第15話 事件に巻き込まれた 4

「あの、貴方はここをボクの会社って言ってましたけど」

「社長だよ」


社長。

その単語に過去の記憶が反応した。

お茶会の時にグリードが言っていた。

ゲームの中でロディアを作った会社の社長と会ったと。

それはこのAIのことだったのだ。

私は恐れと確信を抱きながら口を開いた。


「それで貴方は、この会社の社長さんであると同時に、先の戦争の責任を取って凍結されたシャマイムグループの管理AIでもあるんですね」

「まあね」


あっさりとスロウスさんは肯定した。

やっぱりそうだったのか。

私は新たな緊張感に体をこわばらせながらも、更に確認を続ける。


「それで、ルシフェルはあの後どうなったんですか」


すると、スロウスさんのカメラアイの目元が険しくなった。

最初に出会ったスロウスさんは気怠げでダウナーな印象だったけど、今のスロウスさんは真剣で怖いくらいの覇気があった。


「新たに飛ばしたドローンの情報では、辛うじて逃げのびたパワードスーツの熱源をたどり、組織を壊滅に追い込んだ」

「……は?」


壊滅?!


「非戦闘員もですか」

「そうだよ。映像もあるけど見る?」


私は強く首を振る。

スロウスさんは冷淡に話を続けた。


「今のルシフェルは、接触しようとするものすべてを排除するようになってしまった。調査に飛ばしたドローンすら攻撃をするようになり、調査もおぼつかない。だが、このまま放置もできない。ルシフェルは戦術核も所有しているから」

「核?!」


この星を汚し、あらゆる生物がアパテイアへ閉じこもることになった最大の要因だ。

そんなとんでもないものも持っているのか?!


「そう。だからこそ、早めに対処しなきゃならない」


スロウスさんはスライドを使って、作戦の説明を始めた。

要約すると、ルシフェルをアパテイアから離れるように、なおかつ地盤の緩い場所へと誘導する。

その地盤の緩い場所というのは、前時代に海を埋め立てた場所らしく、大型パワードスーツの重さなら全く問題ないが、ルシフェルほどの巨体では確実に耐えられないという。

つまり身動きが取れなくなったところで叩くというものだった。

ルシフェルの誘導と戦闘はもちろん傭兵が担当することになるが、私はその誘導する場所の調査の手伝いや戦闘の準備など、後方支援が主な仕事になるとのことだった。

これだけなら問題はなさそうに思えるが、外敵の駆除がまだ完了していない地域ということもあり危険もあるとのことだった。


「今回は目標がデカイだけに、作戦も大規模になって傭兵だけでは手が足りない。だからこそ、民間の優秀なパイロットを必要としているんだ」

「臨機応変に動けて危険を回避できるパイロットも必要なんですね」

「単純に言えばそういうことになる」


スロウスさんは頷いた。

私はスライドから目を離して視線を下げた。

あの決戦兵器に関わることになるかもしれない。

しかも戦術核も持っている。

正直現実味がなかった。

突然の話に頭の中は空回りをしている。

でも、できるだけ早く対処しなきゃならない問題だということと、迂闊に返事をしちゃいけないことだということは理解できた。


「あのさ」


うつむく私にスロウスさんが声をかけてきた。


「君がボクらの使命を知っていて、応援しているってことをグリードから聞いたよ」

「あ、はい」


私は顔を上げて頷いた。

グリード、そんなことを話したのか。

ちょっと恥ずかしいじゃないか。


「でもさ、応援するだけなの?」

「……え」

ボクらAIにこんな大切なこと任せきりにして、君らは何とも思わないの?」


どこかひんやりとした、しかも棘を感じる声に私は硬直した。

ロボットやAIに心はない。

だが、人の心情に効果的に訴えかける表現や演技力は学習次第でいくらでも身につく。

スロウスさんの今私に向けられている言動は、膨大な学習によってもたらされる演技力によるものであり、それをもって私に揺さぶりをかけようとしているのがわかった。


「えっと、その」


わかったけど、私は既にスロウスさんが登場してからここまで圧倒されっぱなしで、自分のペースを取り戻せないままでいた。

というか、私一人では手に負えない事態だった。

混乱の深みにはまる私に、スロウスさんは視線をそらした。


「……今回の件は間違いなくボクの管理ミスが招いたことだ。それは弁解のしようがない。責任は果たすし罪は償う。だが、街の外は不確実性に満ちていて、万全を持ってしてもボクらの予想を越えることがある。ボクらは決して万能じゃない」


それもわかってはいた。

もしAIが万能な存在だったら、そもそも先の大戦自体起きていなかったし、人もここまで追い詰められることもなかった。

人の愚かさに先んじて、未来をもっと別の形にすることもできたはずだ。

でも、そうはならなかった。

どんなに優秀なAIであっても、多種多様な人を御するのは困難なことなのだ。


「もう一度聞くよ。本当にボクらに『人を救い、幸福へと導く』ことを任せていいの?」


スロウスさんは再び強い視線を向けると、切り込むように問いかけた。


「……わ、私は」


意図せず声が震えた。

何で私が、こんなふうに言われなきゃならないの?

