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翌日、天野は出社しなかった。無断欠勤だという。
冬弥にとっては願ってもない状況で、過去一番といっても良いほどスムーズに仕事が片付いていき、定時前にはその日の仕事はすべて終えていた。久しぶりに残業をせずに帰れそうだ。
一方で、南は仕事が一向に片付かないようで、あたふたしていた。いつもは天野に取り入って、主に冬弥に彼女の分の仕事まで片づけるよう天野が無茶ぶりしていたのだから、当然の結果といえる。彼女にはなんの権限も無いのだから、いつものように冬弥に仕事を押し付けることもできない。
定時になった。頭を抱える南を尻目に、冬弥は鼻歌交じりに帰宅した。恨めし気な視線を向ける彼女を無視し、冬弥は堂々とその場を去った。
久しぶりに清々しい気分になった冬弥は、帰りに居酒屋に寄った。普段は帰宅が22時を過ぎるのが当たり前ということもあり、疲労困憊で、とにかく自宅に帰って体を休めるのが最優先。そのため、寄り道をすることはない。
定時に帰れるとこんなことができるのか、という今更な感想を持ちつつ、一人酒を嗜むのだった。
焼き鳥と豆腐をつまみに、ビールを3杯飲んだところで、店内のテレビ画面にニュースが流れた。男性が、自宅で無残な死体となって発見されたという。物騒だなと思いながら、最後の焼き鳥を口に入れたところで、その事件が発生したのが隣町だと報道された。
凄惨な事件が起きたのが、あまりにも近所で、冬弥は咀嚼を止めて画面に目を戻す。亡くなった男性の名前と顔写真が映った。
それは、天野だった。
冬弥の手から、持っていた焼き鳥の串が落ちた。
順調な一日に流されていた夢の光景が、見えない衝撃とともに蘇る。さんざん飲み食いした後なのに、喉が渇いた。
何の負い目も無いのに、警察の目から逃れる罪人のように、さっさと会計を済まし、店を出た。
混雑した下り電車に揺られながら、ニュースの内容を思い出す。具体的なところは覚えていないが、無残な状態で死んだということだった。夢の中の天野の生首が、こちらを向く。
嫌いな上司だった。死ねばいいと思ったこともあった。
しかし、殺したいとは思わなかった。いくら天野が人間性をドブに捨てたような男でも、命を無暗に奪ってよいという道理はない。
「お ま え の せ い だ」
生首が、血で濡れた唇を動かす。冬弥に恨みの言葉を投げかける。
「違う……俺のせいじゃない」
「お ま え の せ い だ」
その顔が浮かび上がり、青白い顔に怒気が籠る。
電車が駅に到着し、冬弥の背後のドアがスライドし、続々と人が降りていく。冬弥の最寄り駅は、この次だ。
生首が近づく。
「やめてくれ……」
生首が睨む。
「俺は何もしてない……」
生首の顎が外れ、大口を開け、夜叉のような狂気を纏って突進してきた。
「おまえのせいだ!」
冬弥は絶叫した。
反転し、走った。乗り込もうとしていた乗客を押しのけ、ぶつかり、それでも一心不乱に走った。
背後から迫りくる冷たい狂気に総毛立つ。
ホームを出て、改札を出て、階段を駆け下りて、知らない駅前の通りを叫びながら走った。
心臓と脚が限界を迎え、冬弥は倒れ込んだ。こめかみで鼓動を感じるほど、身体の中を血が暴れまわっていた。
荒い呼吸をすれば、冷たい土と草の香りが、肺の奥に流れ込む。
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