2:22

 冬弥はゲーム機を持って、スタートボタンが浮かんだディスプレイを眺めている。

 スタートボタンを押した。

 押せた。

 二人のキャラクターが現れる。

 男と、女。


 男の方は、上司の天野と瓜二つの、憎たらしい顔。

 女の方は、同期の南と瓜二つの、高飛車な顔。


 画面を壊したい衝動に駆られるが、なんとか耐える。だが、この究極の二択から決断しなければ開始できないとは、なかなかにストレスフルなゲームである。

 冬弥は天野を選んだ。別に、二人を比較して天野がマシだと思ったわけではない。自分と同じ性別のゲームキャラクターを選択するのは、よくあること。今回もそうだった。キャラクター名も、そのまま「アマノ」にした。


 とある村から、ゲームは開始した。封印されていた魔王が復活し、人々の脅威になっている。だから、勇者が旅に出ないといけない。それはお前だ。

 村長からそう言われ、わずかな金と装備を手に、ゲームの主人公となったアマノが、勇者として旅にでる。


 10代の若者ではなく、くたびれた性悪のおっさんが主人公とは、何の冗談なんだか。

 冬弥は独り言ちたが、ゲームをしたければおっさんを使うしかないのだからと、我慢してシナリオを進める。


 モンスターとエンカウントし、戦闘が開始される。冬弥は攻撃のコマンドを選択した。

『アマノは震えて動けない!』

 プレイヤーの攻撃のターンに表示された文字列に、冬弥は呆気にとられた。すぐさま敵のターンになり、容赦ない攻撃を受ける。とはいっても、序盤の敵の攻撃などたかが知れている。

 1だけダメージを食らい、アマノのHPが12から11に減った。


 2ターン目になる。

『アマノは必死に許しを乞うている!』

 冬弥の選択したコマンドとは無関係の行動を取り、また敵は無傷で生存。

 敵のターンで攻撃がヒットし、HPが11から9に減る。


「何してんだよ!」


 その後も似たようなことの繰り返しで、アマノは全く攻撃する素振りを見せず、敵の攻撃を受けるばかりだ。

 そして、8ターン目。

『アマノは泣いて謝っている!』

 無駄にターンを消費した後、敵の攻撃を食らい――。

『アマノは死んでしまった!』

 主人公アマノがHPが0になったことで、ゲームオーバーになった。


「なんだこのクソゲーは」


 冬弥はゲーム機を放り投げた。

 無駄な買い物をした。どいつもこいつも馬鹿にしやがって。

 滾る怒りのままに、心の中で悪態をついた。


 ギャアアアアアアアアアアアア!


 絶叫が響いた。冬弥は飛び起き、その声の元――ゲーム機のディスプレイを見た。

 今の絶叫は、天野の声だった。

 画面の中の光は、意思をもったかのようにゆらゆらと動き、その度にバリバリ、クチャクチャという、何かを噛みちぎって咀嚼するような音が響いた。


 冬弥は唾を飲み込み、恐る恐る近づく。うねる光を上から覗き込む。光が弱まる。

 目を大きく見開き、口から血と涎を垂らし、恐怖に歪んだ顔の天野が、生首だけの姿になっていた。


「うわあああ!」


 冬弥はがばりと起き上がり、その拍子にかけ布団が足元に飛んでいった。

 手を胸に当てれば、早鐘のように激しく鳴る鼓動を感じる。尋常ではない量の汗が、顔や頭の表面をだくだくと流れる。

 嫌な夢を見た。

 上司と動機から嫌がらせをされ、その上、期待したゲームをプレイできなかった落胆が気落ちした感情に上乗せされたせいで、あんな夢を見たのかもしれない。


 手の甲で額の汗を拭って、何気なしに時計をみると、時刻は2:22を指していた。

 その時間になんの意味もないはずなのに、やたら不吉な印象を持った。

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