第7話 浸水する追憶

 身体は異常に熱いのに、悪寒が酷くて仕方がなかった。だるさが極まっていて自力で体温を測ることもできず、喉を空気が掠れるようで呼吸もままならない。吸っても吸っても酸素が足りずに息苦しい。


 言葉すら吐きだすことが精いっぱいなのに、医療に繋げてもらえない。


 茜はそんな状況に何度も陥ったし、既に諦めてはいた。医者をどうしてか敵視している両親なのだから、民間療法で何とかしようと試みるのが当然なのだ。とはいえ、ここまで症状が悪化してしまった以上、既に自己免疫ではどうにもならない状態だろう。


 自室のベッドに籠って、必死で命を繋ぎ止めるので精一杯。無理矢理部屋に置かれた経典やご利益のあるらしい置物だって、苦しむ茜を助けてはくれない。


(……死にそう……助けて……)


 両親など、頼りにならない。高熱と胸の痛みに襲われながら、茜は必死で枕元のスマートフォンを手に取った。


 充電は十二パーセントと残り僅か。ケーブルを繋ぐこともしんどかったのだから当然だが、これが最後の望みの綱だ。


 しかし直接救急隊を呼ぼうものなら両親に門前払いされるのが目に見えている。なので──申し訳ないと思いながら、茜は叔父に連絡を取った。親族の中で唯一面識があって、両親よりは至極真っ当そうな大人だからだ。


 既に意識は朦朧として、画面をタップするのも厳しかった。しかしここで何もしなければ本当に死んでしまうと、生きたいという一心で画面を操作する。


『死にそう。たすけて。救急車』


 それだけ送信するのが精一杯だった。このメッセージに叔父がいつ気づくか。気づいて本当に助けが来るのか。ただ堪える時間というのは地獄のようだ。


 死ぬほどしんどいのに。様子を見るだけで何もしてくれない両親など。親とも呼べない。



 そのまま数時間が過ぎたらしい。既に時間間隔は薄れ、遮光カーテンで部屋を覆っているから時間の判断もつかない。ただ部屋の外がなにやら騒がしい事だけが感じ取れたものの、既に意識が朦朧として視界も判然としなかった。


 は、と息を吐く。熱く重たい息で肺が痛む。ただただ細い呼吸を続けるだけの機構と成り果てて、茜は堪えきれずに目を閉じた。


「──ん! 大────よ、──で─」

「──医──いなんて馬鹿か兄さん!」


 叔父の声が聞こえた。布団を引っぺがされて腕を誰かが触っているのは分かるが、何やら話しかけられている言葉は理解ができなくて返事ができない。


 あぁ、でも。ようやく医者に診てもらえる。死ぬかもしれないけど、助かるかもしれない。張り詰めていた意識が途切れ、急速に身体から力が抜けていく。

 ずるりと。身体の上から錘をかけられたように、ベッドの下に沈み込む。意識を繋ぎ止めていた糸がプツンと切れて、朦朧としていた意識がとうとう切れた。





 幸いにも意識が戻り、茜が目を開けると、そこは予想していた病院の一室ではなかった。


「……なに、ここ」


 およそ現実の風景とは思えない、地獄のような洞穴だった。天井はかなり高いが岩石に覆われていて、地上には溶岩がとめどなく流れている。まるで火山地帯だ。粘性の低いマグマが川の様にそこかしこを流れ、炎の灯りが暗い洞窟の中を照らしている。熱風が肌を撫でるが、不思議と汗は出ていない。


 茜は身体を起こし、岩陰に隠れてから様子を見た。


 ただの火山洞窟ならまだいい──病気で体調を崩していた自分がどうしてこんな場所に放り込まれているのかは度外視する──問題は、自分以外に動くモノがいた事だ。


「アアアアアアアアアァ!」

「そら、ちったあ黙ってろ! こうでもしねぇと鍛え直せねぇんだよ!」

「許して、なんで、ワタシが何したっていう、の、ぉ、おあ、ああぁぁぁぁ」

「何した、だぁ? なんだ、分からねぇのか! テメェだって沢山人間を天使に変えてきたろうが、そうでもねぇとこんな煉獄で鍛え上げるような汚染度にならねぇだろ!」


 洞窟の中には大掛かりな設備が置かれていた。そこで真っ白な人間の形をした何かが、燃え盛る炉にくべられている。炎に充てられ十分に熱せられたら引き出され、屈強な人間によって、ハンマーを打ちつけられている。


