外見はいいけど中身がヤバい施設の話

閑話休題。30室全室個室の新しい施設の運営開始日が決まったのは、春を少し過ぎた辺りだろうか。7月1日。梅雨も終わりをつげ、夏が顔を出す頃だ。キリのいいこともあり、日程はしっかり覚えている。

そのために、他部署からスタッフが集められた。施設そのものの管理者と、併設して運営される収入源…もとい、介護の新部署であるデイサービスの管理者として、正式に私が任命された。ショートステイで働いていた同僚を、主に居室での介護を行う訪問介護の管理者として任命した。今から思い返せば、一番管理者らしい仕事をしたのはこの時が最初だったのかもしれない。


そして、経営者側が公にしなかったこと…秘密が、梅雨とともにやってきた。施設の受け渡し日、つまり竣工日が6月21日と、我々に告げられたのだ。逆を言えば、施設が完成してから10日で、本格的な運営をしなければならないのだ。

一方、私にも抱えていた秘密があった。帝王切開で迎える第二子の出産日を、6月20日か21日と医師に告げられていたのだ。思えばこの法人に入る際に「これから結婚・出産があるので、その際には手当を出してくれますか」なんて無謀な質問をしたものだが、よくそれが通ったものだ。

しかし、今回ばかりは悩まざるを得なかった。施設完成後の最終確認が6月20日、竣工式を行うのが21日と決められていたのだ。どちらもとても重要な日であり、それゆえに経営陣に言うのをはばかられた。

最終的に、時間的に少しでも余裕がある21日を出産日に選んだ。竣工式に出席し、式が終わったと同時に産院に駆け付け、出産を見守り、無事出産が終わったところで、施設にとんぼ返りして仕事に戻ることにしたのだ。帝王切開だからこそできた離れ業である。第二子は幸か不幸か、いや不幸なのだが、新しい施設と同じ時間で人生を歩むこととなった。


それからの10日間は実に濃密だった。いや、濃密にせざるを得なかった。10日間ですべての機能を把握し、試し、運営に必要な物品を運び入れ、運営に必要な研修を全職員で受ける。当然、夜勤体制も確認するため、誰もいない施設で一人泊まり込みを行う。不平不満を口に出すことはなかった。出したところで何も変わることがないからだ。


そして運営開始日、7月1日を迎えた。経営者側もさすがに30室全部を一気に埋めることはしなかった。だが数日に分けて、それでいて1週間以内に、ほぼ全室を埋めた。要介護1の比較的元気な高齢者から、ほぼ寝たきりの要介護5の高齢者まで、多種多様な高齢者が集められた。

新築とは言え、見ず知らずの所にいきなり放り投げられるのだ。預けられたご入居者の中には、帰宅願望の強い方もいた。自ら望んでこの施設に入居された方など、皆無に等しかった。中には知らないうちに家族からほぼ縁を切られた、天涯孤独のような方もいた。

本来、サービス付き高齢者向け住宅は自立できる高齢者の方が入る自由な住宅だと、前章で触れた。が、実際はエレベーターですら暗証番号を入れないと動かない、「外に出ることのできない」牢獄のようなところだったのだ。


かくして、新しい施設は否応なく船出することとなった。不安のみを抱えたままで。

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