第5話 エッグハンティングをした 3

「ナナミ、メインゲートはこちらだ。行こう」


あんな事があったのに、全っ然気にすることなく、鉄壁のマイペースで行動を促すグリードに、内心呆れつつも安心感を覚えた。


「グリードはいいの?」

「何がだ」

「写真、SNSに結構アップされてるんだけど」

「把握している。弊社のイメージアップに繋がっているようだ。問題はない」

「グリードが良いなら良いんだけどね」


……ちゃっかりしてるけど、企業ってこういうもんなのかな。

マスコットキャラの前にあった卵を回収しつつ、私達はメインゲートへ向かった。

特に待ち時間もなくメインデッキへのエレベーターに乗り込む。

到着したメインデッキには、銀地にエウダイモニアが描かれた卵があった。

よしよし、まずは銀の卵をゲットだ。

メインデッキにはカフェがあるようだが、人がいっぱいだった。

おまけに待ちの行列ができている。

ですよねー。


「恐らくトップデッキに金の卵がある。それをゲットしたら、下の商業スペースで休憩しよう」

「そうだね。でも空いているかな」

「多少待つことになるが、ここのカフェよりは空いていると予想する」


私達はカフェスペースを素通りし、トップデッキへ向かうエレベーターに乗り込んだ。

予約しているおかげで、待ち無くスムーズに行けるのはいいものだ。

そして着いた先は、一面ガラス張りの回廊で、足元までガラス張りなのは驚いた。

ううわ! 凄い! 高い!

足元がおぼつかない錯覚はあるが、ちゃんとハイテクで頑丈なガラスなのだろう、足踏みしてもびくともしなかった。


「ナナミ、あった。金の卵だ」

「よっし!」


グリードが指差した先に、ライトアップされた金の卵があった。

土台もガラスで作られているようで、見る場所によっては宙に浮いているように見える。

金地にエウダイモニアが描かれた卵のコードを読み込み採取完了。

目的は達成した。

これで私達の勝利は盤石なものになるだろう。

よしよし、後は少し休憩して、スタート地点に戻りながら卵を適当に回収すればいいだけだ。

と、手に持っていた端末が震えた。

アイちゃんからのメッセだ。


「ねえ! SNSを見たらグリちゃんの写真をチラホラ見かけたんだけど?!」


ビックリする猫のスタンプとともにメッセージが表示されている。

私はテキストをタップして送信した。


「ああ、何か卵を探していたら撮られていたみたいだね。エウダイモニア前で撮影会もしたよ」

「えっ?! 撮影会?! すごいね!」

「ね。私もこんなに注目されるとは思わなかった」


グリードが私のそばにやって来た。


「アイラか」

「うん。向こうもグリードがSNSで少し話題になったことを知ったみたい」

「では、現状を把握するのも時間の問題だな」


アイちゃんからのメッセは続いた。


「あのさ、卵はどう? エウダイモニアに来てるみたいだけど」

「うん、順調順調。いい勝負なんじゃない?」


エウダイモニアのマスコットキャラのスタンプを送る。

圧倒的大差でこちらの大勝利だがな。

自然と顔がニヤついた。


「そっか! じゃあ一時間後にスタート地点で会おうね! 頑張ろ!」

「OK! またね!」


少なくとも文面上は、アイちゃんは平静な様子だった。

アイちゃん、おっとりのんびりした性格だからな。


「アイちゃん、本当に気付くかな?」

「アイラが気付かなくても、ユーゴは気付く。平時であればな」

「……今は休日で、最愛の彼女と一緒だけどね」

「気付かないならそれでいい。かの傭兵もそれまでだったということだ」


私はガラス面の風景に目をやる。

飛び抜けて高いビルが二つ、目に入った。

左のがアップグルントで、右のがサージュテックかな。

ビルの形も、何となくその会社の特徴が出ているような気がした。

あの展望台にさっきまで行ってたのが、ちょっと信じられない。

今度はもっと時間に余裕を持って見に来たいな。


「ね、グリード」

「何だ」

「グリードの会社は地下にあるんだっけ?」

「そうだ。街外れのジオフロントにある。そう言えば、グラトニーが君をいずれ工場見学に招待すると言っていたな」

「言ってたねー」


いつになるかはわからないけど。

トニーちゃん、忙しいだろうし。


「弊社の工場も良ければ見学するか。もちろん、今すぐというわけにはいかないが」

「おお! もしかして大型強化外骨格パワードスーツの生産工場とかも見られるの?!」

「それが弊社の売りだからな」

「いいね! もし良ければ見に行きたい!」

「わかった。いずれ招待しよう」

「うん、気長に待ってるから」


私は笑顔で言った。


「じゃあ、下に戻ろうか。休憩時間、なくなっちゃうしね」

「そうしよう」


私達は展望台を後にし、お膝元にある商業施設に立ち寄った。

あちこちにあった柄物の卵はゲットできたけど、カフェはどこも混雑していて座ることはできず、結局外のドリンクスタンドで飲み物を買い、奇跡的に空いていたベンチで休憩することになった。

