第6話 メイクレッスンをした
第6話 メイクレッスンをした 1
街の外は今日も荒れ模様だった。
空に舞った様々な微粒子のせいで太陽光は遮られ、絶えず吹きすさぶ塵灰を含んだ風が、昼間なのに視界を悪くする。
そんな中、私はパワードスーツを操縦して瓦礫に紛れて倒れ込んでいるパワードスーツに近づいた。
既に稼働しなくなってから数十年以上が経っていることはわかっていた。
……この機体、ラインアトラスのゴリアテかな? だな。
私はパワードスーツの腕を伸ばして土砂と瓦礫をどかすと、すっかり輝きをなくし錆が浮いているボディが現れた。
所々潰れてはいたものの、どうにか原型を留めている。
私は足に仕込んである大型のブレードナイフを取り出した。
微振動で切れ味を上げている。
運びやすくするため、機体をバラす必要があった。
そして、背中に背負っている背負子に乗せて、待機している輸送用トラックまで運ぶまでが主なお仕事になる。
この地上で廃棄されているパワードスーツは貴重な資源の一つだ。
数十年前の戦争で戦い、そしてそのまま放置された機体たち。
数十年前の戦争で戦ったのは、人ではなくAIだった。
そして、その時にこれでもかと使われたのがレアメタルであり、高価な機体や機械であればあるほど、レアメタルをゲットできる確率は上がる。
レアメタルをゲットできればボーナスがつくので、生活にゆとりができるという寸法だ。
私は、街の外にあるそういった資源を集める資源調達員のロボットパイロットだった。
機体をバラし終わり、背負子に積み上げていると、
「ナナミ、定時だ。引き上げるぞ」
「はーい。一機確保したので、すぐ持ってきまーす」
一緒に外で働いている先輩のロイさんの無線に応えた。
私は背負子を背負いなおし、ブースターをふかせてトラックへと向かった。
「エース機か?」
「残念。汎用機でした」
「だよな。エース機なんて、さすがに傭兵連中も見逃さないか」
「ですねー。でも、全く収穫がなかったよりマシですよ」
私はトラックへと戻り、集めてきた資源をトラックへと乗せ換えると、トラックを護衛しながら街へと戻った。
機体は即洗浄され、ハンガーへと格納される。
私は機体から降りるとヘルメットを脱ぎ、整備士たちにチェックを受けている
お疲れ、シリウス。
今日も目一杯動いてくれて頑張ったね、ありがとう。
格納庫からロッカーへと向かおうとした時、足早にこちらに来る足音が聞こえた。
「ナーナちゃん、お疲れ!」
「おー、アイちゃん、お疲れー」
パイロット養成学校時代からの友人、アイラことアイちゃんだった。
おさげの髪を揺らしてこちらに並んだ。
「今日はどうだった?」
「ボチボチですなー。一時の絶好調はどこへやらですよ」
私達はロッカーへと向かう。
「私もボチボチだったけど、いいこともあったんだー」
「いいこと?」
「そう。仕事中に届いたんだけどさ」
そう言ってアイちゃんは端末を取り出すと
私に見せた。
「ジャーン! 何とルクスリア主催の無料メイクレッスンに当選したのでーす!」
「おおー、前から応募してたやつでしょ。やったじゃん、凄いね!」
「うんうん!」
アイちゃんは満面の笑顔で頷いた。
ルクスリアとは、この街では超有名なファッションブランドである。
アイちゃんの見せてくれた端末には、ルクスリアが主催するメイクレッスンへの招待状が表示されていた。
このメイクレッスン、無料なことも手伝ってSNSでも非常に評判が良く、当然人が殺到する。
そのため指定の日時を選んで抽選に選ばれた人が行ける方針を取っているようだった。
アイちゃんはファッションやメイクに興味があるため、前々から狙っていたのだ。
私達はロッカールームに入り、着替えながら話を続ける。
「十八歳になってからすぐに狙ってたんだっけ」
「そうそう。対象年齢になるまで待ってたんだよ。長く待った分、本当に嬉しくてさ、浮かれて物資落としてカイルさんに怒られたけど気にならなかった」
「そこは形だけでも反省しよ?」
私は苦笑しつつ着替えを続ける。
「それで、そのメイクレッスンはいつなの?」
「再来週の日曜日だよ。来週も忙しいのはわかっているけど、未来に嬉しい予定があるだけで十分に耐えていけそうな気がする。ありがとう、ルクスリアと関係者の皆様」
アイちゃんは両手を胸の前に握りしめ、キラキラした目で宙を見た。
何が見えてるんだろうなー、と私は冷めた目で友を見つめた時、アイちゃんは急にこちらを見た。
「でね、この招待状、ペアなんだよ。だからナナちゃんも一緒に行かない?」
「へ? 私?」
思わず自分を指す私に、アイちゃんは浮かれモード全開の、ニッコニコ笑顔で頷いた。
◆
「それで、君もメイクレッスンに行くことになったのか」
「うん、あのニコニコ笑顔を曇らせる勇気は私にはなかったよ」