 さながら金属を打ち鍛える様に。白い人間が槌で打たれるたびに、冷え固まった不純物が剥がれ落ちている。


 茜は見つかったら自分も叩き直されるのではないかと思って、咄嗟に身を隠したのだ。


 白い人間の雄たけびのような悲鳴と、弾かれるような甲高い金属音。何も茜が聞いたたった一つだけではない。設備を見渡す限り、多くの人間が、多くの白い人間をそうして叩き直していた。


 なんだこれは。ここは一体なんだ。どうしてこんな場所にいる。


 茜はどう考えても現実とは思えない異常さに混乱しながらも、はたと身体が自由なことに気づいて自分の身体を確認した。


 あれだけ苦しかった呼吸は普段のように正常で、熱感も悪寒もない。両手を握って閉じてを繰り返し、病気などしていなかったのではないかと思うほどだ。意識もはっきりしている。


 であれば、やはりここはどこなのか、という疑問に落ち着く。


 最後の記憶は自室のベッドの上なのだ。もしかして助からずに死んだのだろうか。茜は死後の世界など信じていなかったが、それにしては意識がはっきりしすぎている気がする。


 ひとまずは、色々見て回らないことには分からないだろうか。怖くはあるが、最悪作業している人間に話を聞くのも手だ。


「あー、居たいたー。探したよぉー?」


 隠れていた岩陰から恐る恐る顔を出していると、背後からいきなり声をかけられて身体が跳ねた。どう考えても茜に対して放たれた言葉に振り向くと、至近距離に大きな物体があって今度は腰を抜かしてしまう。


「あれ、あー、大丈夫―。そんなに驚くことないよぉ。僕、迎えに来ただけだからー」

「は、え? 馬、馬が喋ってる……⁉」

「んー? そんなに不思議―? あーいやそっかぁー、不思議だよねぇー」


 馬だ。綺麗な栗色で、金色のたてがみをした、大きな馬。額の大部分が白い茜より数段大きな馬が、茜の顔に己の馬面を寄せていたのだ。しかも喋っている。ヒトの言葉を話す馬とはこれ如何に。


「いやー、君も不運だよねぇー。普通なら狭間に落ちるくらいなのに、生きた人が地獄まで転げ落ちるなんてさぁー」


 よっぽど合ってるのかなぁ。なんて馬が言う。何を言っているのかよく飲みこめないが、普通あり得ない状況であるのはよくわかる。


「地獄……? あたし、地獄に落ちたの?」


 喋る馬の言葉に引っかかって、茜は動揺しながらも問うた。その質問にようやく状況が飲みこめていないことを悟ったのか、喋る馬がその場に腰を下ろす。


 膝を折り、やっとしゃがみ込んだ茜と同じくらいの目線になった馬が言った。


「あー、えっと、そうだよねー。ここは地獄だよー。君は何かあって、間違ってここに落ちてきちゃったのさー」

「間違って? 地獄に落ちる?」

「そーそー。君、本当はまだ生きてるんだよねぇー。現世で死にかけて魂が身体と離れちゃって、こっちまで来ちゃったのー。一応まだ死んでないから、現世に帰ってもらうために僕が迎えに来たんだー」


 肉体の方は意識不明の危篤状態だろうけどー、戻ったら生き返るから大丈夫だよー。

 馬は言って、ぶるると鼻を鳴らした。


「僕は地獄というか、冥界で人間見習いをしててねー。そのお仕事なのー」


 どこか得意げな馬は、そのまま茜の身体に顔を擦り付けてきた。柔らかいもふもふとした毛が肌に擦れて、地獄の熱波が多少は緩和される気がする。


 しかし。茜は今しがた馬から聞いた情報を頭の中で精査する。


 生きてはいるが、魂だけ地獄に落ちてしまった。つまりは幽体離脱した状態にあり、恐らく肉体に戻らなければ死んでしまうだろうこと。何故か親しげに接してくる馬は、茜を現世に戻すためにわざわざ捜しに来たこと。