身の内で声があがる。

私はただ、グリードが頑張って人を理解して使命を果たそうとしている姿を見て、応援したいと思っただけなのに。

それがグリードが作られた理由、存在意義で、それを果たして幸せになってほしいと思ったから口に出して言ったのに。

でも、何も言えない。

スロウスさんからして見れば、私の考えはあまりにも甘くて理想論過ぎて、ついでに言えば人任せならぬAI任せで無責任に見えたのかもしれない。

そう思ったら何も言えなくて、情けなくて泣きそうになった。

だけど、泣くのも嫌だったから、拳を握りしめ歯を食いしばることしかできない。

すると、スロウスさんが身動きをした。

バツ悪そうに前髪をかきあげ、そしてハッキリと苦い表情で私を見た。

もちろん演技だろう。


「悪かったよ。これは君だけの話じゃないし、この街にいる人全員にしっかり考えてほしいことなんだ」

「……はい」


何か似たようなこと、トニーちゃんにも言われたような記憶があるな。

ちゃんと考えておけば良かった。

ションボリする私に対し、スロウスさんの態度はどこまでも冷徹だった。


「このことを踏まえて、ルシフェルの件、今夜しっかりと考えておいて。明日、今日と同じ時間に返答を聞くから」


えっ?!

思わず顔を上げる。


「あ、明日、ですか?!」

「言ったでしょ。急を要することなんだよ」

「そうですけど、こんな重要なこと、たった一日で考えられません。もう少し時間が欲しいです」

「わかっている」


必死で言う私に、スロウスさんは深く頷いた。


「これは君にとって重要な選択肢であり、本来なら時間をかけて考えるべきことなのは理解している。だがこれは街の、人類の生存圏に関わる問題なんだ。厚顔無恥なことは承知な上でそれでも明日、答えを聞きたい」

「そんな……」


呆然とする私に、スロウスさんは立ち上がると沈痛な表情をして深々と頭を下げた。


「頼む。どうか街のためにボクに力を貸してくれ」


繰り返す。

スロウスさんはAIかつロボットで心はない。

だからこれも演技だ。

わかっているのに、それでも私の胸が痛むのを感じた。

頭の中はとっくに容量オーバーになっている。

私はスロウスさんを見、そして視線をテーブルの上で握った両手を見つめた。


「わかりました」


私は振り絞るように声を出していった。

それが精一杯だった。

その後、スロウスさんと共に会議室を出て、玄関まで見送りするからと一緒にエレベーターに乗った。

来たとき同様、エレベータ内は無言だった。

でも行きはひりついた緊張感があったのに対し、今は重苦しい空気が充満していた。

エレベーターがロビー階に止まり、扉が開いて歩きだし気付いた。

前方に見慣れた、しかしオフィスビルには不似合いな多脚ロボが複眼をあらわにしてこちらを見ていた。

グリードだ!

そう認識した途端、心からホッとしてすぐにでも駆け寄りたかったけど流石に我慢をした。


「君の友達は心配性だね」


先程の殊勝な態度はどこへやら、元の冷淡でダウナーな態度に戻ったスロウスさんが言う。

その声に反応したように、グリードが滑るようにこちらへとやってきた。

そして右手のアームを伸ばすと、私の手を取り優しく握りしめた。


「ナナミ」

「グリード、どうしてここに」

「アイラから連絡があった。君たちの様子を不自然なものとして捉え、随分と心配をしている様子だった」

「……そっか」

「後で連絡をしてやるといい」

「うん、わかってる」


アイちゃん。

心配げに見送ったアイちゃんの姿が思い浮かぶ。

ゴメンね、ありがとう。

そしてグリードは複眼の光をスロウスさんへと向けた。

気のせいだとは思うけど、その光は切り込むように鋭かった。


「スロウス」

「事情は理解しているでしょ。手段は選んでいられないんだよ、グリード」


そんなグリードの視線に臆する様子もないスロウスさんは、逆に厳しい表情で多脚ロボットを見つめた。


「彼女に状況を話した。明日の夜に答えを聞くことになっている。事情を知る友達として話を聞いてやったら」

「言われるまでもない」


事務的に答えるグリードから視線を外し、スロウスさんは表情を消して私を見た。


「それじゃ、また明日の夜に迎えに行くから」


そう言うとスロウスさんは踵を返し、再びエレベーターに向かって歩き出した。

エレベーターに乗るまで、こちらを一瞥もしなかった。

スロウスさんの姿が見えなくなったことで、ほんの少しだけ気分は楽になったけどそれだけだった。


「ナナミ、まずはアイラに連絡をすることを推奨する」

「うん」


立ち尽くす私を、グリードが冷静に促す。

そうだ。

アイちゃんに無事なことを伝えて、心配かけたこと謝らないと。

私はグリードの手を離し、アイちゃんに連絡をするべく端末を手にした。

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