その間も、グリードはアイちゃん達の動きを観察し続け、アイちゃん達が遊園地を出て、興行区画に向かったことを教えてくれた。


「それって、急いで卵の回収に向かったってこと?」

「そうだ。恐らくユーゴがSNSから取得した私の画像情報を元に、我々の現状を予測し、急いで行動に出たのだろう。だが、もう遅い。この時間では我々の得点に追いつくのは不可能だ」


グリードの報告に、私は笑顔で頷いた。

ケケケケケ。

慌てふためくがいい、可愛いカップル共め。

独り者の負のパワーをなめんなよ。

……ところでさ、何で私、さっきから悪役モードなんだろ。

塩っぱい気持ちを抱えつつ私はコーヒーを飲み、そして悠々とスタート地点へと戻ったのだった。

そして、日没を迎えた。


「ゴメンね、ユーゴ。私が遊園地を満喫しちゃったせいで負けちゃった」

「いいって。アイラの楽しむ姿を見て、俺も日頃の疲れが吹き飛んだ。やっぱりこういう時間は大切だ」


夕日を浴びてしょんぼりするアイちゃんを、優しい笑顔で慰めるユーゴさん。

ユーゴさんはアイちゃんの頬に手をあてた。


「だから、そう凹むな。どうせ一人前だし、ついでにお前の分も奢ってやるよ」

「え?! いいの?!」

「もちろんだ。それくらいの甲斐性はある。心配すんな」

「ユーゴ」

「アイラ」


私とグリードは余裕の勝利を収めた。

胸を張り意気揚々とすべき立場のはずだ。

なのに、ラブラブモード全開で抱き合う二人を、心の内で砂糖を吐き出しながら見るしかない私。

勝ったはずなのに、負けたような気がするのは何故だ。

お願い! 爆ぜてっ!


「この街の名高き傭兵、ユーゴ・エルヴェシウス。その発言を聞くに、懐にまだ余裕はあるようだな」


私の横で、複眼をあらわにしたグリードが抱き合う二人に視線を向けていた。

視線を向けられた二人の表情が引きつる。

グリードの複眼は、本当に圧があるからな。


「ナナミ、食事の場所は決めているか」

「え? あ! 考えてなかった! 待って、今から探すから」

「その必要はない」

「え?」

「良い店を知っている。君も気に入っている実績のある店だ」

「え? どこ?」

「ここだ」


グリードが示した店とは、グルマンディーズ。

前にアップグルントのCEO、グラトニーさんことトニーちゃんの招待を受けた時に来た高級レストランだった。

店を前に驚き、怖気づくカップルを尻目に、私はグリードを伴ってスマートに入店し、滞りなく注文を済ませる。

呆然とする二人の表情が実に心地よい。

そして目の前の出された料理に、私は笑顔を隠しきれなかった。

もう一生縁はないと思っていた。

なのに、またこの店に来れて食事ができるなんて夢のようだ!

頼んだのは前回とは違う定食で、今度は魚がメインディッシュになっている。

魚なんてかたまり肉と同じくらいに高級食材だ。

いやあ、魚! 美味しいのう! 美味しいのう!


「どうだ、ナナミ。食事は美味しいか」

「うん! うん! すっごく美味しいよ!」


グリードの問いかけに、私は勢い良く首を縦に振る。


「そうか。なら良かった」

「待て。何であんたが奢った風になってんだよ」


青い顔をして呻くユーゴさんに、グリードは顔を向けた。


「私はナナミに食事の感想を聞いただけだが」

「クッソ。ガチで勝負してくるとは思わないだろ」

「本気ではない」


グリードは淡白に応じる。


「本気になっていたら私は即失格となり、今頃君たち二人に食事を奢ることになっていただろう」

「ああそう。しかもこんな超一流のレストラン選びやがって。腹立つわー」


ユーゴさんは日頃の温厚さはどこへやら、心から渋い表情を浮かべ、顔にかかった髪をかき上げた。

その横で、アイちゃんが済まなそうな笑顔でユーゴさんを見つめる。


「ゴメンね、ユーゴ」

「アイラ」

「でもね、ここのご飯、すっごく美味しいよ!」

「そうか。……ならいい! お前が満足なら俺も満足だ! いっぱい食ってくれ。なんならデザートも頼むか?」

「いいの?!」

「ああ! ここまできたら大盤振る舞いだ! ナナちゃんも目一杯食ってくれ!」

「ユーゴ、ありがとう!!」

「ユーゴさん、ゴチです!!」


私とアイちゃんは揃ってお礼をした。

ユーゴさん、太っ腹! いい人だ!

グリードは複眼をユーゴさんに向けた。


「ユーゴ」

「……何だよ」

「豪気とはこの事を言うのだろう。ジェネラル・ワールドワイド社のエースは、よく働きよく稼いでいるようだ。おかげで二人の欲望が満たされる姿を見ることができた。私の人の理解も進むだろう。感謝する」


淡々と告げるグリードに、ユーゴさんは恨めしそうな表情をしてグリードを睨んだ。


「その言い方、あんたに心はないのか。良心は痛まないのか、って……なかったな! そういえば!」

「そうだ。AIに心はない。だから痛む良心もない」

「……なあ、あんたの性格設定、悪魔かなんかだろ。絶対そうだろ」

「そのような設定はついていない」


グリードはどこまでも生真面目に答えたのだった。


<エッグハンティングをした 完>

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