第2話 数少ない話し相手

 月面には数千人の人が暮らしており、その多くが月面の土木工事や月面建築作業に従事していた。月面の土壌は地球のそれとは大きく異なる。月面は十億年以上にわたる彗星の衝突に曝され、レゴリスという細かい粒子になっていた。レゴリスに含まれる成分は場所により異なり、高地のレゴリスはアルミとケイ素に富み、海のレゴリスは鉄とマグネシウムに富んだ。月面の重力は地球の十分の一程度のため、レゴリスは固結せず、柔らかな層を形成し、月面に建物や道路を作ることを困難にしていた。私は月面土木作業員で、高地を切り崩し、リルを埋めて平坦な地面を整備した。レゴリスは焼き固められ、道路や建物の基礎材料となった。今整備中の土壌は玄武岩質のレゴリスだった。

仕事が終わると私は今日もまた一人きりの家に戻り、ラジオをつけたが、昨日同様何も聞こえなかった。二日間、しんとした音のない状態が続くと月面に一人でいることが鮮明に意識され、耐えがたい孤独だった。

次の日、同じ職場の数少ない話のできる同僚である若老人のカトリにラジオが聞こえるかどうか確認した。

「お前んちラジオ聞いてたよな。昨日から俺んちのラジオ、入んねんだ。お前んとこ入るか?」

カトリもまたラジオを愛するリスナーだった。

「いんや。俺んとこも入んね。昨日からかなあ。」

「やっぱしそうかい。おまいさんとこもか。なんでだろうなあ。あれがないとつまんなくてさあ。」

カトリには存命の妻と息子がいた。子供もなく、妻に先立たれた私にはとても羨ましかった。

カトリと私は作業中の路面圧迫機を月面に置き、休憩をとっていた。少し離れたところにいた監督者も同様に座り込んでいる。カトリの作業着は薄汚れていたが、私の作業着はそれ以上で穴が開きそうで、ヘルメットには大きく凹みがあり、その影響でヘルメットの金属製ハッチは開けづらかった。月は地球の周りを回り、月自身も自転しているため、月は地球に対し常に同じ面を向け続ける。月面の人が聞いているラジオの電波は、遠く七七万キロ離れた地球の極東の島国から飛んできているものだと過去に父から聞いたことがあった。父は地球生まれで、二十年以上前に亡くなっていた。月面には、地球で生まれ月に来たイミグラントと月で生まれた私のようなドメスティックの二種類がいる。私の両親は地球から月まで飛んで来た人だった。もちろん自らの金で飛んでくる程、両親は裕福ではなく貧しかった。ある時「連合」が月面への移住者を募る施策を行い、両親は二十代頃にそれに賛同した。

「月面への片道切符を贈ります。好きな場所に土地をプレゼントするので整備して永久定住してください。整備した土地はあなた達のもの。月面生活で必要な最低限の設備は「連合」が補償して作ります。月面には様々な仕事がありますが、まずは月面土木作業員として働いてください」と。その言葉に釣られて、両親は数百人を乗せたロケットで、月面まで飛んでだ。両親は地球と異なる特異な環境に慣れるまで大変苦労をしたようで、体調は晩年まで万全になることはなかった。「連合」から与えられた任務のため、また生き残るため、両親は働き続けた。私はその姿を見て育った。妻も私と同じ月面一世だった。

月面にラジオ放送はなかったが、月面土木作業者が作業者間で指示したり、受けたりするために使う無線がいつも流れていた。

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