「……帰りたくない」


 無意識のうちに喉を突いて出た言葉に、馬が大きな身振りで首を傾げた。


「帰りたくないのー? ここ、怖い場所だよー?」


 馬と話している間にも、ガンガンと白い人間をハンマーで打ちつける音が響いている。阿鼻叫喚の地獄絵図、とはこのようなことを指すのだろう、悲鳴と怒声はひっきりなしだ。


 けれど。素直に戻りたくないと思ったのは、当然両親が原因だ。


「……戻ったっていいことないし。大人になるまでどこにもいけないし……大人になってからだって」


 献金のために給料を出せとか、言われるに決まっている。


 茜は自分が世間知らずな自覚があった。学校の同級生とも話が合わないし、世俗的な娯楽などにも無頓着なのは、教育として止められているから。中学生になってまで小遣いが一銭もないから、興味を抱いたものを買うことだってできない。


 何も、何も得ていない。茜にとって全く信じられない教義と、学校で学ぶ勉強しか。


 どこかへ行きたい、自由になりたいと願いながら、そんなことは無理だと諦めていた。だったらいっそ、この機会に親離れしてどこか遠くへ行きたい──それが死ぬことでだっていい。そう思ったのだ。


「どこにも行けないから、ここがいいのー?」

「……どうせろくでもない人生に決まってる……だったらもう死んじゃったほうがマシだと思って」

「そっかー」


 ぼそりと呟いた言葉を、馬は否定しなかった。慰めもしなかった。ただ茜の想いを、そのまま受け止めたように感じた。その無関心さが、どうしてかありがたかった。


「じゃあ、ここら辺見回ってみるー? 居座るか戻るか、決めるのはそれからでもいいよー?」


 膝を抱えて蹲ってしまった茜を甘噛みして、馬が言った。馬の唇はふにふにしていて触り心地がよかった。


「それに一応、狭間や現世の状況は分かるからねー。今君の身の回りは大変なことになってるよぉー」


 救急も警察も児童相談所も、全部出てきて大混乱。すごいねー。

 馬は他人事のように言って立ち上がった。


「君が思うほど、悪くはならないんじゃないかなぁー」


 叔父が何度か言っていたが、重病の子供を医療に繋げなかったことが児童虐待だと判断されたのだろう。警察も出てきたのなら、少しは保護される見込みが出てきただろうか。


 どちらにせよ、いつまでもこんなおぞましい場所にはいられない。


「……じゃあ、見学くらいは、する」


 どうやらこの馬は茜に付き合ってくれるようなので、そこは甘えることにして。茜が立ち上がると、馬が嘶いたのちに身体がふわりと浮き上がる。


「じゃあ乗って乗ってー。地獄の見学ツアーといこー。まぁここだけなんだけどねー」


 浮き上がった茜の身体はそのまま馬の背へ。鞍もなにもつけておらず乗り心地は悪いが、普段の視点より数段上からの風景は新鮮だった。


 かぽかぽと蹄鉄の音を鳴らして、馬が軽快に歩き出す。視線の位置が高い場所にあるといっても、地獄の風景は変わらない。


「そうだー、名乗ってなかったねー。僕、フィアレスノヴァっていうのー。スノくんって呼んでいいよぉー」

「……喋り方のわりに、なんかかっこいい名前」

「そうー! 僕の名前かっこいいでしょー? 僕のオーナーさんがつけてくれてねー、生きてた頃は競馬場ってところで走ったりしてたのー。おんなじ人を乗せてねー、レースで一番になったりしたんだよー?」


