多脚ロボットに告白されまして

小栗チカ

第1話 友達から始めることにした

内心憧れていた。


「ナナミ、君のことが好きだ。私と付き合ってほしい」


私が大好きで、日々更新を楽しみにしている前時代の少女漫画の一場面。

その少女漫画において目玉の一つとも言える場面が、今リアル世界で、しかも私の目の前で展開されている。

他人には話せないけど、憧れていた、夢見ていた。

私のことを好きになってくれた人に告白されること。

だが肝心のお相手は、私の胸の下くらいの大きさで、四本のレッグユニットと二本のアームを持つ多脚ロボットだ。


「え」


聞き間違いかと思ったが、私の耳にしっかりとその言葉は伝わったし、だから動揺して思わず声が出たのだと思う。

だって、目の前にいて告白してきたのは、前時代のお菓子『ドラヤキ』──とはちょっと違うけど、他に例えがわからない──をスタイリッシュにし、そこに飾りの角やらアンテナやらをつけた頭をしている、多脚ロボットだ。


「聞き取りづらかったか。ならばもう一度言おう。君のことが好きだ。付き合ってほしい」


スタイリッシュなドラヤキ頭をした多脚ロボットは、淡々と告白を繰り返した。

ドラヤキの生地の片側から、アンが見えている。

そのアンの部分は複眼になっていて、それが一斉にこちらに向けられるとかなりの圧を感じた。

私は想定外の展開に一瞬頭が真っ白になった。

でも、すぐさま状況を把握しようと優れてはいない脳みそを働かせる。

……多分、リサーチは頑張ったんだと思う。

人気の少ないキレイな場所を散歩して、二人きりになったところで告白、だなんて、王道のシチュエーションであり、漫画やアニメでもよく見かけるシーンだ。

街の外縁にあるこの見晴台付きの公園は、私のお気に入りの場所で先日彼に教えた。

ドームの天井には満天の星々が煌めいている映像。

そのドームの分厚い壁を背にして見晴台から見えるのは、この星最大の歓楽街、アパテイアの夜景だ。

ドームに映し出される星々よりも煌々と輝き、活気に満ちたその様は、見るたびに雰囲気が変わっているような気がする。

それが私の心持ちのせいか、流行り廃りの激しいアパテイアの性質のせいか、それはわからない。

だが、私が気に入っている場所であることは間違いなく、それを押さえた彼の判断は正しい。

そして、周囲に人影は奇跡的にない。

告白するタイミングも完璧だった。

私が憧れる理想の告白シチュエーションだ。

でも相手は、全体的にはスタイリッシュなんだけど、どこかグロテスクで不気味さを漂わせる多脚ロボットのAIなのだ。


「グリード」


私は向かいに立つ多脚ロボットに呼びかけた。


「一つ聞いていいかな」

「私に答えられることならば応じよう」


低く渋く落ち着いた美声でロボットは応じる。

……声はいいんだよ、声は。

紳士のおじさま的な、聞いていて安心できる声だと思う。

しかしその声の主は、いつもよりピカピカに磨かれた白銀のボディの多脚ロボットなのだ。


「うん。あのさ、私のこと、好きって言ってくれたけど」


私は慎重に言葉を選びながら、確認の質問をした。


「AIってさ、心がない、んだよね?」

「ああ。ない」


あっさりと、間髪入れずに無情に応じるロボットに、揺らいでいた心が一気に冷静になった。

うん、わかっている。

AIに心はない。

この街の常識だ。

わかってはいるけど、それでもちょっとショックを受けるのは何故だろう。

とにかく私は笑顔を作った。


「そ、そだよね! じゃあさ、私のことが好きって何なのかなって思って」

「君の疑問は最もだ。少し長くなるが詳しく話していいか?」

「いいけど、できればわかりやすく、簡潔にお願いしたいな」

「努力しよう。私は君と出会ってからある変化に気づき、疑問を覚えていた」


彼は胴体部分についている右のアームを上げた。


「君が酔漢に絡まれていた私をかばってくれたこと、その時にかっこいいと言ってくれたこと。このことを繰り返し思い出すのは何故か。最初はエラーかと思った。だが、エンジニア達と話をし、印象に強く残っているのではないかという推測を出した。私は今までかばわれたことも、かっこいいと言われたこともなかったから」


そしてアームを組んだ。

まるで考え込むような仕草である。


「しかしこの出来事に付帯して、さらなる疑問が生じた。何故、君と語らうことに私はこだわるのか。この疑問に私はこれまでの状況を鑑みた後、人間の心理的状況と照らし合わせてみた。この状況は、人が恋をしている状況と類似点がある。そのことから、私は君のことが好きではないかという仮説を立てた」

