第25話 シュマの驚愕

            シュマ視点


 最初は面倒くせぇの拾ってきやがってよとイラついた。

 そんなことしてる場合かよ、拾い手もやめて大人しくしてろとも思った。

 でも流石にそこまでは言えなかった。あいつが記録媒体に希望を見出してるのは分かってたし、希望が無けりゃ何をしでかすかわからねぇ行動力をあいつは持ってる。

 記録媒体探しに執着している間は、下手な行動は起こさないだろうと思ってた。


 そうして放っておいたら訳の分からねぇ男を拾ってきて、なんやかんやで俺はそいつのお目付役だ。

 テミス様に言われて武器を渡しに連れてった時は驚いた。噂でしかないと思ってた剣が実在してやがるしあいつは何故か武器を手懐けやがるしよ。

 武器を手懐けるって何だよ。意味がわからねぇ。

 あんな見るからにヤベェ武器に認められるなんざ、あいつはどこか異質だ。


 まぁ、少なくともエンジュに害意がある訳でもねぇし、腕が立つっていうなら便利に使ってやるかという気にはなった。そもそもテミス様の判断を疑うわけにはいかねぇし。

 エラー個体討伐当日、奴と回収部隊の雰囲気はあまり良くねぇ。俺が気にすることでもねぇけど。


 ただ、道中、あまりにもこいつが緊張も何もなく自然体であるのが気になった。怖くはないのか? 一人で機獣と、しかもエラー個体と戦わなくちゃならねぇのに?

「⋯⋯なぁ、テメェは何でそこまで自信があるんだ? テミス様もお前が狩る事を疑っちゃいねぇ。角肉に会ったことはないんだろ?自信の根拠は何なんだよ」

 戦いの前にビビらねぇ人間はいねぇ。俺だって戦いの前はいつだって恐れてる。絶対に表には出さないようにしてるがな。


「⋯⋯俺は自分の事に関しての記憶が殆どない。だが戦闘に関しての感覚が頭蓋の奥で燻ってるのを感じるんだ。———俺は強い。確かに根拠はない。それでもわかるんだ」

 意味がわからねぇ。嘘や虚勢を張ってる雰囲気じゃねぇ。マジでビビってねぇのか?

 根拠のない自信なんて馬鹿の蛮勇だと、俺は常々考えていた。だがこいつの言う根拠のなさは、ただの馬鹿とは違う何かを感じた。こいつは確信してる。自分の強さに。

 イラつくぜ。根拠もねぇのに何故そこまで自信が持てる。


「そうかよ。———跳ぶぞ」

 俺は考えるのを一先ずやめた。ただただイラつくだけだ。

 奴が扉に入る前に、お目付役の名目を果たすためのぶつを渡す。子羽根は数が少ないからな壊さなねぇよう忠告しておく。


「⋯⋯信号を確認。映像出る」

 子羽根の対になる遺物『水盆』子羽根が映した映像を立体化させ観ることができる。この場に残った俺と回収部隊で奴の戦闘を見守る。

「誰だか知らないが、自殺志願者か? こんな茶番に付き合わされる身にもなれってんだ」

 回収部隊のハゲがブツクサ文句を言ってきやがる。あいつに直接言わねぇのは無意識に奴の異質さでも感じ取ったのか。


「⋯⋯話を聞いてなかったのか? あいつはテミス様が直々に指名した。お前はテミス様を疑うのか?」

 俺は一度疑ったが。

「い、いや疑うわけじゃねぇさ。とてもそんな凄腕には見えなかったから——」

「もういい、黙れ。始まるぞ」


 宙空に投射された像、奴とエラー個体が今まさに激突しようというところだ。

「あいつ何を⋯⋯」

 エラー個体が突撃しようというのに奴は左手をあげて受け止めようとしてやがる。

「馬鹿か死ぬぞ!」

 ハゲが耳元で叫ぶ。


 あぁ、こいつはただの馬鹿の側だったのかと落胆しそうになった。

「嘘だろ⋯⋯、おいこの映像は本当なのか!? 故障してるわけじゃないのか?」

「⋯⋯故障はしてない。シグナルは正常だ」

 ハゲが信じられないのもわかる。俺だって故障を疑った。だが故障はしてねぇ。あいつは死んじゃいない。あろうことか、エラー個体の突進を片手で止めやがった!


