ひらり、はらり。

夕藤さわな

第1話

「よぉー……い……どーん!」


 元気な声に横断歩道の白線をにらみつけていた僕はハッと顔をあげた。見れば歩行者用の信号は青に変わっていた。

 小学生だろう男の子たちがスタートを切るのに合わせて歩道に落ちていた桜の花びらがひらり、はらりと舞い上がる。小さな背中に背負われた真新しいランドセルを追い越し、桜の花びらは短い横断歩道を渡り切るとひらり、はらりと反対側の歩道にゴールした。


「いっちばーん!」


「えぇ!? れんくん、いちばんじゃないよ! いちばんはあおくん!」


「ちがうよ、れんくんだよ!」


 横断歩道が短くて接戦になったらしい。反対側の歩道で男の子二人が言い合う。二人の両親だろう大人たちは世間話をしながら横断歩道を渡っていく。

 誰が一番にゴールしたのか見ていたのは僕だけのようだ。


「桜だよ!」


 男の子たちはそろって僕の顔を見た。


「一番最初にゴールしたのは桜の花びら!」


 次に足元の花びら。そして最後に顔を見合わせると目をつりあげた。


「つぎはまけないぞ!」


「つぎはまけないから!」


 桜の花びらに宣戦布告する二人に思わずくすりと笑って僕も横断歩道を渡り終えた。ビリッケツでゴール。それと同時に歩行者用の信号は赤になって、車両用の信号が青になって、一台の車がスーッと通りすぎて――。


「あ!」


「あ!」


「……あ」


 歩道に落ちていた桜の花びらがひらり、はらりと舞い上がる。


「よぉい、どん!」


「どーん!」


「どーん!」


 僕の掛け声を聞いて二人が桜の花びらを追いかけるようにスタートを切る。入学式と書かれた看板が立て掛けられている門を走り抜けていく二人の笑顔と桜の花びらを見送って僕は目を細めた。

 今日から新しい街、新しい中学校での生活がスタートする。幼稚園の頃からいつもいっしょだった親友はここにはいない。不安と緊張でうつむいていたけど――そうか、あの子たちも新しい生活が始まるんだ。


「……僕も負けないから」


 顔をあげてスタートを切ってしまえばなんだか大丈夫な気がしてきた。


「よぉい、どん」


 掛け声と共に走り出す僕の頬を桜の花びらがひらり、はらりと撫でていった。

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ひらり、はらり。 夕藤さわな @sawana

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