第5話 エッグハンティングをした 2

また来るとは思ってもいなかったぜ、親会社。

ホームに降りると、ちらほらとウサ耳をつけた人たちが、本社ビルへと向かっていくのが見えた。

お仲間がいることにホッとしつつ、地下とエントランスを経由し──その間にもカラフルな卵たちをゲットするのを忘れない──展望台への直通エレベーターに乗り込む。

一分とかからず展望台へ到着すると、ガラス張りの広々とした部屋に到着した。

ピアノの音がする。

聞いたことのある切なくキレイな曲だが、曲名は思い出せない。

何だっけな? 前時代の曲だったと思うんだけど。

ウサ耳をつけた男の人がピアノを弾いていて、周囲に人だかりができていた。

思わず立ち止まり、立場を忘れて聞き入ろうとした時だった。


「ナナミ、卵がある。金だ」

「えっ?! あ! 本当だ!」


グリードが指差した先に、これみよがしに卵が設置してあった。

卵を取り囲み写真を撮っている人たちがいる。

私達は駆け寄り、金地に豪華な模様が描かれた卵のコードをゲットした。

よしっ。


「これで、アイちゃんたちに得点近づいたかな」

「ああ。この調子で採取し、勝利を決定的なものにしよう」

「うん!」


ピアノの曲にも風景にも興味はあったけど、まだゲットしなければならない卵がある。

後ろ髪がひかれる思いで、私はエレベーターに乗り込んだ。

機会があるなら、今度はゆっくり見学したいなー。

私達は早々に地下鉄に戻り、タイミング良く来た急行電車に乗り込んだ。

時間短縮、ありがたし。


「どうやらアイラたちは遊園地から動いていないようだな」


GPSで探知したのだろう、グリードが報告した。


「デートを満喫しているんだよ」


私は頭に思い浮かんだ妄想を口にする。


「今頃二人で絶叫マシンに乗っちゃってキャッキャウフフしてるんだよ。可愛いカフェで甘いものを分けあいながら貪ってるんだよ。大観覧車で二人の時間を作って見つめ合っちゃったりしてるんだよ」


ふふっ、羨ましいぞ、チクショー!


「それは幸せなことなのか」

「幸せだと思うよ。大好きな人と一緒に同じ場所で同じものを見聞きして、いろんな感覚を共有して、互いのことを分かり合う。これが楽しくて嬉しくなきゃ何なの」

「情報及び感覚の共有と相互理解か」


グリードは顔の下に手をやった。

何か考え事をする時によくやるパターンだ。


「人にとって情報や感覚の共有は、貴重かつ重要な経験だ。それは生存のためであり、それに伴う快楽のためでもある。だが相互理解は現実には不可能だ」

「え?」

「例えば、君はアイラになった自分を想像できるか」

「んん?」

「アイラの視点を、主観を、世界観を、君は経験できると思うか」

「んんんん?」

「考えてくれているようだが、正解は先に言った。不可能だ」


考える私に、グリードは無情に断言した。


「アイラと経験も主観も違う君は、アイラになることはできない。つまり理解もできない。人は己の脳でしか世界を捉えられないために、他者の主観を自分の主観のように捉えることはできないのだ。故に、真の意味での相互理解は不可能であると結論する」

「……ごめん、難しい」


正直に答えると、グリードは片手を上げた。


「構わない。君と情報を共有をしたかっただけだ」

「理解できなくても?」

「理解できないからと、他者との情報や感覚の共有を怠る理由にはならない。他人の主観と世界観を考えることが幸せに通じると、先程の君の意見から私は予想した」

「えーと、他人に対して関心と思いやりを持つことが幸せに繋がるんじゃないかなーってこと?」

「そうとも言える」


相変わらずまわりくどい。

まあ、これがグリードだ。

多脚ロボットの私の友達だ。


「次でサージュテックの本社ビル駅に到着する。定刻通りだ」

「よし」


電車は減速し駅に到着した。

ホームに降りて駅を見渡す。

アップグルントの駅とはまたデザインが違っていた。

アップグルントはいかにもな駅だったのに対し、サージュテックの駅は白く明るく広い。

目立つのは、最新鋭のプロジェクションマッピングを使った広告だ。

私の読んでいる漫画の広告もあって、思わず写真を撮ろうか迷った末断念した。


「アップグルントとはもうここから違うね」

「昔、アップグルントはオーガニックなのに対し、サージュテックはモダンだと評していた人物がいた。各社の強みが駅のデザインにも現れているということだな」

「言われてみれば、イメージ通りかも」


今でこそたくさんの企業を抱えているものの、元々は食料専門の企業だったアップグルントに対し、最新鋭の技術や会社をバリバリ取り込み多角経営をしていたサージュテック。

その両者が手を取り合い、管理運営しているのがこの街アパテイアなのだ。


「観光はまたの機会にして、展望台へ急ごう」


私達はエスカレーターとエレベーターを乗り継ぎ、本社前のエントランスに向かった。

サージュテック本社のエントランスは、本社前駅のデザインとよく似ていたが、更に洗練されているように思えた。

アップグルントには落ち着きがあったのに対し、軽やかさや華やかさにおいてはこちらに軍配が上がる。

アップグルントの時も圧倒されたけど、こちらも凄いな。

情報量の多さに頭がスポンジになりそう。


「ナナミ」

「ゴメン、行くよ」


私達はウサ耳をつけた人たちを追い、展望台へのエレベーターに乗り込んだ。

程なく展望台へ到着し、金地に花々が描かれた卵を発見、ゲットした。

よし、これでアイちゃんたちを追い越したことだろう。

私はニンマリと笑った。


「ナナミ、提案だ。疲れているようならここで休憩しても構わない。現時点でアイラたちは遊園地から動いておらず、得点はこちらが上回ったと予想する。休憩をする時間の猶予はある」


