第15話 事件に巻き込まれた 3
そして翌日。
仕事を終え、アイちゃんと一緒に会社を出た私は困惑をしていた。
隣にいるアイちゃんもポカンと目の前の光景を見つめている。
黒塗りの車が私達の目の前に止まり、黒服のボディガードを後ろに控えて出てきたのは、美少年とも美少女とも見える美形アンドロイドだった。
外見の年齢は私と同い年か、少しばかり年下か。
銀色の髪に華奢な体躯。
どこかのロックバンドのようなクールで尖った服装をしていて、耳のピアスもバチバチつけている。
オシャレなズボンのポケットに手を入れたまま、そのアンドロイドは口を開いた。
「ナナミ・カリヤだね」
開口一番のその声も、やっぱり性別不明だ。
しかしその態度も口調も気怠げで、敵対の意思はなさそうだけど友好的とも言えなかった。
これがこのAIの性格設定なのだろうか。
ロボットやAIが人に対して友好的な言動をとる性格設定が多い中、結構珍しい設定である。
「ボクの名前はスロウス。君の友達とか言ってるグリードとは知り合いだよ。ついでに言えば、グラトニーともラストとも知り合いでもある」
「……はあ」
突然のことに私はうまいこと反応ができない。
すると、スロウスさんは無造作に長い前髪をかきあげた。
「今日来たのは昨日送ったメールのとおりだよ。君のパイロットの腕を見込んで頼みたいことがある。ま、立ち話もなんだから、ひとまず乗って」
スロウスさんが顎で示したのは黒塗りの車だ。
一方的な展開に私は眉を寄せた。
「いや、ちょっと待ってください。せめてグリードに確認を──」
「後ですればいいでしょ。ボクも暇じゃないんだ。手間取らせないで」
瞬間、息が詰まった。
スロウスさんから放たれるトニーちゃんに勝るとも劣らない威圧感。
私はもちろん、アイちゃんも痺れたように動けなくなった。
なんという表現力。
そして悟った。
あ、これ、本物だ。
グリードと同じかそれ以上、トニーちゃんやラストさんのような街の管理AIと同スペックの大物AIだ。
私は唾を飲み込み、どうにか言葉を紡ぎだした。
「わかりました。行きます」
「ナナちゃん」
「大丈夫だよ。このロボットたちが危害を加えること、絶対にないし」
「そうだけど」
心配そうなアイちゃんに向かって、私は安心させるように笑顔で頷いた。
前時代に規定されたロボット工学三原則、特に第一原則はこの時代でも絶対的な力を持っている。
ロボットは、人を攻撃することはない。
この街の常識と言ってもいい。
とはいえ、その周囲にいる人たちがそうとは限らないけど。
「じゃ、行ってくる」
私と同じ懸念を抱いたのだろう、両手を胸の前で握りしめて不安げに見つめるアイちゃんに私は軽く手を振ると、ボディガードさんの誘導で車へと乗り込んだ。
続いてスロウスさんとボディガードさんたちも乗り込み、車は速やかに発進した。
車の中は、身につまされるほどの沈黙に包まれていた。
「あの、どこへ向かっているんですか」
「ボクの会社だよ」
私はその沈黙に耐えきれず、横に座るスロウスさんにたずねると、スロウスさんは素っ気なく答えた。
そしてスロウスさんの周囲に画面が立ち上がり、手持ちの端末を操作して作業を始める。
どうやらここで話す気はないらしい。
てか、ボクの会社って?
気になったけど、今は大人しくしていよう。
こうして居心地の悪い沈黙に耐えながら車に乗ること十分ほど、ビジネス区画の綺麗なビルの前に車は到着した。
建物の名前はシャバットビルというらしい。
スロウスさんを先頭に、ボディガードさんに挟まれて、私は緊張しながらビルの中へ入った。
天井の高いロビーを横切り、一言も発することなくエレベーターに乗る。
エレベーターの表示を見ると、行く先は三十八階のカラーという会社らしい。
……カラー?
どこかで聞いたことのある会社だ。
そして、エレベータは三十八階に到着し扉が開いて私は思わず声を上げそうになった。
出迎えたフロアには、見たことのあるゲームの電子ポスターやら実物のフィギュアやらが飾られていた。
私が夢中になり、その衝撃のラストに撃沈したロディアこと、ロード・オブ・ディアボリカの電子ポスターと、キービジュアルになっているカスティタスのホログラムが来る人を出迎えていた。
そうかここ、ゲーム会社のフロアなんだ!
私はようやく理解に至った。
ハンナちゃんを始めとしたゲームファンにはたまらない空間だろうな。
見とれて立ち尽くす私に、スロウスさんが振り向いた。
「ここがボクの会社……って、何突っ立ってんの?」
「あ、すみません。知ってるゲームのキャラがいたから、つい見入っちゃって」
「ああ、ロディアのことか。君もプレイしてたよね」
「はい」
……何で私がロディアをプレイしていたことを知ってるんだろう。
関係者だからか?
