第26話 解体

 背後で扉が開く空気の抜ける音がした。

 振り向くと、いつにも増して不機嫌顔のシュマと恐る恐るといった様子の回収部隊の面々。子羽根が自動でシュマの手元に戻っていく。


「よぉ、よくやったな。子羽根も壊さなかったみたいだ。これでお前にも滞在許可が出ると思うぜ」

 シュマが労いの言葉を掛けてくれるが、どこか俺を見ているようで見ていないような捉えどころの無い眼差しに違和を感じるが、シュマも本来なら来なくてもいい案件だ疲れてるのだろうと判断する。


「あぁ。問題はなかった。それで、この後は解体を待って帰還する感じか?」

「そうなるな。テメェもちっとは疲れただろ。終わるまで適当に待っとけ」

 シュマはそう言うと、壁に寄り掛かり難しそうな顔で目を瞑ると、考え事をし出した。

 俺は特に疲れてはいなかったから、適当に解体してる者たちの手元を覗き込んだりして回ろうと思う。


 回収部隊と言うだけあって、皆手際が良い。エラー個体は死んだ事で力場が作られなくなったようで、普通に解体用のナイフで金属質の革を剥ぎ取っていく。

 あの解体用ナイフはなかなか切れ味鋭いな。力場が無いとはいえ金属質の皮を難なく切り裂いていく。まぁ、俺には黒のナイフがあるから必要ないが。


 見て回っていると、一人他より綺麗に皮を剥いでる者がいた。よく見ればリーダー格の禿頭の男だ。やはりあの不快な匂いのタバコを吸っているが集中するために必要なのだろうな。俺はそう判断し、離れようとしたのだが俺に気づいた禿頭がギョッとして振り向く。


「こ、このタバコは一応意味がないわけじゃ無いんだ! げ、ゲン担ぎ程度でしかないとはいえ機獣よけの効果もあるんだぜ」

 脂汗を流しながら必死で弁明する禿頭。来る時とは違い、俺は止めろと言ったわけではないんだが、涙目で言われると少し悪い気がしてくる。


「いや、作業の邪魔をしたのは俺だ。吸っててもらって構わない。⋯⋯しかし、転移装置の近くは機獣が寄り付かないのではなかったのか?」

 エンジュにそう説明されたのだが、彼女の勘違いだったのだろうか。

 俺に吸ってて構わないと言われた禿頭は、ホッとした顔で説明してくれた。

「悪いな。確かに転移装置には機獣避けの効果がついてる。だが、それも完璧ってわけじゃないんだ。強力な機獣になると効果が薄いのか近くまで来ちまう事もあるのさ。それで機獣の嫌がると言われてる匂いのタバコを吸うんだ。気休めとはいえあながち馬鹿にもできないんだぜ」


 そのタバコにそんな効果が。周りを見ると、俺に遠慮してたのか回収部隊の面々が各々吸い始めた。

「そのタバコもあの治癒促進剤を作った薬師の作品だぜ。テメェには必要なかったみたいだがな」

 治癒促進剤か。今回は怪我を負う余地がなかったからな。いつか使う時が来るのだろうか。

 

                  ◇


 皮も肉もあらかた剥ぎ取り終わり、撤収するかと回収部隊の面々が片付けを始めた。

 俺はほぼ骨になった角肉をみやる。

 あの赤黒い巨角は持ち帰らないのだろうか?

 戦闘時、受け止めた感覚からするとかなりの硬度と強靭度だと感じた。

 武器にしても防具にしてもそれなり以上のものが出来上がると思うのだが。


「なぁ、この角は置いていくのか?」

「ん? あぁ、普段は捨ててくんだがね。良さそうな素材だからちと勿体無いがこの角は硬すぎてな。持ってきた器具じゃ歯が立たなかった。置いとけば鼠が掃除しといてくれるだろうぜ」

「鼠というのは何かの比喩か? この角や骨をまさか食べる存在でも居るのか?」

「あんたは、そういや旅人なんだってな。知らないのかも知れないな。鼠ってのは比喩じゃねぇよ。もちろんなんの変哲もない鼠が食うわけでもないがな。小さい機獣がいるんだよ。普通の鼠と区別がつかないくらい群れに混じってるみたいでな、もう小せぇのは鼠って呼んでんだ。貪欲で動かなくなった他の機獣を群がって何もなかったみてぇに跡形もなく食っちまうのさ」


 そんな機獣がいたのか。転移装置の機獣よけが通常の鼠と機獣の鼠が混ざった事で効かなくなってるのか? だとしたら相当危ない存在だと思うのだが、彼らがそれを気にする風でもないのは何故だろうか。

「転移装置の機獣避けが効かないなら危ない存在ではないのか?」

「まぁ、そういう意見もない訳じゃないがどういう訳かあいつら機獣以外食わねんだ。だからよく分からないが放っておいてる」


 機獣以外に興味を示さないのか。階層都市の浄化機能の名残りだったりするんだろうか。まぁ、彼らが気にしないと言うなら俺はどうでも良いんだ。それより角だ。

「なるほどな。ところで角はお前たちが持ち帰らないなら、俺がもらっても良いか?」

「そりゃ構わないが、切れるのか? 相当硬いぞ」

 確かにあの角は硬い。獣挽きでも切れなくは無いだろうが時間が掛かりそうだ。

 だが、俺には秘密兵器がある。

「恐らく問題ない」

 俺は黒のナイフに手をかけ引き抜く。

 闇が刃を模ったような一切光を反射しない刀身。こいつならこの角も切り落とせる筈だ。

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