連鎖

 南は、目覚めた。

 だくだくと流れる汗が、布団と寝巻きに染みていく。


「……ったく、むかつく」


 さんざんな一日だ。

 残業で帰宅は遅くなるわ、ゲームを始めたら何もできないわ、夢であんな奴が出てくるわ、しかも骸骨になるわ。お陰で、真夜中に起きてしまった。


 一日の記憶を呼び起こす。

 いつも見下している同期に先に帰られ、自分は残業。

 残業しても仕事は終わらず、もうどうにでもなれと途中で放棄して勝手に帰った。

 ――むかつく。

 南は冬弥のことを完全に見下していた。

 声が小さくて、猫背で、ファッションセンスがなくて、いいところなんて目を皿にしても見つかりやしない。徳川埋蔵金の方が、まだ見つかる可能性がある。


 誠実だの、真面目だの、一生懸命だの、そんなのは外見を磨けない奴が言い訳がましく並べる詭弁だ。人は見た目が重要。そして、それを武器に、周りが自分のために動くようにしてしまえばいい。

 南は、女としての己の武器を最大限に使って、天野をはじめとした男どもを手の平の上で転がすのが得意だった。

 ただ一人、冬弥だけは、その武器で倒せなかった。しかも、無駄に仕事ができるときた。


 だから、なおさらむかついた。


 冬弥を目の敵にし、天野に取り入り、上司としての立場を利用して、さんざん追い詰めた。冬弥には残業三昧の毎日を送らせ、自分はさっさと定時退社。

 南は、冬弥の身体と心、どちらが先に壊れるかとほくそ笑んだ。

 だが、思い通りにはならなかった。冬弥は、しぶとかった。

 そんな中での、立場逆転だ。


 天野ばかりに頼りすぎた結果だ。

 ――もっと偉いやつを利用してやらないとね。

 天野のニュースを見た後も、ああそう、くらいの感想しか浮かばなかった。南には、利用できる代わりの男を見つける方が重要だった。


「シャワーしよ……」


 とにかく、この汗を流したい。

 この短時間に二度も風呂に入ることになるなんて。すべてはあいつのせいだ。


 夢の中で、南はゲームをしていた。

 寝る前、どれだけプレイしようとしてもかたくなに反応しないスタートボタンに阻まれて、何もできなかった。代わりに、夢の中でプレイしていたのだ。

 憎たらしい同僚をキャラクターに選んだというのに、怯えたり逃げたりするばかりで、ちっとも言うことを聞きやしない。

 結局、勝手に死んでしまって、あっさりゲームオーバーだ。


 ――夢に突っ込んでも仕方ないけど、子供の頃はもう少し夢中になったゲームなのに、こんなにつまらなかったかしら。


 そんなことを思いながら、何気なしに壁掛け時計を見れば、2:22を指していた。

 どこかざわつくような感じがした心を、気のせいだと納得させ、風呂場へ向かった。


 天野に買わせた高級シャンプーで洗髪する。

 美しくあることが、私の仕事。

 自分の瑞々しい体が湯をはじくのを眺めながら、身体に纏った泡を全て流した。


 鏡に映った自分の顔と体を見る。

 この顔で、この身体で、男たちを手玉に取ってきた。美しさは、武器。強い武器の前に、男は跪けばいい。

 不敵な笑みを零した南を、鏡は忠実に再現する。


「馬鹿な事してないで上がろう」


 タオルで髪を拭き、顔を拭き、身体を拭く。南は気づかない。

 鏡の中に映る南が、全く動いていなかったことに――。




 ― GAME OVER ―

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