今日死ぬ俺は、想いを伝える

三橋那由多

今日死ぬ俺は、想いを伝える

 高校一年生の頃、余命宣告をされた。一年後に死んでしまうと言われたが、あまり実感が湧かない。今日死んでしまう俺には一つ心残りがあった。


 幼馴染の波木律歌なみきりっかに自分の想いを伝えていないこと。本当に心残りだが、余命宣告された時に自分で決めたのだ。もし律歌と両想いだったとして、付き合うことが出来たとする。一年後に死ぬ俺が幸せにしてあげられるか考えた時、俺は絶対に無理だと思った。


 幸せにするどころか、律歌に大きい心の傷を与えかねない。これを知っているのはもう一人の幼馴染、永野敦司ながのあつしだけだ。


「おはよう」


 人生最後の日、俺は何も変わらずただ学校に来ていた。クラスメイトのあいさつにぱっと手を上げて応える。そのまま廊下側の窓際、一番後ろの席に座る。


 何も変わらない。人が一人いなくなるだけ。俺はこのステージから降りて観客席に行くのだ。死んだら天国に行くのか地獄に行くのか、はたまた幽霊になるのか。


 個人的には幽霊として世界中を旅した後に天国に行きたい。いい所なのかはまだ分からないけど。


「よっ! 直人なおと

「はよ」


 茶髪の天然パーマ。身長は俺と同じ170センチくらいの爽やか野郎。夏場の清涼飲料水のCMに出ていそうな敦司が、俺の肩を叩き挨拶してきたのでそれに反応して上げた。無視したらすっぐ拗ねるんだよ拗ねるんだよこいつ。


「いよいよ今日か……」

「まあ一応日はずれるかもしれないけどな」

「でも予告されたのは今日だろ?」


 悲しそうな顔で俺と話す敦司。


「ありがとな」

「……ああ。直人は本当に律歌に伝えなくていいのか? 俺は絶対伝えた方がいいと思うんだ。だって二人は――」

「――敦司、いいんだ。俺が決めたことだ。最後まで貫きたい」


 敦司は俺と律歌が両想いだと言いたいのだろう。そんな事は昔から気付いている。いつか気持ちを伝えようなんて考えていた。そんな時に余命宣告されてしまったから仕方ない。


 タイミングよくチャイムが鳴り、敦司を席に戻した。敦司の表情は暗く何かを考えているように見えた。そのまま授業を受け、最後の日だというのに一瞬で授業は終わってしまった。


「この学校ともお別れか」


 みんなが居なくなった教室で、一人で呟く。


「直人」


 後ろから声が聞こえた。振り向かなくても声で相手が律歌だと分かったが、振り向いて相手を確認する。


「どうした律歌」


 律歌の身長も俺と同じくらい。黒くて長い髪、きめ細やかでさらさらとした髪を揺らしながら、俺に向かって歩いてくる。


「直人、敦司から全部聞いた」

「そうか」


 何となくあの考え込んだ様子から察しは付いていた。


「私怒ってるの」

「何に」

「告白してくれなかったこと」


 そんな事できるかよ。


「病気の事、敦司に聞く前から知ってた」

「は?」


 律歌の発言に驚きを隠せずに、つい強い言葉が出てしまう。


「一年前急に敦司と距離をとられたから」

「それで不振に思ったのか」

「うん。まさか余命宣告されてるとは知らずに、直人のお母さんに聞いたときは驚いたよ」

「母さんめ、余計な事言いやがって」


 律歌に両肩に手を置かれた。真っすぐ俺の目を見て口を開いた。


「直人の意思は尊重したかった。でも、もう耐えられないの! 私は直人が好きだから伝えずにお別れなんて嫌だよ!」


 言い終わった律歌の目から涙が零れ落ち、教室の床を濡らす。


「ごめん」


 律歌の為を思ってなんて考えていたけど、結局悲しませてしまった。何をやっているんだ俺は。逃げていただけじゃないか……怖かっただけじゃないか。


「律歌……俺も律歌が好きだ」


 勢いよく抱きしめられた俺は、ただただ律歌の背中を濡らすことしか出来なかった。これだけは言おうと何とか振り絞る。


「っ死に……だぐねぇ」

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今日死ぬ俺は、想いを伝える 三橋那由多 @nayuta12_17

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