第12話「状況証拠:野生の勘」
「そのフロッピー見たことある!
あ!わかった!!ゴンさんだ!!
あいつが犯人だ!絶対そうだ!」
金曜日、3日目の朝。それまで走り回ってばかりで、ろくに証拠を見つけていなかった正雄が朝会でガランとした設計事務所で騒いでいた。それは、なっちゃんの座席から少し離れた設計チームの座席ブロック。チームをまとめているリーダー、ゴンさんのデスク前、設計機材の納められたキャビネットの上に置かれた透明なプラスチックケースに無造作に入れられた使い回しのフロッピーディスクを見つけた時だった。確かに、グレーの封筒に入れられていた「あのフロッピーディスク」に似ている。
ただ、この時期の設計オフィスではドラフターと呼ばれる設計図面を手書きする機材から、コンピューターで図面を描くCADシステムへの移行期で、データの一時保管や印刷用の大型プロッターへデータを持っていくのにフロッピーディスクの利用は良くあることだった。
「これは手がかりになるのか?」
せっかくの正雄の申告だったが、このフロッピーディスクは何なのか管理者に聞かないことには何とも言えない。ゴンさんや一帯の設計チームは朝のミーティングで誰もいなかった。
正直、僕はその手がかりが有効とは思えなかった。明日はもう土曜だ。今日一日が勝負というときに、このありふれたフロッピーディスクに割いている時間が惜しかった。
ただひとつ気がかりは、これは正雄の勘だという事が僕を迷わせていた。紛れもない「ただの勘」だったが、サバイバルを生き抜いてきた正雄の勘である。
「う、う~ん。・・・・。」
僕は、嬉々爛々とした眼差しでフロッピーディスクが入ったケースを見つめる正雄に、どう応えることもできず唸ることしかできなかった。
「これ、ね?
これってあのディスクにそっくりだよね?」
爛々とした眼力で同意を求める正雄。
「うーん、でもこれって、あっちのキャビネの上にあるのと同じじゃない?ほら、あそこにあるケース」
という僕に、
「いや、違うって、全然違うでしょ。
え?え?!わからない?ほんとに?」と珍しく食い下がる正雄。
「う、うーん・・・。どのへんが違うの、かな?」
「えぇ?!ほんとにわからないんだ。
えーと、えーとぉ、色?というか、形?傷?
匂いとか?ぜんぜん違うでしょ?ね?」
「ごめん。何を言っているのかわからない・・・。」
「うー。。ウゥー・・・。ガルルル」
ここまで言う正雄にはきっと何かが見えている。五感か、獣の第六感が感じる何かがあるのだろう。しかし、そう信じたかったが僕には全くわからなかった。
いつもはノホホンとした彼がこれほど食い下がるということは、本当に大事な何かがあるのかもしれない。
見えないものは信じないと言えるほど、僕はこの世界を知らない。設計士という仕事柄、この世の物理現象は未だ人の英知など遥かに及ばぬ不思議に満ちている事を知っていた。
とりあえず「野性の正雄」にしか感知できない何かがあのフロッピーケースにはあることを捜査メモに加えておくことにした。
とにかくもう時間がない。今日中に犯人を特定する有力な情報を掴まなければというプレッシャーがのしかかっていた。
この野生の勘が、後に事件解決の大きな手がかりになることに、この時の僕は気づいていなかった。
それよりも僕の関心は、
「正雄、おまえは設計チームじゃないのか?
朝会中だけど、なんでおまえはここにいるんだ?!」
と彼に聞きたかった。
正雄の捜査でわかったのは、天間先輩に社内便で封筒を届けたのはリサだった。ようやく捕まえた天間先輩から聞き出した情報だ。
天間先輩は目的地のアトランタに到着し、現地エージェントのオフィスから国際電話をかけてきてくれた。
「おうっ、見てくれた?中身なんだった?
なんか、やばそうだったからさ
おまえに送っておけば、なんとかしてくれんだろー?」
矢継ぎ早にアッケラカンと話す電話越しの声は、いつもの天間先輩だった。僕は少しホッとしていた。
この2日間の捜査で心がササクレだっていた。自分以外の全てを疑わなければならない状況が、僕の心をカサカサに乾燥させていることを感じていた。
こんなのが日常だったらと思うとゾッとした。
「チョーさん、
「でもよ、社内便にしちゃ珍しいよな、○△□の封筒なんてな?!」
「○△□の封筒?!」
僕はうまく聞き取れなかったそのワードに我に返り天間先輩に聞き返した。
「珍しいって、灰色の、グレーの封筒のことですか?」
すると、天間先輩は少し沈黙すると、ぶつぶつと独り言のような話し声がしたあとに、それまでより少し低い声で言った。
「いや、グレーの封筒なんて知らない。おまえに送った封筒はオレンジだよ。グレーじゃない。」
「?!!!」
僕は混乱した。
松野を介して天間先輩が僕に送った封筒はオレンジ。しかし松野が僕に渡した封筒は間違いなくグレーだった。
松野が何かと間違えた?
それとも誰かがすり替えた?
何のために?
一瞬で色々な思いが頭を駆け抜け、詳しく話を聞きたかったが、受話器の向こうでアクビをする天馬先輩の声が聞こえた。
すっかり忘れていたが、話しているのは日本の昼の2時。アトランタは真夜中だ。
これ以上はさすがに迷惑だと思い、自分の考えを整理する為にも、天馬先輩に丁重に礼を言い、僕は一旦電話を切った。
「ええー?!ええええー?!!
うわああああーー!!!」
受話器を置いた後、耐えきれず僕は叫んだ。
今日はタイムリミットの金曜日。
謎は、さらに深まってしまった。
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