第3話 親会社に呼ばれた 2

「ナナミ」


聞き慣れた声に顔を上げると、見慣れた多脚ロボットがこちらにスイーとやってくるのが見えた。


「グリード?! あれっ? 何でここに?」

「それよりもどうした? 具合でも悪いのか?」

「え、ああ、ちょっと靴ずれがおきて、歩くのが大変になっちゃって」

「脚部に支障が出たのか」


その言い方、間違っちゃいないけどどうなの。


「受付が済んだら、絆創膏で応急処置するから大丈夫だよ。それよりも、どうしてここに」

「私のことより、まず君のことだ。一階のロビーまで歩けるか」


私は頷き、患部を刺激しないようそっと歩を進めた。

グリードが付き添うように並走する。

グリードに全くその気はないだろうが、当然人目を引いている。

多脚ロボットの上に、一鍔さん独自のデザインのせいだ。

普段なら内心落ち着かないだろうが、今は足が痛いので気にする余裕がなかった。

どうにかエレベーターに乗り込み、あっという間に一階へ到着する。

扉が開いたその先は、靴ずれの痛みを一瞬忘れる光景だった。

広くて、明るくて、白と緑を貴重とした綺麗なエントランスだ。

壁に埋め込まれている大型ディスプレイでの華やかな会社案内。

各所に置かれた緑豊かな観葉植物と、お洒落な家具を配置した打ち合わせスペース。

さすがこの街を支える大企業、こんな時間でも打ち合わせをしている人が多い。

とはいえ、定時を過ぎ帰宅するのだろう、多くの社員と思しき人が、玄関に、地下へのエレベーターに向かっていく。

その人の流れは圧巻だ。

ついでに、雰囲気のある高そうなカフェスペースまで併設していた。

これが、超大企業のエントランス!

これが、アップグルントグループの本社!

己の語彙では追いつかない、何もかもが圧倒的なスケールだった。


「受付に行ってくる」


グリードの声に我に返った。


「え、でも」

「大丈夫だ。君は脚部の応急処置をしていてくれ」


止める間もなくグリードは受付へと向かってしまった。

追いかけようにも足が痛い。

私はできるだけ人目がしのげる場所に移動し、水ぶくれのできている左足首に絆創膏を貼った。

ストッキング、靴下タイプでよかった。

これで多少は凌げるはずだ。

試しに歩いてみるが、多少の違和感はあるものの、先程とは雲泥の差だった。

思わずホッとする。

これなら家に帰るまでもつだろう。


「ナナミ、受付を済ませてきた」


グリードが戻ってきた。


「迎えが来るそうだ。しばらく待とう。応急処置はできたか」

「うん、おかげさまで家に帰るまでもちそうだよ。それよりも、どうしてここにいるの?」

「先程のチャットでのやりとりで、君が随分と萎縮し怯えていると認識した。なので様子を見に来た」


思わず声を上げた。


「えっ? わざわざ?!」

「ああ。ついでにここの代表とも直接会って挨拶をしたかったから、君の付き添いということで話を通しておいた」

「……えっ? そんなことできるの?!」

「できた。だからここにいる」


えええええ。

何それ……えええっ?!