疑問に思ったけど、やっとまともに会話ができる期待のほうが勝った。
私は思わず笑顔で頷くが、スロウスさんは冷めた態度のままだ。
「でも最近はログインをしていない。大方、エンディングで挫けてゲームから離れたでしょ」
「う。……おっしゃるとおりでして」
図星を突かれてうつむいた。
さすがは関係者。
ゲームプレイヤーの確認も早い上に状況をしっかり把握している。
スロウスさんは肩をすくめた。
「今日はそれよりも大事な話がある。ついてきて」
スタスタと歩き出すスロウスさんの後を追うようにして、私はその後に続いた。
受付にチェックインし、更に歩いて一番奥の会議室に通された。
ザ・会議室という感じだが、ここだけ切り離され密閉されている感があった。
似た感じとしては、VRカフェの個室に近い。
防音が施されているのだろうか。
設備は一目で最新のものだと察した。
「そこ座って」
私は示された椅子に素直に腰を掛けると、スロウスさんは私の向かいに座り私を見据えた。
「今日は突然悪かったとは思っている。でも急ぎの要件だったから多少強引だったけどここに来てもらった」
言いながら私の前に画面を展開した。
飾り気の一切ないスライドに、非常にビジネスライクな文字が書かれている。
『決戦兵器・ルシフェルの討伐に関する調査及び戦闘に関する作戦要綱』
……何か、堅苦しい上に物々しいな。
というか、決戦兵器って確か八十年以上前の戦争で、各スーパーメジャーが開発・製造をして実戦投入した超大型の自律ロボットのことだろう。
それはともかく……討伐って何?
「君に来てもらった理由は、君にこの作戦に協力をしてほしいと思っているからだ」
スロウスさんは早速本題に入った。
「作戦には卓越した操縦技術を持つパイロットが必要で、傭兵に限らず民間のパイロットにも声をかけている。君を選んだ理由は、以前行われた
「……え、えっと」
私は緊張のあまり体がカチコチになりながらも、疑問に思ったことをたずねた。
「私のパイロット腕前はともかくとして、作戦というのはこのスライドの内容のことでしょうか」
「そう。そしてここで見聞きしたことは他言無用でお願い」
「わかりました」
頷きながらも、私の内心の緊張と動揺は大きくなり、嫌な予感が胸を占めていた。
「百聞は一見にしかず。まずはこれを見て」
スロウスさんが言うと同時にスライドとは別に映像が展開された。
「これは一週間前の夜、偵察用ドローンから撮った映像だよ」
そこには、夜の闇よりさらに濃い闇があった。
それは大きくて画面いっぱいに広がっている。
濃い闇の周囲には、大型のパワードスーツが十数機程いて、ハイビームを点灯しながらその闇から離れようとしているようだった。
闇は地上に這い出ると更に大きく膨らみ、大量の土砂を巻き上げながら一つの形を作り出す。
私は映像に釘付けになりながら息を呑んだ。
それは大型パワードスーツの十倍以上はあるであろう、大きな大きな人型のロボットだった。
「これが今回のターゲット、シャマイム製の大型決戦兵器ルシフェルだ」
……シャマイムの決戦兵器ルシフェル。
映像はルシフェルの周囲を照らしながら回り、その威容を映し出す。
優美な巨体の両肩に六角型の巨大なコンテナ──武装が詰まっているだろう──が三つずつ搭載されていて、それが翼のように見えた。
まるで天使のようだ。
こんな状況でなかったなら、前時代の特撮映画だと思っただろう。
その時、天使の頭部がピカリと輝いた。
ほとばしる光線。
そして大爆発。
逃げていた大型パワードスーツが巻き込まれるのを見た。
頭部からの光線は立て続けに起こり、着実に周囲のパワードスーツたちを葬り去っていく。
「えっ?!」
私は立場を忘れて声を上げた。
「あのパワードスーツ、人が乗ってるんですよね?!」
「ああ。逃げているのは『暁の解放同盟』と自称する人々だよ。ロボットやAIたちを徹底的に排除して人類が再びこの星の頂点に立とう企てている、外の世界では有名な過激派組織だ」
街の外には、この
当然、街を出た理由は様々だから一つの大きな組織となることはない。
穏健に街の外で生活を営む組織もあれば、過激な思想を持って街を攻撃しようとする組織も存在する。
暁のなんちゃらも、そんな過激な思想を持つ組織の一つなのだろう。
それはともかく、人々って。
「待って。あのロボットは何で人を攻撃してるんですか?! 三原則はどうしたんですか?!」
ロボットが人を攻撃している。
決してあってはならないことだ。
繰り返すが、この時代でも前時代に規定されたロボット工学三原則があり、特に第一原則である『ロボットは人間に危害を加えてはならない』は徹底して守られている。
八十年前の戦争もそうだった。
それは人という種を守るための、絶対必須の掟なのだ。
なのに、どうして?!
「その彼らがルシフェルに干渉して三原則を排除し、あまつさえ自分たちの命令に従うようプログラムを書き換えようとしたんだ。結果は失敗して、この有様になったんだよ」
「そんな……」
私は執拗に攻撃を続ける巨大ロボットに恐怖を覚えた。
「ボクも攻撃を停止させようと遠隔で干渉を試みた。だが、元々自律型のロボットだということもあり遠隔での干渉は失敗に終わった」
その時、ルシフェルの六角形のコンテナの一つが開いた。
そして黒い何かが一斉に飛び出す。
武装ドローンだ!
それが画面に大写しになったのと、私が反射的に体をひねったのはほぼ同時だった。
そして映像は一瞬砂嵐になり、その後すぐにプツリと途切れた。
恐らく攻撃を受けて撃墜されたのだろう。
視線を感じてそちらを見ると、スロウスさんが僅かに眉を動かして私を見つめていた。
「君」
「はい」
「やっぱり、普通の人に比べて反応が早いね」
スロウスさんは両腕を組んだ。
「サイバネティクス技術が施されているわけでも、デザインチャイルドでもない。オリジナルでここまで反応速度ってかなり珍しいよ」
「はあ」
何言ってんだろ、このAI。
そんなことより、確認したいことがあった。
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