第30話 エンジュと夕飯

 その後は特に目ぼしいものはなかった。露天の賑わいを後にする。

 エンジュの家に着き、俺の家には無いドアをノックし名を告げると中から返事が来る。

「イオド、おかえり! 貴方なら無事だとは思ってたけど、ホントに何ともなさそうね! 丁度夕ご飯にしようと思ってたの。一緒に食べましょう! 色々聞かせて欲しいし」


 食べる必要は無いものの、夕飯を貰えるなら有り難く頂戴する。

 遥か昔にはあったとされる頭上に浮かぶ太陽と呼ばれた天体。この階層都市では頭上に星はない。あるのは無機質な閉ざされた天井だけだ。灯りはほぼ一定に保たれ明るさの変化はないが、昔からの呼び方は変わることなく続けられている。寝る前の最後の食事は夕ご飯。時間はテミス様が定めているようだ。

 席について待っていると、炒め物をしながらエンジュが討伐について聞いてくる。


「エラー個体はどうだった? やっぱり強かった?」

「強さはそこまででもなかったが、表面の力場が面倒だったかな。無理矢理破ったが」

「へぇ、力場はよくわかんないけど貴方が面倒って言うなら、以前の狩り手の人はキツかったろうね」

 香ばしい匂いが漂ってきて俺の鼻腔を刺激する。油が弾ける耳に心地よい音が響く。キノコと何かを炒めているようだ。


「テミス様が対策を練るようだぞ。配下の研究者に調べるよう指示していた。あと正式に住民になったぞ」

「おぉ! おめでとう! これで私たちも動き出せるね」

 ニコニコ嬉しそうな笑顔で、出来上がった料理の乗った大皿を持ってくる。

 思った通りキノコの炒め物だ。肉も一緒に炒められてる。スパイシーな香りに、ある筈のない空腹感が刺激されるような気がした。


「はい、角肉のスパイシーキノコ炒め。薬師さんのスパイスで炒めてるからちょっと辛いかも」

 エンジュが大皿から俺の皿に盛ってくれた。言う通り刺激の強そうな香りだ。付け合わせは何だかわからない棒状のものだ。

「いただきます。⋯⋯口の中がピリピリするな」

 辛味は危険では無いと体内のナノマシンは判断したのか、俺でもしっかり辛さを感じられている。なかなかに美味い。エンジュはしっかり料理も出来るのだな。


「辛すぎたかな? ⋯⋯へへっ、少しスパイス入れすぎたかもね!」

 目覚める前は食事をした記憶がほぼ無い俺が、数日の間に立て続けに食事を摂っている。それも誰かと共に。

 まぁ、先日のは共に食べたと言っていいかは疑問だが。

 悪くない気分だ。


「これから君と探索に出るだろう? その為の装備を作りたいと思ってシュマにも協力を仰いでる」

「へぇ、シュマに。仲良くなったのね。具体的に何を作りたいの?」

「君の防具と武器だ。素材も揃ってる」

 エラー個体の角は黒のナイフでなければ傷がつかない程の硬度で柔軟さも持ち合わせている。硬くて柔軟ということは薄くしても強度を保っていられる。

 エンジュのような非力な女性でも十分装備できるだろう。


「ありがとう! へへっ、結構ちゃんと考えてくれてるんだね」

「君は放っとくとすぐ死にそうだからな。それで、道中いいものを見つけてきた」

 懐から記録媒体を取り出し渡す。

「私に対する評価が酷いわね⋯⋯これは記録媒体ね。見てもいい?」

 頷くとエンジュは手慣れたように操作すると、文字と共に武器の立体映像が浮かび上がる。


「近接武器カタログねぇ。たまに落ちてるけどあまり需要のないやつね」

「売っていたおっさんもそう言っていたが、何故だ? 外は機獣がうようよしているのに」

 護身のためにエンジュのような拾い手には必携のものだと思うが。

「う〜ん。討伐隊の人達みたいな例外はあるけど、基本的に人じゃ機獣に太刀打ちできないのよ。私みたいな単独で動く拾い手は特にね。野生の機獣は出会えば逃げるか死ぬかなの。だから見つからないよう行動するのが大事なのよ」

 なるほどな。戦うこと自体無駄というわけか。


「だが少しでも安全を確保するため防具と武器は装備してもらう。普段は行かない階層にも行く気だろう。敵は機獣だけではないと思うぞ」

 機獣に対して意味はなくとも、人間が襲ってこないとも限らないのだ。それに機獣相手だろうと時間が稼げれば俺の助けが間に合う可能性が上がる。必要最低限の備えは揃えてもらう。


「そうだね、何があるかわからないしね。⋯⋯このカタログの中から選べばいいのね」

「あぁ。この村にある武器は君に扱えるとは思えないからな。俺も君に合いそうな武器は探しておくが、君の意見も聞きたいからな。じっくり選んでくれ」

「これは借りちゃっていいの?」

「あぁ。アームデバイスに一時的に保存してある。決まったら⋯⋯二、三日したら来ようか?」


 俺の家に来てくれと思ったが、エンジュを来させていいものか迷う。変人が多いと聞くし。俺が悩んでいると、

「決まったら貴方のアームデバイスに連絡するよ。シュマに教わらなかった?」

「あぁ」

「あー、あいつこの機能苦手だって言ってたしなぁ。⋯⋯ちょっと待ってね」

 エンジュがデバイスを操作すると、俺のデバイスの画面に文字が現れた。

『エンジュの登録を許可しますか?』

 許可を選ぶ。


「これでデバイスで連絡できるようにしたよ⋯⋯あと、花言葉教えるって覚えてる?」

「花言葉? ⋯⋯あぁ、君の名前の。もちろん覚えてるぞ。討伐したら教えてくれる話だったな」

 何故かわからないが、聞いておいた方がいいと思ったのを覚えている。

「何かちょっと照れくさいね。わたしの名前の花言葉は『幸福』なんだ」

「シンプルだが、いい意味だな。君は愛され祝福されていた」

 母親がいかに彼女を大事に思っていたかが伺える。

「えへへっ、ありがと!」

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