そ、そんな簡単に代表に話を通せるって。

私は恐る恐るたずねた。


「あの、グリードさん。貴方一体何者なの?」

「私は──」


グリードは言いかけて、頭を動かした。

見れば、私達の元へやってくる金髪の男の人がいる。

見かけは二十代程の透明感あふれるハンサムさんだ。


「お待たせいたしました。カリヤ様、グリード様」


男の人は丁寧に一礼をした。

上げた顔はハンサムだけど、笑顔は愛嬌があった。

その笑顔に思わず見惚れそうになったが、すぐに気付く。

よく見れば、青い両目は無機質なカメラアイだ。

これはまた、お高そうな人型ロボットアンドロイドだな。

アンドロイドは基本的には美形だけど、お金のかけ方次第でその美のレベルは変わってくる。

そして、中身のAI次第でその美の表現力に差がつくという、奥深いものなのだ。

私はその出来の良さに感心した。


「本日はお忙しいところ弊社へお越しいただきありがとうございます。弊社で専務を務めさせて頂いております、アランでございます」


そう言うと、アランさんの目の前に身分証が表示される。

わーお、ハイテクー。

私の勤め先にそんなものはない。

古式ゆかしきカードリーダーだ。

私は圧倒されつつ、頭を下げた。


「ナナミ・カリヤです」

「グリードです。今日は突然の来訪に応じて頂きありがとうございます」

「こちらこそ、呼び出しに応じて頂きありがとうございます。早速ですが、ご案内させて頂きます」


私達はアランさんの後ろについて歩き出す。

応急処置のおかげで無様な姿を晒すことはなかった。

エレベーターに乗り、目的の部屋を目指す。


「代表は、このビルの五十七階にある来賓室でお待ちです」


ひえっ、もう待ってるのか。

ドキドキしてきたぞ。

どんな人なのかな。

そもそも人なのかな? アンドロイドなのかな?

私は想像を巡らす。

代表というイメージからして、私よりうんと年上の紳士淑女か、アランさん以上の美形アンドロイドか。

ただ、弊社の社長の言動も加味すると、中身はかなりのクセモノのようだけど。

ソワソワする私に構わず、グリードはアランさんに話しかけた。


「御社の代表とは三ヶ月ほど前に電話で対談した時以来ですが、相変わらずご多忙なようですね」

「ええ。本当は今日のこの時間、サージュテックさんとの対談を予定していたのですが、先方が急用が入ったとのことでキャンセルになりまして、今回カリヤ様をお招きする運びとなったのです」

「なるほど。ナナミを呼ぶことは、前々から考えておられていたわけですか」

「ええ。いたく気になさっておいでです。今も張り切って準備をされておりました」


サージュテックとは、アップグルントと共同でこの街を運用管理している、超大企業スーパーメジャーのことだ。

それはともかく、私は再び困惑した。

は? 何で?

私なんて中小企業に勤める、最近ちょっと運がいいだけの資源調達員だぞ。

私のどこがそんなに気になるんだ?

超大企業の目に止まるような、良いことも悪いことしてないぞ。

それにグリード、親会社のラスボスと電話で対談って、本当に何者なの?

この会話だけでも情報量が多すぎる!

許容量を超えて頭がスポンジになるわ!

私があれこれ考えている間に、エレベーターは五十七階に到着しドアが開いた。

私は息を呑む。

エレベーター前はガラス張りになっていて、その向こうには夜景が広がっていた。

思わずガラス窓に向かった。

見晴台からの風景も素晴らしいものだったが、高層ビルから臨む夜景は、また別の美しさがあった。

まるで天の川だ。

ドームに映し出される天の川よりも、生々しい生の輝きと迫力を感じさせる。

すごいなー、きれいだなー。

語彙力皆無の感想が頭に次々とわき出た。


「素晴らしい夜景でしょう? 六十階は予約制の展望台になっております」


アランさんの説明に、私の脳裏に衝撃が走った。

これは! お金持ちのデートスポットになっているに違いない!

頭にイラスト調の想像が広がる。

そうそう、漫画かアニメにこんな場面があったような気がする!

薄暗い展望台で好きな人と寄り添っちゃって、この光景を見ながら甘ったるい会話をするんだ! 多分!

告白はもちろん、婚約だか結婚だかの指輪を渡しちゃったりするんだ! きっと!

ふふっ、幸せに爆ぜろ。


「ナナミ、先方が待っている」

「あ、すみません」

「いえいえ。それでは行きましょう」


アランさんに促されて明るい廊下を歩き、そして立派な扉の前にたどり着いた。

アランさんが礼儀正しくノックする。


「グラトニー代表、お連れしました」

「うん、入っていいお」


……ん? なんか口調に違和感が。

ドアが開いた瞬間そこにいたのは、顔と胴体があり、赤い蝶ネクタイをつけた黄色の多脚ロボットだった。

多脚ロボットは胴体についた両腕を上げ、顔のディスプレイには、漫画のイラストのような簡略化された、しかし満面の笑みを映し出している。


「ウェールカームートゥーアップグルント! 忙しいのに急に呼び出して悪かったお! 僕は代表のグラトニー! 君を心から歓迎するんだお!」

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