黄泉比良坂

@misaki21

奈々岡鈴

 奈々岡鈴ななおかすず、高校一年生の彼女の副業は、黄泉比良坂よもつひらさかの管理人と言う、少々風変りなものだ。

 ここは生者と死者との境界であり、易々とは出入りできない。のだが、近年、が多発していた。

 どっちがどっちでも世間は混乱する、言うまでもなく。なので奈々岡はそれを管理しなくてはならないのだが、彼女には両者と対話できる、以外の能力はない。

 特に困るのが死者のほう。

 生への執着、現世への未練もろもろでこちらに戻ろうとする者を説得したり、時には力ずくで押し戻したりといった日々なのである。

「俺は家に帰るんだ」

 ほら、今日もまた一人、黄泉の住人が出てこようとしている。

「ですから、何度も言いますけど、あなたはもう死んでいるんですってば。家族が恋しいのは分りますが、規則・ルールなんです、ここの」

 この中年男性・中迫氏は三年前に交通事故で他界し、一年前くらいから頻繁に比良坂をくぐろうとしている一人だった。

 平凡ながら順風な人生が、交通事故でぷっつりと途切れ、残した家族とやり残した人生に未練があるという典型である。

「小娘に俺の気持ちなんて分りはしない」

 ぷちっ。温厚で平穏がウリの奈々岡が、キレる。

「死んじゃったあなたが悪いんです! 事故だか何だか知りませんけど、日頃の行いが招いた災いです!」

 そしてグーパンチ。故・中迫氏の頬がえぐれる。

「この死神め! 次は出て行ってやるからな!」

 死んだ人間に死神呼ばわりは心外だし、奈々岡はそもそも死神でもないのだが、取りあえず今日のところは収まった。故・中迫氏はとぼとぼと比良坂を歩いて行く。

 中迫氏の他にもはいて、それ以外に早々に家族と離別した犬や猫なども、奈々岡の管理対象となっている。

 そんなある日。奈々岡鈴は、中迫氏ではないが、不慮の交通事故に巻き込まれ、死んだ。

 まさか自分がここに来るはめになるとは、奈々岡は溜め息混じりで比良坂へとやってきた。

 と、故・中迫氏が顔を出した。

「ざまぁみろ、天罰だ」

 天罰かどうかはともかく、言われたがままなので反論の余地もない。

 まだ若い奈々岡には現世への未練がたっぷりとあったが、「仕方がない」の一言で片付けた。これまで自分が比良坂の住人相手にやっていたのと同じように。

 そして、どうせならば、と奈々岡は比良坂でくすぶっている住人、犬、猫含む全員を引き連れて、黄泉の世界へと旅立った。

「みんなで行けば怖くない!」

 そんな掛け声と共に。

 行き先は天国か、はたまた地獄か……。


――おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

黄泉比良坂 @misaki21

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