星を食べて、星をきらめかせる少女の話

夜野十字

第1話 少女は星空のもと

 星を見ることが昔から好きだった。


 星を見てさえいれば生きられると思えるほどに、俺は星が好きだった。


 そのためなら人生だってなんだって賭けられる。そんな思いで今俺は――倒れそうになっていた。


 放課後の校舎、屋上へ向かう階段。残すところあと数段というところで、俺の体力は底をつきかけていた。


 背負った天体望遠鏡の重みが肩にダメージを負わせてくる。時刻は午前二時。しっかり睡眠はとったはずなのに、少し眠たい。夏場のジトッとした暑さが余計に体力を削いでくる。


 あと。あとほんの少し。あともうちょっとでたどり着く! 頑張れ!


 自分を鼓舞し、ぐっと足に力を込める。


 多少ふらつきながらも、なんとか立ち上がることができた俺は、勢いのまま階段を登りきり、屋上へ通ずる扉を開け放った。


「……おぉ」


 深夜に来るのは初めてだったのだが、大成功だった。


 目の前に広がる、どこまでも続く星空。晴れているおかげで、等級の数値が大きい星も肉眼で観測できる。


 この高校は丘の上に建てられているため光害も少なく、普段からかなりきれいな星空が拝める。


 が、いつもは夕方か、遅くても宵の口なので、きれいとは言っても限度がある。


 ここまで美しい夜空が身近で見られるなんて。今日ここに来るまで知らなかった。


 圧倒的な星空を前に、体を覆っていた疲れがすべて吹き飛ぶ。


 早く望遠鏡を設置しようと、焦燥感に駆られつつ俺は天体望遠鏡の設置に取りかかった。


「なにしてるの」


 そのとき、唐突に声をかけられ心臓がすくみ上がった。思わず、「ふぇ!?」と奇声をあげてしまう。


 見ると、屋上の真ん中あたりに無意味に置かれた机に、少女が座っているではないか。


 まるでホラー映画のような状況に、鳥肌が止まらない。


 不審者ではないかと、あらぬ不信感を抱いた俺は、少女を上から下までじっと観察する。


 後ろで一つに括られた長い黒髪。灰色のパーカーの上に、学校指定のブレザーを羽織っている。付けているリボンは赤色。ということは、彼女は俺の同級生なのだろう。


 だとしても、午前二時に屋上ここにくるなんて、俺みたいに天文部とかでない限りまずない。


 流石にないだろうが、自殺志願とかだったら困るので、理由を尋ねてみることにした。


「……どうしてこんな時間にここにいる?」


「質問に質問で返さないでよ。というか、君にだけは言われたくない」


 呆れたように少女はため息をつく。


 確かにその通りなのだが、俺はちゃんとした理由があってここに来ているので、ため息を疲れる筋合いはない。まずそのことをはっきりとさせたくて、俺は口を開いた。


「天文部の活動で、正当な許可をもらって、天体観測に来たんだよ」


「ふーん。そうなんだ」


 自分で聞いておきながら、心底興味がなさそうな反応だった。少々ムッとしつつも、今度こそ俺のターンだと思い、もう一度尋ね直した。


「そういうお前は?」


「私? 私は……」


 言いかけて途中で口ごもる少女。少しの間逡巡したように視線を空中に彷徨わせると、おもむろに呟いた。


「そうか。君は宇宙が好きなのか……」


「は? 急に何――」


「あのさ、面白いもの、見たい?」


 脈絡のない発言の繰り返し。まるで噛み合わない会話についていけずにいると、唐突にそう切り出された。


 思考の整理が追いつかず、反射で「うん」と返してしまう。心なしか、少女は俺の返答を聞いて、少し笑ったような気がした。


「じゃあ見てて」


 少女はおもむろに、懐から小袋を取り出し、中から小さな粒状のものを取り出した。トゲトゲとしていて、ピンク色で――もしかしてあれ、金平糖か?


 俺が固まっていると、少女は金平糖(と思わしき粒)を口の中に放り込み、 パリッと噛み砕いた。


 その刹那だった。


 ピカピカと、やけに明るく色とりどりな光が俺を照らす。


 ふと上に目を向けると……星々がLEDの豆電球のように色鮮やかに明滅し、夜空を彩っていた。

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