第2話 チョコレートをもらった

第2話 チョコレートをもらった 前編

来た。

今年も来たぞ、バレンタイン!

バレンタイン。

それは前時代の大きな宗教のお祭りの一つで、恋人や家族といった大切な人にプレゼントを贈る日、だったらしい。

それが今ではどうしてこうなったのか。

この時期のアパテイアは、赤とピンクを基調に様々なホログラフィやレーザー光線などの電飾によって色とりどりに染まっている。

私達が歩く商業施設の通りも、ハートやリボンの形をした電飾で飾られ、甘いチョコレートや砂糖の香りが辺りに漂っていた。

熱気のせいで香りは強調され、もうそれだけで満足感を得られたような気がする。

我ながら実に安上がりだ。

そんな小市民をよそに、超高額な嗜好品であるはずのチョコレートの店や、総合ビルが展開するブースに、お金を持っていそうな人や、お使いであろうロボット──人型ロボットアンドロイドもいるだろう──達が列をなしている。

目星をつけていたお店の殆どが、最後尾の札持ちは当たり前、第一中継地点と書かれた札を見た時には、さすがに引いた。

並びすぎだろ、どんだけ欲しいんだよ。

おまけに並んでいる人たちの目、軒並み据わってて怖えーよ、どこの傭兵だよ。

そしてガラスに覆われたブースでは、著名らしきチョコレート職人がスポットライトを浴びて、チョコレート菓子を作っていた。

その様を食い入るように見つめる人々の目は、ちょっとクスリをキメた人みたいで少しヤバい。

そして、職人から直々にお菓子を手渡され、涙ぐんでいる人を見た時は畏敬の念すら覚えた。

今年は去年以上にクレイジーな気がする。

で、そんな電飾と欲望でギラギラした街の有様に、私のような小市民はどうしているのか。

そのさまを見物し、見切り品や安いお品があったら購入を考えるという、まあありきたりのものだ。

それすらも、人混みと熱気によって揉みくちゃにされることを覚悟しなきゃだけど。


さて、去年まで私の隣には友がいた。

情報通な彼女とともにバレンタインの雰囲気を味わいつつ、虎視眈々と安くて甘い嗜好品を求めて彷徨ったものだ。

だが今年、その友は私を裏切って彼氏を作った。

おめでとう、末永く幸せに爆ぜろ。

私も彼氏を作れば良かったのだが、私が今日までに彼氏を作れないことは、宇宙開闢の時から決められていたことであり、宇宙がいずれ死を迎えることと同じくらい覆らないことだった。