 軽い気持ちで名前を褒めると、馬──フィアレスノヴァはとても自慢げに鼻を鳴らした。どこか足取りも軽くなって、蹄が軽快に地面を蹴る。フィアレスノヴァの背中の上で身体が跳ねて、乗っているのも一苦労だがどうにか食らいつく。


「みんなすごいよくしてくれたんだー。ちょっとでも体が悪くなるといつも付き添ってくれてねー、治すためになんでもしてくれたのー。レースに出なくなってからも住む場所をくれて、最期の方はゆっくり牧場で暮らしてたんだー。その時も人がいっぱい会いに来てくれてねー、愛されてるなぁって思ったんだー」


 いいでしょ、なんて言いながらフィアレスノヴァが振り向いた。


「……そう、よかったね」


 茜はぶっきらぼうに答えた。馬なのに人間である自分と違って恵まれていて、素直に羨ましかった。馬はこんなに愛されたらしいのに、なんであたしは。


「……えーっと、ここは確かに地獄だけどー。あの白い人、なんだか分かるー?」


 黙り込んだ茜が落ち込んでいるのを察して、フィアレスノヴァが話を逸らした。とてもわざとらしく気遣われたのが丸分かりだが、自分の境遇のことは考えたくなかったので話に乗る。


「知らない。みんな人間なの?」

「白い人はね、天使なのー。作業してるのは地獄に住んで働いてる人だよー」

「地獄に天使がいるの? ……落ちてきちゃったの?」

「落ちてきた、というかー。落とした、が正解―」


 そういえば叫び声と怒声を隠れ聞いていた際、そんなことを喋っていた気がする。汚染がどうとか、天使に変える、とかなんとか。


「天使って、カミサマのお使いじゃないの? ……あんなに叩いて、怒られたりしない?」

「えーっと、じゃあまずは天使の説明からかなー?」


 どれだけ両親から押し付けられた信仰を嫌おうが、子供の頃から根付いてしまった価値観や先入観はある。茜にとって天使というフレーズで思い浮かべるのは、人間を救う神の部下で、死んだ人間を天界に救いあげる役割だ。


「天使っていうのはねー、ヒトの信仰心で歪んじゃった魂のことなのー。魂が汚れちゃうと、死んだ後に新しい命になれないから、こうして地獄で汚れを落としたり、鍛え直してるんだー」


 そもそも、天使が増えて冥界に帰ってくる魂が少なくなってるから、困ってるんだよねぇー。ゆっくり歩きながら、ため息交じりにフィアレスノヴァが言う。


 どうやら人間の認識と、地獄での──恐らく本質的な意味での認識は違うようだ。


 薄々気づいてはいたが、やはり天使もカミサマも人間を救うなんて嘘なんじゃないだろうか。だってその思想で育った自分は迷惑しか被っていないのだ。


 なので──茜は、この喋る馬のいうことを信じることにした。声色からこちらを騙そうとしたり利己的な印象は感じないし、なにより本当の意味で自分を助けに来た馬だ。動物は、人間よりごまかしがきかない生き物だと思うから。


「おいスノ! なんだぁそんなちんまい魂乗せて!」

「あー、こんにちはー。今ねー、お仕事中なのー。この子、現世から落ちてきちゃってー」

「現世から落ちてきただぁ? なんだ珍しいな……ははぁ、こいつぁ確かに、こっち側に適正があると見える」

「でしょー? 信仰に曝されて生きてたのに全然汚染されてないのー。すごいよねー」


 ぱかぱかとリズムのいい足音に揺られ、あまり風景の変わらない地獄を移動していると、先ほどまで天使を叩き鍛えていた地獄の住人がフィアレスノヴァに声をかけた。会話の内容はよくわからなかったので気にしないことにして、茜はそっとフィアレスノヴァの首筋に隠れながら地獄の住人を観察する。


 屈強な鍛冶師、という出で立ちだ。携えた大きなハンマーは使い込まれていて、持ち手の木材がこすれてへこんでいる。少し離れた場所に炉にくべられた天使が呻いているままだから、加熱する間に二人を見かけて様子を見に来たのだろう。


