第7話
「お世話になります、
「はい、はい、では□月△日の十四時にーー」
そんな会話が職場のブースのあちこちから聞こえてくる。
「なあ、この『五月病』って何?」
近くにいた同僚に訊ねる。余りの札でトランプタワーを建設中の彼は手を止めずに言う。
「『サボり』の符丁ですよ。最初は五月病に罹患したんで休みますって病休取ろうとして失敗したのが起源です」
「へえ。そんな歴史があったんだな」
「歴史は浅いです。作ったの、オレなんで。連休明けってやる気が出ないんですよね」
通りでせっせとトランプタワー建造に勤しんでいるわけだ。
「ちょっと出てくる。直帰になるかもしれないから訊かれたらそんな風に言っておいてくれ」
「了解でーす」
間延びした返事が帰ってくる。
ドアを閉める直前、
「あと、その札磁石がついてるだろ。ズルいぞ」
駅前の大通りから一本入った所に
そして四階に『ざしき怪異保険』が看板を掲げていた。
ーー何度見ても胡散臭い名前だ。
六階の『ひらさかクリニック』(院長・比良坂夜泉)と並んで怪しい響きである。
他の階とは違って人っ子一人居ないフロアは他所の喧騒も届かない。
「お世話になります。
「おお、
口髭を蓄えた恰幅の良い中年紳士が労いの言葉をかける。霧吹きで観葉植物に水を与えていた
「ゴールデンウィークはどうだったかね」
「いやあ、それが……」
「やあやあこれはこれは
百倍くらい元気そうな声が割って入る。つなぎ姿の童女がキャスター付きの椅子を器用に操縦して机や棚の合間を縦横無尽に動いていた。座面に完全に乗っている状態で右左折減速ブレーキまでお手の物だ。
「みくらさんこそお元気そうですね」
氷滝は鞄と一緒に提げていた紙袋を渡す。
「わあっ!お土産?ありがとう!お取り寄せするか迷っていたお菓子なんだよ!すごい!もしかしてエスパー!?」
「以前気になっていると仰っていましたから。連休中にその方面に行く用事があったもので」
椅子ごとクルクル回転して目を輝かせるみくら。お菓子を貰って喜ぶ姿は無邪気な子供そのものだったが、彼女こそ『ざしき怪異保険』の実権を担う人物であった。
「よし、まずはお茶にしよう!
「はっはっは。任せたまえ。一階の喫茶店のマスターには及ぶまいが、日々の研鑽の成果をお見せしよう」
ナチュラルに社長を顎で使うみくら。褒められて満更でもなさそうな
数分後、テーブルには薫り高い湯気が立ち上るコーヒーカップと土産の菓子が並べられていた。
「ん〜!美味しい!」
もぐもぐと咀嚼してパタパタと足を動かすみくら。
「
「いえ今回は観光ではなくてですねーー」
一通り話し終えると
「どうして遺品整理からそんな事件に巻き込まれるのかね。いや座敷童子に脅されて怪異保険などという怪しげな会社を営んでいる私が言うのはアレだがお祓いしてもらったほうがいいのではないかね」
「なんだとー。いつボクが脅したって言うのさ。工事の重機をストップさせただけじゃないか。そもそもボクが先に住んでいたんだから、後からとやかく言われる筋合いは無いよ」
「くそぅ、駅チカマンションでも建てて不労所得を目論んでいたのに。相続する際に告知してほしかった……!」
「まあまあ。店子は皆繁盛してるから家賃収入はあるわけだし。それにボクも会社ってのに興味あったからやってみたかったんだよね。でも名義とか手続きとかややこしそうじゃない。だからボクは閃いた!出来る人に任せれば良いじゃないかと!適材適所!アウトソーシング!ビジネス用語ってよく分かんないけど使いたくなるよね!これぞWin-Winの関係ってやつだね!お陰様で業績好調右肩上がりの千客万来さ!いえーい!」
ノリと勢いで息つく間もなく言葉を紡ぐみくら。
家や人に憑き、富や幸福をもたらすとされる座敷童子。何の因果かこのビルを根城にしているみくらはビルのオーナーである
怪異保険とは字の如く、通常では有り得ない異質で怪しげな物事に対する保険である。
幽霊が怨嗟を撒き散らし、妖怪が悪戯に化かし、神霊が祟る。そのようなトラブルに遭遇した際の備えを商品として扱っている。
「文明が発達しても幽霊や妖怪が居なくなる訳じゃないからね!寧ろ距離感をバグらせて禁忌を破ったりするのが増えてるよね!昔みたいに対処法を修めてる人は減ってるのにね!でも霊感商法はいつの時代もそれなりに流行ってるから不思議!」
勿論、契約者の全てが怪異に行き遭う訳では無い。勘違いや思い込みの場合も多々見受けられる。それらの真偽を判断する実地調査が必要になるのだが、『ざしき怪異保険』は
担当調査員の
「霊障に殺されそうな人に保険金を支払ったところで香典と思われて泣かせちゃうからね!お金にがめついお化けなら御札の代わりにお札を貼っても効果あるかもしれないけど!」
とはみくらの弁。
偽物や紛い物が混在する業界で、正真正銘の霊能者を派遣するのはかなりの優良企業であると
ーー危険手当もつくしな。
勤め人である
喋り過ぎて喉が乾いたのか、みくらはコーヒーを一気飲みすると「それでだね
「確かに大変だったね!お疲れ様!でもその話、物凄くふわっとしてやしないかい?ボクは疑義を呈さずにはいられない!堅実で綿密な仕事をする君にしては珍しいね!お土産を買ってる場合じゃなかったろうに!美味しくいただいたボクが言えることじゃないけどね!」
指摘されるだろうとは予想していたが、案の定斬り込んできた。
「まあ、プライベートでしたからね」
苦笑する
「はて、どういうことだね?追いかけてくる影の群れとか絞殺する日本人形とか年を取らない青年とか恐ろしげなものが盛り沢山だったじゃないか」
みくらは「どういうこともなにも」と人差し指をピンと立てた。
「全部が全部、怪異の仕業じゃなさそうって話さ。だって死体が出ているんだもの!これはちょっとおかしいぞ」
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