次の日曜日。
私はメンテナンスステーションで多脚ロボットの友達、グリードのコーティングをしていた。
イースターの時のお礼だ。
お礼を考えたけど思いつかず、グリードに直接聞いたものの、
「気にしなくていい」
の一点張りで埒が明かない。
なので、またコーティングをしてあげることにしたのだった。
私は前回の反省を踏まえ、下地処理を丁寧にしながらメイクレッスンのことを話した。
「ルクスリアの名は知っている。サージュテックの子会社のファッションブランドメーカーだ。創業は前時代からの老舗と聞いている」
グリードの複眼から、ネットの情報が空中に展開された。
ハイソでエレガントで、私の財布事情では到底手が届かない品々が並んでいる。
「最近は君たちの年代もターゲット層に加えたようだ。ルクスリア・フルールがそれにあたる」
続いて展開したのは、ガーリーでラブリーでキラキラした化粧品たちだった。
少女漫画で出てきそうな華やかで装飾の凝ったパッケージデザインは、女の子なら一度は憧れるだろう。
「わーお。これは、アイちゃんにはたまらんだろうな」
「君はどうだ?」
「私? ……憧れはするけど、ちょっとイメージとは違うかなーと」
「君のイメージとは?」
聞かれて、私は動かす手を止め腕を組む。
「うーん。具体的に聞かれるとあれだけど、ここまで少女漫画チックにキラキラしてなくてもいいかな。スポーティでシンプルなのが好き」
「君は少女漫画が好きだと聞いたが、実際に使うとなると話は別ということか」
「そうそう。見るだけで眺めるだけで満足なんだよ。欲しいとは思わない」
私は再び手を動かす。
「いくらパッケージに凝ったところで、中身の成分はそこらの化粧品と誤差の範囲内だろうしね」
「実際に計測をしたことは──」
「それに、普段遣いしない化粧品にそこまでお金をかけるより、別のところでお金をかけたいの」
例えば、漫画とか、アニメとか、動画とか、シリウスのメンテ代とか。
私の乗っているシリウスは、会社のものではなく父の形見を持ち込んでいる。
なので、自費で自由にカスタムが可能なのだ。
あとは。
「あっ、そうだ! 前にトニーちゃんにご馳走されたフルーツティー、あれまた飲んでみたい」
「気に入ったか」
「うん。イチゴも食べてみたい」
「ひと粒でもこれらの化粧品と同額かそれ以上になる。君の財布には厳しい品物だ」
「でしょうねー」
今のグリードの様子を見るに、研磨の必要はなさそうだな。
であれば、脱脂作業に入ろう。
除去剤の余分な成分や油分を、脱脂剤を使って拭き取る作業だ。
私は専用のクロスを手にして頭部を拭き始めた。
「『花より団子』という前時代からのことわざがある。今の君にふさわしい言葉だと思われる」
相変わらず余計なことを言うな、このAI。
「そういうこと、わざわざ口に出さんでいいですよ」
「そうか」
「そうですよ。あ、一度目のシャッターを閉じてね。シャッターも拭きたいから」
「わかった」
グリードは素直に従った。
「そうだ。もし暇なら、メイクレッスン終わったあとに見に来る? だいぶ変わると思うんだよね」
「いいのか」
「いいよ。良い化粧品を使ってキレイになって、普段よりもテンションが上がっている人間を観察するのも勉強になるでしょ」
特にアイちゃんとか。
もうこの時点でテンション爆上がりなのだ。
レッスン後はどうなることやら。
グリードは顔の下に手をやった。
「メイクレッスンをすると幸せになるのか」
「多分。少なくともアイちゃんは幸せになっていると思う」
グリードは『人を救い、幸福へと導く』という使命を持っている。
そのため、人の欲望や幸福に対して強い関心を持っているのだ。
「そうか。ではお言葉に甘えて拝見させてもらおう。君も今は平常心のようだが、レッスン後の変化を確認したい」
「OK! ま、そう変わらないと思うけどね」
「その言葉、よく覚えておこう」
私はその後も作業を続け、前回よりも下地処理を丁寧にした甲斐もあり、グリードはテリもツヤも透明感も素晴らしい機体に仕上がった。
深みがあるというのだろうか。
明らかに前回よりもピカピカ度が上がっているように思える。
私は額の汗を腕でぬぐいながら、鼻から息を吐き出す。
ふふん、どうよ、これならショールームに出せるんじゃない?
しかし、今回は評価をしてくれる人はいない。
なので写真をいろんな角度から撮って、明日デネットさんに見てもらうことにした。
今回はグリードもお高いお返しをすることはなく、作業後に自販機でコーヒーを奢るだけにとどめてくれた。
正直助かる。
その後はメンテナンスステーションで雑談し、夕方には解散したのだった。
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