Boy meets Girl
彼女が消えた。
それは本当に突然だった。
毎朝その電車に乗っていたはずの彼女が、その日はいなかった。
最初は1本早い電車に乗ってしまったのかと思った。何度も電光掲示板と腕のデジタル時計、ついでに駅の壁にかけられている時計まで確認して、ようやくそうでないことを知った。
もしかしたら寝坊か何かしたのかもしれない。
僕だって何度も乗り遅れそうになったのだ。彼女がそうなったとしても全然不思議はない。
無理矢理言い聞かせた。 明日には来る。
明日には彼女がいる。
彼女はそれから3日間、1度も姿を見せなかった。
駅に行く足取りもなんだか重かった。
彼女がいないのならば、別にわざわざこんな早い電車に乗る必要なんてないのだ、ほんとは。
彼女がその電車に乗らなくなってから4日目の朝、僕はそれでもずるずると諦め悪く例の電車に乗るために、ホームへと向かっていた。
こんなことなら、挨拶ぐらいしておけばよかった。
気づかれないようにしてる場合なんかじゃなかった。
強烈な後悔の念が僕を襲う。
最初はただ、えらく姿勢のいい人だな、と思っただけだ。
珍しく早起きしたから、ぎゅうぎゅうじゃない電車に行って、今日はのんびりコーヒーでも飲んでから授業に出よう、と思ったのがそもそもの始まりだった。
あの日の気まぐれを僕は後悔し始めていた。
あんなことさえしなければ彼女とも出会わなかったのに。
大学生にもなって、悶々と半年間も先の見えない片思いをしなくてすんだのに。
ファイルケースを持つ手に力がこもる。
ふと時計に目をやると、電車の発車時刻はもう間もなくだった。
普段よりゆっくり歩いていたせいで時間がかかったのか、走って電車に間に合うかどうか分からないぐらいの時間しかなかった。
走って階段を駆け降りる。
その電車に彼女はもう乗ってないのに、そんなに急いでどうするんだ、とかそういうことは全部吹っ飛んでいた。
ほとんど反射だった。
発車のベルが鳴る。
ドアが閉まる寸前に身体を滑り込ませた。
息が切れる。
荒い息をなんとかなだめ、いつもの入口から乗りこんでしまったことに「習慣って怖いな」と自嘲し、汗を拭いながら顔を上げた。
「あ……!」
彼女だった。
まるでこの3日間何もなかったかのように、普段とおなじ姿勢で、彼女が入口の向かいの席に座っていた。
僕の声に彼女が顔を上げた。
思わず声を漏らしてしまい、しまったと思うが、もうどうにもならない。
ぼうっと立ちつくす僕に、席に座っているOLがちらりと目をやる。
一方、彼女は例の小鹿のような目を見開いてじっとこちらを凝視している。わずかに開いた唇が赤い。
もう、行け。
行ってしまえ。
どうせ気づかれてしまったんだ。
合コンで目当ての子の隣の席に移動するときの10倍は勇気が要った。
じっと僕の動きを追う視線を感じながら、僕はそっと彼女の隣に腰を下ろした。
「おはよう、ございます」
初めてまともに彼女の声を聞いた。彼女が僕を見ている。
「毎朝、お会いしますね」
「あ、はい…」
この3日間は会えませんでしたね。なんてもちろん言えるはずがなく、情けない返事をする僕に、彼女が静かに笑う。
今日こそは。
彼女の名前を訊こう。そして、僕の名前も伝えよう。
本当はこんなに早く学校に行く必要はないこととか、『解夏』のどの話がいちばん心に残ったかとか、『NIKITA』の中で使われている音楽は僕も好きだということとか、そういうことを話そう、と思った。
そう考えると、なんだかすっと力が抜けた。ふっと自然に笑みが漏れて、僕は言う。
「今日は何を読んでるんですか?」
今日もまた、1日が始まった。
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