第3話 親会社に呼ばれた

第3話 親会社に呼ばれた 1

「ねぇ、カリヤ君。君、一体何をしたの?」


私は仕事を終えて早々、社長ボスから至急の呼び出しを受け、着替えて社長室にいる。

デスクをまたいで向かいにいる社長は、社長と呼ぶにはいささか威厳が足りない風貌をしていたが、今日はそれに拍車をかけていた。

有り体に言えば、とても困惑していて、私も社長のそんな態度に同じように困惑していた。


「え、えーと、普通に仕事をしてました。今日もレアメタルを見つけまして、報告書を上げときました」

「うん、それはさっき見た。凄いね、これで五日連続だ」


いつもの気さくで穏やかな笑顔で褒められ、私もつられて笑顔になる。


「ありがとうございます。これでも鼻はいい方でして」

「うんうん。その調子でこれからも貢献をしてくれるとって、そうじゃないんだよ! 大変なんだよ!」

「大変?」

「そう! これ!」


そう言って私に一枚の電子書類が映し出された。


「……失礼します」


一声かけて一歩進み、書類に目を通す。

ざっくり言うと、アップグルント社の代表ラスボスが私に会いたいから本社に来て、という内容だった。

……え、アップグルントって。


「親会社っ?!」

「そうだよ! この街の総本山の一角からのお呼び出しだよ!」


この街でアップグルントの名を知らぬものはいない。

この街を運用管理し、特に食料ごとにおいては右に出るものはいない超大企業スーパーメジャーだ。

私の勤めるこのナノ社は、その小会社の一つにあたる。

規模としては中小、末端と言ってもよい。


「な、何で私なんですか?! 社長じゃないんですか?!」

「それは僕が聞きたいよ。いや、僕でも困るんだけどね!」


人が良くて気さくで、ちょっぴり気弱な社長だが、この態度は何なのか。

確かに相手は雲の上の存在、超大企業の代表で、恐れ入る気持ちはわかる。

だが、何をそんなに尻込みしているのか。


「……あの」

「何かね?」

「私、親会社の代表のこと、見たことも会ったこともないんですけど、社長のその態度、何かあるんですか? そんなに怖い方なんですか?」

「違うよ。この街の食料の番人として非常に優秀な方だ。……まあ、ほんのりと個性的な方だけど」


目を逸らしつつ言う、我が社のボス。

相当個性的な方なのだな。

しかし、親会社直々の命令だ。

そのボスがどんな存在であろうとも行くしかない。


「親会社からの呼び出しですから行きますけど、いつ行けばいいんですか」

「今夜だ。書類にも書いてあるよ」

「え」


え?