「こりゃあ死後は将来有望だな。このまま返すのか?」

「そうだよー。だってまだ若いし、身体は生きてるしー」

「ハッハ、割と存在感あるからなぁそのチビ。イザナミ様も様子見に来たりしてな」

「どうだろうねー。来たらすごいねぇー」

「ここまで落ちてくるんだぞ? そりゃー見に来るだろ──おっと、加熱終わったか。じゃあなスノ、ちゃんと送り届けろよ」


 しばらく雑談をしたのち、地獄の住人は作業に戻っていった。

 地獄に居ついたからには──死んだからには、こうして地獄でずっと働くことになるのだろう。フィアレスノヴァ然り先ほどの鍛冶師然り、自身の仕事には満足げなようだが。


 仮に自分が駄々をこねて地獄に留まったところで、仕事がない。役割がない。


 やっぱり帰るしかないのだろうか。でもなぁ。悶々と考えていると、どうやら出口についたようだ。


「はい、地獄の観光ツアーは終わりー。ちょっとだけ冥界を通って、狭間に戻るねー」


 溶岩の流れる洞窟を抜けると、先ほどまでの風景とはうって変わって灯りのない暗闇の中にいた。周囲が見えなくなって茜はフィアレスノヴァの首に抱きつく。


 真っ暗で何も見えない。蹄の歩音が柔らかくなっているから地面は砂地なのだろうが、まるで海底にでもいるかのようだ。しばらく目をぱちくりさせていると慣れてきて、暗闇の中にもなにやら物体があることに気づく。


 徐々に周囲が見えてくる。夜を落としたような暗闇の中で、ちらほらと多くの光が浮かんでいる。


「あれがねー、そろそろ現世に戻る魂なのー。ここは冥界の出口で、君もここから落ちてきたんだよー」


 どこか幻想的で美しい風景に、茜はあっけにとられて目を丸くした。


 ふよふよと浮かぶ魂は、時たま導かれるように空高く飛んでいく。浮かび上がるものもあれば落ちてくるものもいて、自由気ままな様子に釘付けになった。


 綺麗だ。静かで暗くて心細そうな風景なのに、体に張り付く水のような感覚はどこか温かく肌に馴染む。


「それで、どうするー? 僕としては帰ってほしいんだけど、帰るー?」


 フィアレスノヴァが問うた。彼は自分の意見を言っただけで、茜にどうしろとは言わなかった。そのはっきりと自他を切り分けた物言いは性格なのだろうが、だからこそこんな迷子に付き添うような役割を与えられているのだろう。


 ああしろこうしろと命じてこないのは何故か新鮮で、だからこそ身が引き締まる思いだった。


 帰りたくない、などと言ったが。やはり帰るしかないのだろう。できればあの親元から離れて縁を切りたいと思っているが、フィアレスノヴァが言うに児童相談所や警察まで出張ってきたのなら可能性はあるだろうか。


 ただあの両親のことだ。子供というのは赤の他人から同情や庇護欲を掻き立てるのにいい素材だから、そう簡単に手放すだろうか。茜は一人っ子であるし、保護されたとしても取り戻しにくる可能性も──


「んん。んー? ええー、ほんとうですかー? もう三途の川の川底に来ちゃってますよー?」


 悶々と考え事をしていると、フィアレスノヴァがぶつぶつと独り言をつぶやいた。誰かと会話しているようなセリフだが、そののち幾ばくかのやり取りをした後、乱れた鬣を直す様に身震いして言った。


「わかりましたー、しかたないなぁ……ごめんねー、君に会いたいって人がいるから、ちょっとそこまでいくねー」

「あたしに会いたい? ……なんで?」

「それはちょっと本人から聞いてほしいなぁー。こればっかりは断れないから、ご案内―」


 茜の質問に答えず、応か否かも聞かずにフィアレスノヴァは身体を反転させて歩き出す。川底の砂の上を進むと、次第に潜り込むようにフィアレスノヴァごと身体が沈んでいって、埋まってしまうと茜は強く目を瞑った。

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