 それだけでも信じられねぇのに、奴が突進を受け止めた次の瞬間には、エラー個体が壁に叩きつけられていた。

「———何が起きてやがる」

 奴が異形の大剣を叩き付けたんだろうというのは、振り切った態勢から推測できる。そう推測だ。振った瞬間がまったく見えなかった。目で追えなかった。

 気づいたらエラー個体が壁際で倒れていた。こんな動き、まるで隊長の本気の時みたいだ。


「だが傷はついてねぇみたいだ」

 振る瞬間を視認できないほどの斬撃にもエラー個体は傷一つ付いていないように見える。少しフラフラしてるが、表面に傷は見られない。

「あの硬さだ、あの防御力を狩り手共は突破できなかったんだ」

 あいつの攻撃でも傷がつかないエラー個体。どう突破するんだ。

「ん? あいつ、今度は何を⋯⋯」

 あいつは何か考える素振りを見せると、側に落ちていた残骸を拾うと軽くエラー個体に投げつけた。


 軽く放ったようにしか見えなかったのに、投げつけられたエラー個体は再び凄まじい勢いで壁に叩きつけられる。叩きつけられた壁に刻まれた跡が衝撃の凄まじさを物語っている。

「⋯⋯⋯⋯」

 もはや俺も含めて言葉を発する者はいない。あまりにも圧倒的な戦い様に何も言えない。


 エラー個体に向かって走り出そうとした奴は立ち止まると、大剣から伸びた触手と何やら話し始めた。

「剣が⋯⋯」

 奴が何か操作したのか、異様な刀身が回転し出した。投射された映像の輝度が上がる程の光量。凄まじい回転数だ。


「———突っ込むぞ!」

 火花を撒き散らしながら突撃していく。左前足に斬りかかった瞬間、エラー個体表面と刀身の間に揺らぐ何かが見えた。

 一瞬見えた揺らぎはすぐにガラスの様に砕け散り、前足が嘘みたいにあっさりと斬り飛ばされる。


 その後はもうただの介錯でしかなかった。作業のように落とされる首。噴き出る鮮血がなければ戦いがあったのかと疑ってしまうくらいあっさりとした幕引き。

 思えば最初から戦いにすらなって無かったな。あいつは、イオドは己の自信に根拠など無いと言っていた。イラついた。カッコつけやがってと呆れもした。だが。

 信じる信じないの問題じゃねぇってことかよ。そういう次元の話ではなかったのか。


 イオドの野郎の、桁外れの膂力とスピード。まるでかつて憧れた隊長の動きを見ているみたいだった。いや、もしかしたら超えてたかも知れねぇ。

「あいつもその域にいるって事かよ。⋯⋯イラつくぜ」

 俺には至れないと思っていた強さの領域。ミゼーア隊長や討伐部隊のシングルナンバー、特別な存在だけが至れる頂。


 普段狩り手としか行動しない回収部隊はこのレベルの強さを生で目撃するのは初めてだろうな。大半はビビってるが、憧れの目で見てる奴もいるか。

 俺は割と見慣れていた。隊長と訓練してたしな。驚いたのはそこじゃ無い。

 俺と変わらねぇような平凡な気配しかしないイオド。現に回収部隊にも舐められてた。

 そんな奴が持ってていい力じゃねぇだろ! もっとそれは特別であるべきだったんだ。じゃねぇと諦めた俺は何だったんだよ?

 俺と奴で何が違う。

 何が違うってんだ⋯⋯。

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