第9話「状況証拠:透明人間」
「おかしいなあ、、なんでないんだ?」
「ううーん……。絶対ここを通ってる筈なんだけどな。」
木曜日。昼休みのミーティングを終えて、僕と正雄は通用門の守衛所で途方に暮れていた。
フロッピーディスクの分析結果から、犯行は5月2日土曜日、設計棟のなっちゃんのデスクに置かれた彼女のPCで行われた事がわかっていた。
平日ではなく休日に犯行が行われた事が、人目のある設計事務所でなっちゃんのPCからメールを抜き取れるわけがないと言う固定概念に気づかせてくれた。同時にこのディスクがオリジナルである証明でもあった。僕らは確実に犯人に近づいた事を実感し、期待に胸を高鳴らせて入館記録のある守衛所に向かったが、見事に裏切られた。
誰がその日、設計棟に来ていたのか分かれば、その中に容疑者がいる。通用門の入館記録を見ればそれがわかるはずだった。
通用門は24時間365日、二人の守衛が入退館者をチェックしていて、入館者の氏名は必ず台帳に記録されている。
正雄は記録簿を前に途方に暮れていた。僕も正雄の入館者無しの知らせを聞き、見落としがないか台帳を隅々まで探したが確かに入館者はなかった。
このフロッピーディスクはフェイクなのか? それとも犯人は、幽霊や透明人間のように設計棟に忍び込んだのか。
いずれにしても物証と状況証拠のどちらかが細工されているのは間違いなかった。しかしそれは、どんなマジックを使ったのか全く見当がつかなかった。
どこまで事実を探り当てられていて、どこの分岐で間違えたのか、どこまで戻ったら犯人に続くルートに乗れるのかまったく見失ってしまった。しかもこれはゲームではない。分岐点を見つけてゴールに続くルートに乗ったとしても時間は戻せない。明日、金曜日を過ぎて週末を越えたら、犯人にたどり着く確率は格段に下がるだろう。
捜査はまた振り出しに戻ってしまった。
そんな事を考えながら意気消沈して設計事務所に戻ると、先輩社員から実験棟に来るようにと、実験棟現場の班長からの電話があったことを告げられた。
僕が怪訝な顔で正雄を見ると、正雄は鼻息を「フン!!」と大きく吹くと、実験棟につながる裏口に目配せをして走り出した。
彼が何か仕込んだのか、わからないまま僕は彼の後を追った。
実験棟の詰め所に着くと、連絡をくれた長崎班長がいつものニヒルな仕草で国際電話がかかってきていることを教えてくれた。受話器をとると聞き覚えのある声に気が緩んだ。電話の主は長期出張に行って連絡が取れなかった天間先輩からだ。
正雄が持ち前の行動力で工場長に無理を言って、空港係員に天間先輩を見つけてもらったのだ。
「もしもし!天間先輩?
出張中すみません。
送ってくれた封筒の事でどうしても教えて欲しいことがあって・・・」
僕が言い終える前に、
「おう!見てくれた?
わりーな、わけわからんだろ。
でもおまえなら何とかするかなーと思って、
でっ、(ブッ)」
と早口で言いたいことを言うと、電話が切れた。
僕「あ!!え!?」
正雄「お?!!」
長崎班長「ーー」
僕は慌ててかけ直そうとしたが、番号が分からない。天馬先輩がもう一度かけて来てくれないか、やきもきしながら1時間待ったが、電話がつながることはなかった。
僕「天馬先輩ーー (はあぁ〜)」
正雄「てんま先輩〜!?」
長崎班長「ーーー」
僕と正雄と長崎班長は、電話の前で肩を落とした。
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