……三次元に希望を持つの、そろそろ止めようかしら。

が、捨てる友あれば拾う友あり。

今年も友達を連れて、イベントに足を運ぶことになった。

しかしその友達は、私の胸の下くらいの大きさで、四本のレッグユニットと二本のアームを持つ多脚ロボットだ。


「去年まではドローンを飛ばして映像を見るだけだったが、実際にその場に立つと大変な盛況ぶりだな」


低く渋く、魅力的なおじさまの声で、多脚ロボットは言った。

声はいいんだよ、声は。

スタイリッシュなドラヤキ──他に例えがわからない──頭にコンテナを背負った多脚ロボットだけど。

その多脚ロボットは人々の注目を集めていた。

多脚ロボットなことに加えてデザインが独特だからだ。

しかし、これを気にしていたらロボットとは付き合えない。

ロボット自体、この街の人口の三割ほどいて身近な存在だ。

偏見の目は根強く残っていて、たまにギクシャクすることはあっても、表向きは平穏無事に受け入れられているのが現状だった。


「グリード」


白銀のボディをした多脚ロボットに、私は呼びかけた。


「やっぱり実際に見るのとでは違う?」

「違う。映像では伝わらない、熱気と臭気、触感がある」

「臭気って、チョコとか砂糖とかの匂いのこと?」

「そうだ。人自身の臭気もそうだが、他にも多くの食物とそれを調理した臭気を感覚センサーが捉えた」

「……好きな香りとかある?」

「いや、特にない」

「だよね」


AIに心はない。

この街の常識だ。

当然、好き嫌いもない。

後付けで設定することはできても、主観的な感覚はない、とされている。

これこそが、人とAIを隔てる壁であり溝だ。

それでも、私はグリードと友達になった。

グリードには使命があり、その使命のお手伝いになればと思ったし、私も生活に変化が欲しかった。

グリードにとって、私との交流が良い変化を与えられればいいなと思っている。


両脇を歩く数多の人々の他にも、その道の中央には形も色も大きさも様々な配送車や配送ロボットが道を行き来し、空には広告や案内のドローンが飛んでいる。

それらのさらに先、ドームの天井も漆黒の闇を背景に、赤やピンク、水色や黄色に染められた狂気の沙汰のような天の川が描かれていた。

グリードは興味深く、それらを観察しているようだった。

そう見えるのは、ドラヤキ頭から出ているモノアイのカメラがゆるゆると自在に動いているからだ。


「春節の時もそうだったけど、今まで足を運ぼうとは思わなかったの? 人を知るサンプルになりそうなこと、いっぱいありそうなのに」

「数年前までは外に出ることすら考えもしなかった」


グリードは街を観察しながら応えた。


「去年も外に出ることを自重していたからな。今年もそうなるはずだったが、友である君がこのイベントに足を運ぶと聞き、使命のこともあり実際に行ってみることにした」

「そっか」


グリードは、彼自身を製造した企業から使命を受けている。

『人を救い、幸福へと導く』。

壮大すぎるのと、多脚ロボットの外見のギャップに、私自身はピンときていない。

だがグリードは、大真面目にこれを実行しようとしているらしい。

そのために、人を知り、人の行動原理を知ることを目標にし、映像や人伝の話だけでなく、実地で人を観察し触れ合うことに注力しているわけだ。

この前の春節の時も、同じ理由で同行した。

友達はビックリしてたけど、最終的には慣れたようで『グリちゃん』なんてあだ名をつけて気楽に雑談していた。

私はそのあだ名で呼ぶのが何となく恥ずかしくて、変わらず名前呼びだけど。

と、後もう少しで商業区画は終わりだ。

その先も大通りの向こうに派手な電飾が見えていたが、商業区画と比べれば大人しい。

結局チョコレートを買う気にはなれず、今年は収穫なしで終わりそうだ。

私はグリードに顔を向け、声をかけた。


「ね、そろそろ商業区画は終わりだけど、他に行きたい場所ある? 距離はあるけど前にも行った遊園地も有名スポットだよ」


すると、彼はカメラごとこちらを向いた。


「遊園地は少し距離もある上に入場料がかかる。私はともかく、君にはそれなりの出費になるだろう。春節の時も、大分節制していたようだが」


そう。

遊園地はいくつかあるけど、どこもここからは距離がある上に、なかなかの入場料を払うことになる。

そして入場してからも、施設を利用しようとすればそれなりにお金はかかる。

春節の時、友達二人で瞬く間に軽くなる懐に震えたものだ。

しかし、それなりに繁盛はしているらしく、春節の時も大盛況だった。

いいなあ、みんなお金持ちで。

私はうつむいた。


「面目ないっす」

「気にする必要はない。この近辺にはまだ興行区画がある。春節の時は行けなかったから、そちらに行ってみたい」


う。

私はためらった。

興行区画については一部を除き、所謂お水系の商売が立ち並ぶ場所だ。

もちろん、警備の目は厳しく統治されている。

初心者さんや女性にも優しいお店もあると聞いたこともある。

だが、一歩路地裏に入ってしまえば、私にはお手上げのアングラでディープなゾーンだった。

ぶっちゃけ観光には向かない。

だからこそ、春節のときは立ち入らなかったのだが。


「あの、グリードさん、興行区画は」

「わかっている。性風俗店も多く出ている区画だ」


知ってるんかい。


「君の性格と経済事情から、敬遠する気持ちが生じるのは自然なことだ。だが、興行区画は人の行動原理、欲望がより強く出る場所でもある。特に性風俗産業はセンシティブなものでありながら、性差関係なく人の関心は極めて高く強い。故に、調査する価値がある」

「そうだけどさー」

「入口付近には映画館や劇場などの興行施設もある。君はそこで待機してもらっても構わない。別行動になるのは残念だが、君に無理強いをさせるつもりはない」


グリードはどこまでも淡々とした調子で言った。

てか、前回の春節同様、私が主導で案内するかと思っていたけど、行きたい場所を決めて下調べもしていたのか。

ぬかりないな。

これも、グリードにとっては使命のためであって、それ以上も以下もない。

でも、事情を知らなければかなり引く言動だ。

やっぱAI、どこかズレている気がする。

仕方ない。

私はため息をついた。

入口付近も夜は呼び込みすごいけど、グリードの言うとおり映画館付近ならまだ敷居は低い。


「わかった。じゃあ私は映画を観て待ってるよ。ごめんね、一緒に行けなくて」

「謝る必要はない。言うなればこれは私の『我儘』だ。君に不快な思いをさせるつもりはない」

「うん」


私が男だったら、いや、性絡みにもう少し興味と関心があって、あっけらかんとした性格だったら、ついていけたかもしれないけど。

私は頷き笑顔を作った。


「じゃ、早速向かいますか」


私達は人混みを縫うようにして商業区画を抜け、興行区画へと向かった。

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