「……長いね」


おまけにすっごく他人事ときた。


「だから君にわかりやすく伝わるように省略して伝えた」

「……うん、そっか。つまり、グリードに明確に好きって気持ちがあるわけじゃないんだね」

「その通りだ。好きという概念は、AIにとっては未知のものである。人の好きについても認識はできても理解は難しい」


組んでいたアームをほどき、グリードはきっぱりと断言した。

これこそが人間とAIの決定的な差であり、埋めることのできない溝であり、越えることのできない壁である。

そう、ロボットパイロットの養成学校で教わった。

うん、大丈夫、わかっている、わかっているぞ。

私は気を取り直して、もう一つの疑問をたずねることにした。


「じゃあ、付き合ってほしいというのは?」

「私は私を製造した企業から一つ使命を受けている」

「…………使命?」

「ああ。『人を救い、幸福へと導く』。これが私に与えられた使命だ」


私は言葉を失った。

言っている言葉の意味はわかるけど、ピンとこなかった。

それが付き合うとどう繋がるのか。


「これにも説明が必要だろう。また少し長い話になるがいいだろうか」

「うん、いいよ。理解できるかわからないけど」

「ありがとう。できるだけ噛み砕いて話そう」


再びグリードはアームを組んだ。


「この使命、使命を受けている当の私ですら、現段階で理解するのは難しい。製造元もあえてなのか、それとも彼ら自身もわからなかったのか、それらしい具体的なプログラムを入れることをしなかった。だから私はまず最初に、人の幸福とは何かをAIの立場から模索することにした」


グリードは組んでいたアームを解くと、人の手の形をした、右のエンドエフェクタの人差し指を立てた。


「人の幸福とは何か。この課題は人にとって前時代よりも遥かな昔から取り組んできた問題だ。これを考えるためには、まず人を知り、人の行動の原理を知らなければならない。私は残されていた諸文献を読み、周囲にいた学者やエンジニアたちと対話をすることでこれを探ろうとした。少しは理解が進んだと思われるが、もう少し幅広いデータが欲しかった。だから外に出て、様々な欲望を見聞きしようとし、君と出会った」


彼は真っ直ぐに私を見つめ──圧がすごいし、ちょっと不気味で怖いけど──言葉を続けた。


「君との出会いで、私の世界は確かに広がった。以前足を運んだ春節のイベント、君と友人たちとも会話ができて実に有意義なひとときだった。私は今後ともそのような時間を過ごし、人を知り、人の幸福を探りたいと思っている」


なるほど。

回りくどかったけど、言いたいことは何となくわかった。


「……つまり、付き合ってほしいというのは、今後もお話をしたり、イベントごとへ一緒に参加したりする、ということでいいのかな?」

「その通りだ。もちろん、君の都合もあるだろうから無理にとは言わない。だが私から見て、君はロボットやAIに偏見がなく、普通の一般的な感性を持っていると判断した。君と一緒に過ごすことは、人への理解の幅が広がると確信している。できれば協力してもらえるとありがたい」

「そっかー」


よし、改めて確認しよう。


「グリードが言いたかったことは、ロボットやAIに偏見がない私のことを、多分だけど気になっていて、で、使命のこともあるから、今後も私や友達とお話したり、イベントごとに参加したいってことでいいのかな?」

「その認識で間違いない。正しく理解してくれたようで良かった」

「うん、良かったー」


じゃねぇよ。

紛らわしい上に変に端折って誤解させやがって。

ちょっとときめいちゃったじゃねぇか。

自分で言うのもあれだが、私は恋愛の実務経験はゼロなんだぞ!

つまりチョロいんだぞ!

人の姿をしていたら、間違いなく顔真っ赤にして勘違いしていたわ!

相手に心が無いとわかっていても。

そうとも、目の前にいるのは心を持っていないと自他共に認める多脚ロボットのAIだ。

……うん、仕方ない。

私は内心でため息をついた。

ならば私は、王道展開の一つを実行することで、この場を収めることにしよう。

ていうか、これしかないでしょ。

私は一息つき、グリードを見つめた。


「んじゃあ、ありきたりなんだけど、まずは好きだと言ってくれてありがとう。心はなくとも言われて悪い気はしなかったよ」


だってこういう形で好きって告白されたの、初めてだったから。

私はチョロいから、人の形をしていなくても好きだと言ってくれて嬉しかったのだ。

まあだからこそ、ちょっとショックだったんだと思う、うん。

長い年月をかけて自己学習やバージョンアップを重ねた優秀なAIなら、使命のためにと、いくらでも上手い方便を使うこともできたはずだ。

だけどグリードはそれをしなかった。

誠意を持って私に向き合おうとしてくれたからこその一連の発言だと思った。


「だから、これからも友達として付き合っていこう? それでいいよね?」

「これからも、友達」

「そう、友達。……友達はわかるよね?」

「志や行動などを一緒にして、親しく交わっている関係。もしくは心を許し、対等な立場で交わっている関係。という認識であっているだろうか」

「そそそ。どうでしょ?」

「良い提案だと思うが、一つ聞いてもいいだろうか」

「うん?」

「君は今まで、私を友達として見てくれていたのか」

「え?」


え?