せっかくの提案だが、私は首を横に振った。


「ありがとう。でも大丈夫だよ。それにどうせ休憩するなら、次の場所がいいかな」

「わかった。ではエウダイモニアへ向かおう」


私達は早々にエレベーターに乗り込み、サージュテックの本社を後にした。

機会があればまた来るよ、サージュテック。

急行の電車を待つ間、私はグリードにたずねた。


「そう言えばこのビルにも、レストランやカフェはあったのかな?」

「ああ。今日は足を向けなかったが、ここには地下街があり店も多く出ているようだ。さらに言えば、映画館と劇場も入っている」

「凄い!」

「エンターテイメントにも力を入れている会社だ。この街のイベントもサージュテック主導で運営している」

「そっかー」


何でもやるな、サージュテック。

そんな会社の代表って、どんな人なんだろう。

華やかで貫禄のある紳士淑女か、絶世の美人か美男子アンドロイドか。

それともまた多脚ロボットだったりして。

だったら面白いのに。

雑談をしていると急行電車が到着し、私達は速やかに乗り込む。

乗っている人々は、普通に遊びに行く風な人もいれば、ウサ耳をつけた人もいた。

やっぱり多脚、複眼、ウサ耳をつけたロボットは相当珍しいのだろう、人目をかなり引いている。

グリードはどこ吹く風で一向に気にしてなさそうだし、むしろそんな人々をつぶさに観察しているようだけど、私はやっぱり居心地が悪い。

でもそんな時間は目的地につくことで終わりを迎えた。

急行電車への好感度が爆上がりだ。

私達は人の流れに逆らうことなく歩を進め、改札を通過し、エレベーターを乗り継いで外に出た。

私は首と背中を逸して、そびえ立つ建築物を見上げる。

エウダイモニア、到着!

基本は円筒形だけど上に行くに従って細くなり、最終的には棒状に見えるそれ。

通常展望台メインデッキまで糸で編み込まれたような形状がキレイだと思う。

長年ここに住んでいるけど、遠くから見るだけで満足して、全然足を伸ばさなかったのが我ながら不思議だ。

そんな感じですっかり観光気分になっている私の背後に、人の気配を感じた。


「あのー」


声をかけたのはウサ耳をつけた男女四人組。

私は慌てて姿勢を正す。


「はい」

「その多脚ロボット、お姉さんの連れですか?」

「はい、そうですけど」


何だろう?

お邪魔だったかな?

ハッ! まさか、グリードロボットにイチャモンつける皆様か?!

悲しいかな、前時代からあるロボットを差別する感情は人々の中から消え去ったわけではない。

そして今後も消えない。

だが、不当な言動に屈する私ではないのだ。

ちょっと怖いけど、受けて立つぞ。

内心でシャドウボクシングをしたが、四人は満面の笑顔を浮かべた。


「いやー! いい浮かれかたしてるっスね! 一緒に写真とってもいいっスか?!」

「え」


そっちか?!


「ここで、この多脚ロボでいいんですか?」

「全然いいっスよ! てかそのロボ、話題になってるんスよ、ほら!」


と言って彼らが端末を見せてくれた。

私は仰天した。

ウサ耳をつけた一鍔ヒトツバの多脚ロボが不気味カワイイ! とかいう感想で、グリードの姿がSNSに複数投稿されていた。

あくまで主人公はグリードであり、私は端っこの方に写っているだけだが、通路を歩いている姿や、卵を前にしている姿など様々だ。


「い、いつの間に!」


あちこちで写真撮ってる人が多くて、全然気にしていなかった。

脳天気すぎたかな。

四人は心から楽しそうに笑う。


「目立ちますからねー」

「てか、主催者が秘密裏に用意したレアキャラじゃないかって話なんスけど」

「いえ、それはないです」

「だよねー! てか、写真イイっスか?」


私はグリードに目を向けた。


「と言うことなんだけど、グリード」

「周囲の邪魔にならないよう、すぐに済ませるなら私は構わない」

「やった! すぐにやっちゃいますんで!」


こうしてエウダイモニアが見える駅前で撮影会が行われ、グリードは局所的に時の人ならぬ、時のロボットとなった。

私は端っこで見守る中、グリードの要望通り撮影会はすぐに終わった。

笑顔で手を振ってエウダイモニアに向かう四人組を、私達は何となく見送る。

こういう風に、好意的な目で見てくれる人たちばかりなら良いのに。

私は手持ちの端末でSNSを検索した。

すると、先程の写真が既にアップされているのを見た。

早いな、おい。

……お気に入り★ しておこう。

ついでに、他のグリードの写真にも星をつけておこう。

私は素早くスクロールをしつつ、グリードの写真に星ボタンを連打した。

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