第15話「状況証拠:記録簿」

 「それ! どこにあった?!」

 驚く僕に正雄は黙ってニヤリと笑った。

 「まさか、何処かに隠されていたのか?!」

 

 昼の情報共有ミーティングに少し遅れて現れた正雄の手には、5月2日の入館者が記された通用門記録簿があった。

 

 正雄は、いや犯人は、いったいどんなマジックを使ったのだろうか。

 犯行日時を特定したあの日、正雄と僕は通用門の守衛室に行き、確かにこの記録簿に5月2日の入館者がない事を確認したはずだった。

 しかし今、正雄の手には5月2日の入館者の名前が書かれた黒い帳簿があった。

 GWは4月の月末から5月の一週目にまたぐことから、帳簿上4月から5月にページを変えて記帳されていた。あの時僕らが見た4月の最後のページは4月30日。数名の休日出勤者の名前が書かれていたが本館の社員ばかりだった。

 めくった5月の最初のページは、最初の入館記録が残っていたのは連休明けの5月6日。平日は社員は記帳しないことから、書かれていたのは外注業者の名前だった。

 それが今、記録簿には5月2日のページが突如現れ、そこには容疑者の一人の名前があるのだ。

その突如現れた用紙を見て、僕は見落としていたある事に気づいた。

 「正雄! そう言うことか!?」

 それまで黙って僕を見つめていた正雄は再びニヤリと笑い、このカラクリの謎解きを始めた。

 

 正雄は初めに謎の答えを明かした。

 僕らが以前この入館記録簿を見た時、5月2日のページはある場所に隠されていたのだ。そしてこの犯行日時の入館記録は、然るべきタイミングで守衛があるべき姿に戻すはずだった。

 正雄はそのカラクリを暴いて隠されたこのページを見つけ出したのだ。

 入館記録簿は昔からある黒い厚紙の表紙と裏表紙で記録用紙を挟んで紐で止めた、記録用紙を容易に追加できるタイプだ。予め1年分の用紙を挟むのではなく、毎月、月末になると守衛が翌月の記録用紙を追加していき、12月に1年分の記録簿が完成する運用だ。

 平日は社員証の掲示だけで入館できる僕たち社員も休日出勤するときは、通用門にある守衛所で氏名と日時、入館する建物の名前を守衛の目の前で書込んで入館するのがルールだ。この入館記録簿は常に守衛のもとにあり、ページを抜き取る事などできない。ただ一つの例外を除いては。

 それは、入館時ではなく入館した後、最後の退館者だけが僅かな時間、この入館記録簿を手にする事を僕らは見落としていた。


 退館ルールは、最後の退館者がその建物の消灯、火の元確認、鍵閉めを行い、その点検結果を台帳に記録して、通用門を出るときに守衛所で建物の鍵閉めを行ったことを報告する。

 守衛は退館記録と入館記録簿に退出のサインしたあと、入館記録簿を退館者に手渡す。退館者は守衛所窓口の横の退館記録簿を保管しているロッカーに行き、入館記録簿に紐で取り付けられた鍵でロッカーを開け、退館記録簿と建物の鍵をしまうのだ。

 おそらく犯人はこのタイミングで自分が入館した記録用紙を抜きとって入館記録簿を守衛に返したのだろう。

 正雄はそれまで退館記録簿の存在自体を知らなかったが、ここになにかあるという「野生の勘」で守衛所周辺を調べ上げ、設計事務所の退館記録簿に5月2日の退館記録を見つけ出した。

 そして守衛の目の前で書かれたはずの入館記録がどこかに隠されている事に気づき、もう一度入館記録簿を調べ直し、見事このカラクリを解き明かしたのだ。

 カラクリは、守衛の目の前で書き込むというシンプルな仕組みを逆手に取ったものだった。最後の退館者として守衛から渡されたこの記録簿の紐をほどいて、自分が入館したページを抜き取り、背表紙に貼られたポケットの中にある追加用の用紙の最後に紛れ込ませていたのだ。

 守衛はそれに気づかずGWが終わってしばらくした、月が変わるタイミングで予備の用紙に挟まれた5月2日のページに気づき、5月6日から始まるページの上に重ねる予定だったのだろう。正雄はその前にこの隠された5月のページを見つけ出したのだ。

 5月2日のページには、犯人の退館記録以降、何も書かれていないのがその証拠だった。


 そして、そのページには、容疑者の一人、ゴンさんの名前だけがあった。

 これでゴンさんが犯行日時に会社に来ていたことは確実だ。しかも証拠を隠すトリックまで仕掛けていたのだ。ゴンさんの犯人の可能性が一気に高まったことは間違いなかった。

 一方で、冨野はこの日、一体どこでPCを使っていたのか、その謎は依然わからないままだった。このカラクリ自体が、冨野がゴンさんを犯人に仕立てるトラップの可能性もあった。

犯人はどっちだ?!

それとも二人は共犯なのか?

 僕らはすべてを疑うしかない状況に追い詰められていた。

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