第14話「物証分析:ハッキング」

 「もう、やるしかない。」

 僕は正雄と涼介に大規模ハッキングを強行することを告げた。

 捜査のなかで犯人捜しを隠している後ろめたさが、周りへの些細な応対を苦痛に変えていた。正しいことをしている自信はあった。それでも、精神的にこれ以上、秘密裏に捜査を続けるのは限界に近づいていた。犯人を追い詰めているはずが、いつの間にか僕らが追い詰められている錯覚すら感じていた。時間はもうない。手がかりも底をつき、僕たちはリスクを承知で賭けにでるしかなかった。

 約300人が働くこの設計部のすべてのPCにネットワークから侵入し、5月2日のシステムログを抜き取り解析する。犯行日、きっと犯人は設計事務所の自分のPCを操作しているはずだ。その手がかりを手に入れれば捜査は飛躍的に進むはずだ。

 しかしそれは、一歩間違えば僕自身が職を失う一大作戦だった。犯人に気づかれれば証拠を消される。それどころか、こっちがストーカー犯に仕立てあげられるだろう。決して誰にも感づかれてはならない極秘作戦を僕らは決行した。

 

 まず、僕がシステムアラートを宣言し、セキュリティホール問題をでっち上げた。対策要員として正雄と涼介を指名して、三人で手分けして300台程あるPCすべてにセキュリティパッチと偽り「バックホール」というセキュリティの裏口を開ける。作業の途中、コンピュータに詳しい何人かは興味半分にどんな問題なのか訪ねてきたが、僕らは示し合わせた嘘のウイルスやハッキング事例を説明した。

 大半は納得したが、何人かは怪訝な顔で作業を拒んだ。しかしそれも計算の内だ。それそのものが「容疑者の行動」としてあらかじめ用意した記録データに書き込んで、用意しておいたさらに高度な手順でバックホールを開けた。

 

 こうして管理職を含めたすべての社員のPCに空いたバックホールから侵入し、僕は大量のシステムログの解析を開始した。時間がもうない。サーバー室に用意した7台のハイスペックサーバーを同時に操り、一秒たりともコンピュータを休ませない高速オペレーションで解析を敢行した。たぶんこの時の僕の瞳を覗き込んだら、濁流のように流れる膨大な解析データが見えただろう。

 こうしてリスクを侵して手に入れた膨大なログデータから浮かび上がったのは、意外にもたった二人の容疑者だった。

 

 それは奇しくも、涼介の動機捜査で浮かび上がった、なっちゃんの元カレ、冨野と、正雄の状況証拠(野生の勘)で浮かんだ使い古しのフロッピーディスクの持ち主、設計リーダーのゴンさんだけが犯行日時にPCを使っていたのだ。

 涼介の話では、なっちゃんと冨野はなっちゃんが管理課に配属されてすぐに交際し、ひと月前になっちゃんから別れを切り出していた。冨野はまだ未練があり先週もデートに誘って断られていた。動機は十分だった。

 一方、ゴンさんは40歳。妻子もあり職場のよき指南役。みんな「アニキ」と呼び人望も厚い。そんな彼が果たしてこんなリスクを負うだろうか。正雄の鼻息はさておき、ゴンさんの容疑者浮上に僕は困惑していた。

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