第8話「物証分析:犯行日時」

 「あとは、なっちゃんのPCで、どうやってこのフロッピーディスクのデータ構造に書き込むかだなぁ。」

 なっちゃんのメールは多くの人がするように、宛先やメールの内容によって自動でフォルダに振り分ける設定がされていた。

 フロッピーディスクの中のメールは、メール1通ごとにファイルとして保存されていてディスクにフォルダ構造は存在しない。メールソフトの複数のフォルダに入った複数のメールを、連続した時間間隔で4枚のディスクに書き出すことができるものだろうか。

 

 なっちゃんのPCのシステムログを調べるとフロッピードライブへのアクセス記録が残っていた。書込み時間とフロッピーディスクのファイル作成時間を照合すると一致した。ほぼ間違いなくディスクはこのPCで作成されているはずだ。

 なっちゃんが使っていたメーラーからドラッグ&ドロップで、空のフロッピーディスクにメールをコピーしてみる。

 

 「ウーン。。ちがうか」

 できたディスクは全く違うファイル構造だった。ファイル作成間隔も合わない。

 複数のフォルダに別れたファイルを4枚のフロッピーディスクのルートディレクトリに連続してコピーする手順。考え得る方法を試すが、どれも同じ構造にはならない。

 

 「ウーン、犯人はどうやってデータを抜き取ったんだ?

 もしかしたら、これはオリジナルディスクじゃないのかなぁ・・・。

 だとすると、振り出しに戻るか。クソッ」

 

 僕が諦めかけてボヤくと、横で見ているのに飽きた正雄が大きなアクビをしながら言った。

 「あのさぁー。そう言えば、

 隣町に今度「ららぽーと」ができるらしいよ。

 映画館もあるんだってよ。

 できたらみんなで行ってみよーよ。」

 

 僕はポカンとした。

 (おーい。正雄くん。こっちはそれどこじゃないぜ!状況わかってる?)

 内心つぶやきながらも、いつもこの調子で仕事のピンチも切り抜けてしまう、正雄のハートの強さに呆れて僕は吹き出しそうになった。

 

 口元が緩みそうになるのを耐えながら、

「海老名のららぽーと?

 まだずいぶん先じゃなかったっけ?

 でもできたら家族と行こうかーー」と言いかけてやめた。

 なんだろう、このひっかかる感じは。

 何かの尻尾がひらりと見えたような、子供の頃に感じた「あの感じ」に似ている。

 僕は目の前を横切った獲物の影が何なのか、正雄との会話に隠れたヒントを探った。


 子供の頃、僕は学校帰りに歩いて小川に寄り道をしては、その道すがらいろんな生き物を捕まえた。川は学校から自宅を通り越し、片道5キロはある寄り道とは言えない道程だったが僕は友達数人と毎日のように「狩り」に出かけていた。

 ザリガニ、サワガニ、ウシガエル。川魚を釣ったり、時には1m以上ある蛇を木の上に見つけては捕えて、腕にぐるぐる巻きつけて遊んだりしていた。

 その経験の中で自然の仕組みと様々な生き物の生態を学んだ。野性の生き物には生息するテリトリーがあって、厳しい自然を生き抜く為にその生き物特有の生態やルールをもっている。

 中でも川魚のような群れを作る生き物は、大きな石や川岸の植物の物陰を使った「巣」に隠れていて、外敵から身を隠しながら流れてくる餌を待ち構えている。

 陸から見える出口付近には常に斥候の小物が様子を探っていて天敵や人が来ると隠れてしまう。そうした見張りに悟られないように忍び寄り、木陰からしばらく様子を見ていると中型の個体がチラチラと現れ始める。

 用心深く気配を殺して観察していると、安全だとわかった頃合いに小物たちが一切消え、少し間をおいて規格外の体躯の持ち主、その巣の「ヌシ」が体の一部をチラリと覗かせるのだ。

 子供の頃の僕は、これから勝負を挑む「ヌシ」を見つけては、狩猟本能を駆り立てられる、この瞬間のワクワクがたまらなく好きだった。

 

 正雄の何気ない一言をきっかけに、見落としている大事な何かがあることを、いま僕の中の狩猟本能が、目の前を横切る大きな尻尾のイメージで知らせていた。

 

「ららぽーとに行こう、、いこう?こう?

 ららぽ?、、ポー?、ポート?

 ・・・。!!

 そうか!エクスポートか!」


 「エクスポート機能」

 それは、すでに最新のメールソフトにはなくなった機能。メールソフトを他のPCに引っ越ししたり、たくさんのメールを溜め込んで肥大化してそのままディスクに保存しておけなくなったメールデータを、ディスクに入るサイズに分割して保存するために利用されていた機能だ。PCの保存領域が大きくなった現在、ほとんど利用されなくなって、最近のアップデートでなくなった機能だ。 

 すっかり忘れていたが、なっちゃんが使っていたメールソフトを調べると、確かにエクスポートのメニューがあった。彼女はまだメールソフトのアップデートをしていなかったのだ。

 

 僕はこれまでPCサポート業務で何百回と使っていたが、これだけのフォルダに散らばったメールをこんなにフラットに並べられるものなのかはわからなかった。

 一縷の望みを託してダミーデータで試してみる。すると、同じ時間間隔で、メールソフトの仕分けフォルダに格納されたメールたちが、4枚のフロッピーディスクに並んでいった。

 

「よし!これだ!

 正雄!凄いぞ!良くやった!!」

 珍しく鼻息を荒くしている僕をよそに、当の正雄はキョトンとしている。

 とにかく、犯人はこの手順でフロッピーディスクを作成したのは間違いない。それもネットからの進入でも、PCをリモート操作したわけでもなく、このフロッピーディスクの日付と時間に、「このPC」を直接操作しているのだ。

 このキーボードで、ここに立っていたのだ。もしそうなら、他にも痕跡が残っている可能性が出てくる。

 なっちゃんのPCから抜き出した情報を元に、彼女の周わりの席のPCを調査すると、犯人がその日とった足跡が克明に浮かび上がってきた。

 

 犯行日時はGW真っ只中、5月2日土曜日。午後13時51分23秒。設計事務所を入ってすぐの管理課デスクの通路側、女子社員の席にならぶなっちゃんのPCの前に立ち、このフロッピーディスクにメールを抜きとった。

 犯人はこの座席の周辺が女子社員のPCと知っていて、同じ様にメールを抜き取ろうと歩き回っていた。犯人はなっちゃんだけを狙ったのではなく、複数の女子社員を狙った無差別犯だった。

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