私は思わず首を傾げる。


「えっと、そう、だけど?」

「そうか。……そうだったのか」


グリードは少し頭を下げた。

同時に目線も下がって、圧が減る。

そのグリードに向かって、私はたずねた。


「何か問題が?」

「いや、ない。君の口から私が友達という言葉を聞くのは初めてで、今までの状況を整理していたところだ」

「確かに口に出して言ったことはなかったね」


私は勝手に友達と思っていたけど、じゃあ、グリードは私を今までどう見ていたのだろう。

データ、サンプル、そんなところか?

それは寂しいことだが、この瞬間からそれは変わる。

そう、変わるのだ。


「じゃあ改めて、私と友達になろう。グリード」


私は手を差し出した。

頭を上げるグリードに笑顔で付け加える。


「これからもよろしくね」

「ああ」


グリードは右のアームを上げ、ロボットハンドの手で私の手を包み込んだ。


「よろしく頼む。ナナミ」

「うん。それとさ、一つお願いがあるんだけど」

「何だろう」

「その複眼、結構圧があるから、そろそろシャッターを閉めてくれる?」

「わかった」


握手の手を外し、グリードは素直に目の部分のシャッターを閉めた。

圧が無くなって少しホッとする。

何となくたずねた。


「わざわざシャッター開けて、複眼を見せたのは何故?」

「君の好きな漫画や動画を参考にした」


グリードは淡白に応じた。


「参考にしたシーンは各作品ごとに違いはあったが、共通点も多く見受けられた。その一つに、相手と正面から向き合って目を見て話すことだった。だから、シャッターを開けて、君とちゃんと目線を合わせて話をした」

「そっかー」


本当に基本に忠実に、王道中の王道を実行したわけだ。

にしても、わざわざ告白シーンを選んだのか。

私が少女漫画好きで、それに照らし合わせて大切な話だからとそのシーンを選んだのか。

多分そうだろうなとは思うけど、しっかりしていそうで、何かズレている。

AIってそういうものなのかな。

やっぱ、人間とは違うよな。

しみじみそう思っていると、


「ナナミ、そろそろ社宅の門限の一時間前だ」

「あ、ホントだ! そろそろ帰らなきゃ」


腕時計の時間は、グリードの言うとおり門限の一時間前を示していた。

今夜はやけに時間が流れるのが早いな。

今の場所は、社宅からだいぶ離れており、もう帰らなければ、野宿する羽目になってしまう。

あの街で野宿なんて、危険極まりなかった。

グリードは夜景に背を向けた。


「地下鉄の駅まで送ろう。大丈夫だ。よほどのトラブルに遭遇しない限り、まだ時間に余裕はある」

「うん、ありがとう」


私も夜景に背を向け、並んで歩き始めた。

いや正確には、グリードは四本のレッグユニットに付いているタイヤで走行しているんだけど。

こうして私は、多脚ロボットに告白をされ、改めて友達からお付き合いをすることになった。

ロボット、AIと友達になる。

この街の三割ほどがロボットやAIで、その関係性は多種多様だ。

残念ながら前時代からの偏見の目も根強く残っているが、良好な関係を築く者も少なからずいる。

私はさほど偏見の目は持っていない、とは思う。

子どもの頃からロボットが身近にいる環境にいて、ロボット好きだし、いつも仕事でロボットにも乗っているし。

だから、クリスマスの時にグリードが酔漢に暴力を振るわれそうになっていたところを、かばおうとして逆に助けられたというアホな出会いをした。

あの件から一ヶ月以上経つんだな。

最初の出会いから今日まで週一くらいの感覚で接触してきたけど、改めて友達付き合いをするというのは、素直に楽しみだなと思った。

彼の使命の手助けになればと思ったし、何より、あまり変化のない私の生活に風が吹き込んできたかのような気がしたのだ。

この変化の風、大切にしたい。


「ナナミ」


グリードが振り向き、私に声をかけてきた。


「ナナミ、どうした? ぼんやりしているようだが」


私は頭を振り、ニッコリと笑ってみせた。


「あ、ごめん。ちょっとぼんやりしてた」

「そうか。ここは足場が悪い。整備が疎かになっているようだ。足元に気をつけてくれ」

「うん」


言われたとおり私は足元に気を付けて、再び歩き出した。

私の様子が気になったのか、グリードが一度こちらを向いたけど、結局何も言わずに駅に向かったのだった。


<友達から始めることにした 完>

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