書類を見直す。


「今日の二十時?! 何でもっと早く教えてくれなかったんですか?!」

「だってこのメール来たの、たった今だよ!」


反射的に腕時計を見る。


「十八時十五分! 社長!」

「うん。だから今すぐ家に戻って、着替えて本社に行っておいで」

「はい!」

「ああっ! カリヤ君!」

「はい!」

「くれぐれも、くれぐれも! 失礼のないようにね。代表の一睨みで、僕の会社なんか粉微塵に吹き飛んじゃうから!」

「わかりました!」


私は慌てて社長室を出て、家路についた。

社宅に戻った私は、唯一持っている一張羅、黒のパンツスーツに着替える。

膝を屈伸したり大きく伸びをして着心地を確かめるが問題はない。

体型は維持できているようで何よりだ。

髪を束ね直して、申し訳程度の化粧をする。

荷物を黒カバンに詰め替え、めったに履かないヒール靴を履いて家を出た。

この間十五分。

これはギリギリかなー。

前髪を手ぐしで整えながら、地下鉄の駅に向かう。

改札を抜けた時、カバンの中にある端末が震えた。

私の友達、多脚ロボットのグリードからのメッセだ。

地下鉄のホームで電車を待つ間、私は目を通すことにした。


「ナナミ、そろそろ仕事は終わったか? 今日も一日お疲れ様だ」


ご挨拶ですがグリードさん、私は残業なのさ。

私は返信を打った。


「お疲れありがとう。でも私、親会社に呼び出し食らって、これから向かうところだよ」


しばしの間があき、メッセが浮かび上がった。


「アップグルントか」

「調べたの? 早いね」

「調査は得意だ。それで何故急に?」

「突然ラスボスに呼び出しくらったんだよ。理由がわからなくて怖いよ」


ガクブルして涙目のレッサーパンダのイラストスタンプと一緒に送信した。

いや、本当に何でだよ。


「ラスボスとは代表のことか」

「そだよ」

「心当たりは?」

「ないよ。最近五日連続でレアメタルを見つけたくらいだよ」

「絶好調だ」

「でも、呼び出しくらうほどでもないよ」


べソをかくレッサーパンダのイラストスタンプを送る。

これが二週間も三週間も続いたら、さすがに話題になるかもしれないが、五日程度ならたまたま運が良かったレベルだ。

と、電車が来た。

足元に注意をして乗り込む。


「何時から会うんだ?」

「二十時だよ。だから今大急ぎで向かってんの」


乗り継ぎがあるけど、駅間の距離はそう遠くない。

いつもの服と靴ならダッシュで走っていけるけど、今回はそうも行かない。

私は文字をタップして送った。


「生きて帰れるよう応援しててね」

「いきなり君を殺すような無体な真似はしないだろう」

「冗談だよ。ただ気持ち的にはそんな感じってこと」

「そうか。冗談は難しい」


再び間があき、次いでメッセが届いた。


「君の現在地はGPSで把握した。まずは、本社に無事に着くよう気をつけて向かってくれ」

「わかってる。ありがとー」


手を振ってバイバイしているスタンプを送り、端末をカバンにしまった。

それにしても、グリードの能力の高さは凄いなあ。

素性はよくわからないけど。

わからなくても友達にはなれるし、現状は特に疑問も不満もない。

能天気すぎ?

そんな私がわかっているのは、彼がロボット業界の大企業メジャー一鍔ヒトツバ重機製の優秀な多脚ロボットであり、私よりもお金持ちで、製造元から使命を受けているということだ。

製造元は、もちろん一鍔さんだろう。

そこでふと疑問に思った。

一鍔さん、勝手なイメージだけど、結構チャレンジングというか、先鋭的で周りの目を気にしないイメージがある。

パイロットの安全や環境への配慮、メンテのしやすさなどは後回し、博士やエンジニア、デザイナーの思想優先で、ロボットの生産や開発をしているような気がするのだ。

グリードの独特なデザインを見れば想像はつくと思う。

そんな企業さんが、『人を救い、幸福へと導く』なんて使命を与えるものなのかな?

と、カバンの中でまた端末が震えた。

友人からのメッセだ。

グリードの時と同じような、もう少し砕けた雰囲気で事の成り行きを共有した。


「頑張れナナちゃん、生きて帰ってね! 後で詳しい話聞かせて!」


敬礼をする可愛い猫達のイラストスタンプに、ちょっとほっこりした。

我が友ながら、センスが実に良い。

可愛い。

そんなやり取りをしている間にも乗り継ぎ駅に到着した。

歩き始めて違和感を覚える。

左足首、アキレス腱が少し痛い。

もしや、履きなれない靴だから靴ずれがおきたか。

後で様子をみることにしよう。

乗り継ぎ用の改札を抜けホームへと向かうと、運良く電車が到着したところだった。

この電車に乗ればあとは一直線だ。

駅から直通って、さすがは一流企業だなあ。

ふと周囲を見れば、パリっとした服を着た人が多いような気がする。

身につける小物たちが、さりげなく嫌味なくおしゃれでピカピカだ。

頭の先から爪先まで気を抜いていない感じがした。

これが! 一流企業に勤める人たちか!

……私、庶民過ぎないか?

おまけに靴ずれしているときた。

かっこ悪い。

肩身が狭くなったような気がして、カバンを両腕で抱えた。

そうして目的地の駅、アップグルント本社前駅に到着した。

一斉に人が降りて各々、改札へと向かっていく。

案内板を見れば、大きく本社への案内が示されていたが、案内に従うまでもなく大概の人が本社へ向かっている。

その流れに乗ったものの、いよいよ足首が本格的に痛くなり始めた。

流れから外れて、壁際に立ち止まって足首の後ろを確認する。

赤くなって水ぶくれができていた。

むむむ、できれば受付までは済ませておきたいけど、水ぶくれが破れたら本当に痛いんだよな。

でも、入り口までもう少しだ。

できるだけ擦れないようそっと歩き、どうにか本社ビルの地下入り口にたどり着いた時だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る