ少尉。まだ目標は捉えられていない。位置の確認を請う」


 無線特有のノイズと共に、私の問いへ返事が送られてくる。


「こちらアネロ基地管制。状況は確認した。貴女はそのままのコースで問題ない。速度を維持せよ」

「了解!」

「プリモ側からも反応はない。ただし、油断はするな」


 多少のノイズが混じりながらも、地球人たちが月と呼ぶ、アネロにある基地の管制官から指示が飛ぶ。私はアネロにも五機しか現存していない小型哨戒宇宙艇二〇式改を操縦し、宇宙を駆けた。

 高高度に設けられたステーションから一度大気圏まで落とされ大気層に弾かれ、宇宙空間へ戻ったところだ。

 管制官に言われたとおりに、スピードに乗ったまま真っ直ぐ進む。

 宇宙艇は大気圏内を飛ぶ飛行機に比べ、サイズこそあまり変わらないが、形状は違う。翼はなく、代わりに四方向に細長いマニュピレーターのようなアームが付いていて、その先にスラスターが付いている。スラスターを調整しながら、アームを動かすことで、比較的自由に姿勢を制御し飛ぶことが出来るのだ。

 私は、シートの正面に設置されたいくつかのディスプレイを見ながら、操縦桿を動かした。レーダーに、偵察衛星からのデータと地上管制の観測結果を表示し、目標を探す。時々鳴るデブリのアラートに注意しながら、二〇式改を操って真っ直ぐ飛び続ける。


「管制より目標捕捉。データリンクする」

「了解……正規軍は?」


 私は返事をした後に、声を落として訊ねてみた。ディスプレイの右下に映る、女の子のウインドウを少し拡大する。


「……どっちの?」


 管制の女性の声もトーンが落ちた。


「両方」

「プリモの駐留部隊は動いてない。まあ、気が付いてないんでしょうね。アネロの方も……動きはないわ」

「話が付いてるって、本当だったのかな?」

「動きを見る限りはそうみたい……私たちアランチオネ人同士だもの。目を瞑ってくれてるのよ……高度二五〇〇〇突破……別に、政府へ反乱するわけでもないし……」

「融和政策推進者もそう思ってくれたらいいけどね」

「……ま、少なくともこの近辺の地球人はお祭り騒ぎだし、気が付かないんじゃない?」

「だといいけどね。みんなが空を見上げてるんだから、難しいと思うんだけどな」


 私はため息をついた。それから声量を大きくする。


「データリンク確認。コンタクト!」


 そして、独り言に戻る。


「……私たちは破壊者じゃないもの。ちょっとした満足のために、儀式をするだけよ」


 口の中で呟きながら、レーダーを確認すると、円の中の右上の方に、電波を反射する存在が映し出されていた。方角を確認し、顔を上げてからディスプレイの向こうの実際の景色に目を向ける。

 キャノピーの向こうには、真空の闇が広がり、遠くに無数の星が輝いている。その中から、目を凝らして人工物の小さな光を探すのだ。

 目標の大きさは自動車ほどで、地球人にはパラボラと呼ばれていた丸いアンテナに、十角形の本体と、各種小型の装置がくっついたような形をしている。

 目標は地球製の探査機だ。


「目標まではまだ五百キロある。目視は不可能。二〇式改のレーダーなら補足は出来ているはずだが?」


 今度は、インカムから男性管制官の声が流れる。交代したらしい。


「レーダーに補足はしています。目視はまだです」


 哨戒機だけあって、武装はあるが大した装備ではないし、なにより今回は目標に対して発砲することは許されない。ただ、接触はするので、まずは目視できる距離まで近づかなければならないのだ。


「さて、どんなお姿かな?」


 私は冗談半分でひっそり、そう呟いた。

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