第21話 お隣さんと交流

 紫色の泡を吹いて倒れてしまったプルナを、取り敢えず彼女の家の寝床に寝かす。

 幸い泡は吹いたものの、ぶつくさと触手がどーのキノコがどーのと寝言を呟いているので命に別状はないだろう。

 ただ泡の色が色だったので、念のため目覚めるまで側で様子を見ようと思う。


「⋯⋯俺は何ともないし、純粋に美味しかったのだがな」

 恐らくあの名状し難い色合いのキノコかそれとも肉の両方か、人間には食せない素材だったのだろう。

 俺は問題なかったので、この女が目覚めたらどこでこのキノコが採れるか聞こうと固く決意する。恐ろしいほどの旨味だった。


「⋯⋯う〜ん⋯⋯」

 俺がキノコの旨味に思いを馳せて過ごしていると、プルナが真っ青な顔で目を覚ました。

「⋯⋯あれ、あたし気絶してた? 新作の試食したところで記憶が途切れてるけど⋯⋯」

「目が覚めたか」

「あら、あんたは⋯⋯あぁ、お隣さんよね。あなたは無事だったのね。うーん今回も失敗だったかぁ」


 プルナは気怠げに寝床から起き上がり、頭を痛そうに抱えながら寝床の縁に座り直す。

「あれは失敗だったのか。俺には今まで味わったことがない程美味かったがな。是非キノコがどこで獲れるか知りたい」

「そう言ってもらえるのは嬉しいけどね。食べたら倒れちゃうのはダメよね。死ぬかと思ったわ。⋯⋯あなたは本当よく無事だったわね。キノコはね薬師さんに分けてもらったから彼女に聞いた方が早いわよ」

 まぁ、人間とは違うしな。味覚や嗅覚も違うらしいのはプルナの反応を見て理解した。この身体は栄養の摂取がほぼ必要ないから今まで気づかなかった。そして、今度薬師に会いに行こうと誓う。


「身体は頑丈なんだ。⋯⋯少し気になったんだが、君は料理人なんだろう? 何故ここに居を構えてるんだ」

 彼女のようなやる気もあり技術を持つ人間ならもう少し中央寄りの場所に住めるのではないだろうか?


「⋯⋯頑丈の度合いを超えてる気もするけど、まぁいいわ。うーん、ここに住んでるわけはね、あたしがまともな食材を使わずに料理するから異臭騒ぎが起きちゃってね。何度か警告は受けたんだけど、研究を辞めたくなくてね。ここに移動させられちゃったのよ」

「まともじゃない食材とは何だ?」

「狩り手が狩ってくるような角肉の肉じゃなくて、階層都市のいたるところを闊歩してる機獣の肉を食べられないか試してるのよ」


 野生の機獣というと、俺には一つしか思いつかない。

「眼紐とかか?」

「そうよ。それだけじゃないけどね。今回の煮物も眼紐の触手を平行菌糸類の一種で煮込んで毒抜きしたものよ。⋯⋯まぁ、毒は完全には抜けてなかったみたいだけどね」

 あれは眼紐の触手の肉だったのか。あれ程美味いのなら捨て置かずに持って帰ればよかったな。


「⋯⋯この村に来る前に一体の眼紐と交戦したんだ。まさか食べられるとは思わなかったから置いてきてしまった」

 俺が眼紐と戦ったことを聞いたプルナはカッと眼を見開いて俺に詰め寄ってきた。

「あなたもう眼紐と戦ってるのね!? ⋯⋯そうよねテミス様が依頼するくらいだしね! あたしにも運が向いてきたかもしれないわ!」

 ゆるい雰囲気だったプルナの突然の豹変に面食らう俺。


「話が見えないが、君の運と俺に何か関係があるのか?」

「関係大有りよ! 基本的に食肉用に改変された機獣である角肉と、そこらを飛び回ってる眼紐とかの野生の機獣は強さが段違いなのよ。あたしが手に入れたこの触手だって機獣同士の争いで死んだのを運良く手に入れられただけなの。でもあなたが協力してくれれば今よりは安定して素材を手に入れられるようになるわ!」

「素材なら狩ってきてるものもいるだろう? 村の中で機獣の素材を取引してるのを見たが」


「あの人たちも積極的に狩ると言うより、村に近づいた機獣を仕方なくって感じだからね。それに機獣の肉は毒があったり臭いが酷かったりするから爪とか牙とか、角肉を狩るために役立つ部位しか持って帰ってこないのよ。———あいつら目先のことしか考えてねぇ!」


 肉は捨ててしまうのか! 何ともったいない。

 だが、食糧が欲しいだけなら、大人しく角肉を狩ってればいいのではないのか?美味しい眼紐を安定して食べられるのは魅力的だがプルナが必要に思う理由がわからない。

「眼紐の肉が必要なら狩りに行ってもいいが、食べられる俺はいいとして、君は態々毒抜きをしなければ眼紐の肉など食べられないだろう。何故必要なんだ? 基本的な食事は配給されるし贅沢したいなら角肉を食べればいいではないか」


「⋯⋯あたしはねテミス様に依存しきっているこの村の状態は非常に危ういと思ってるの」

 俺には特に問題があるようには思えないがな。何もしなくとも最低限の生活は送れる。か弱い人間には理想の暮らし方ではないか。

「何の問題がって顔ね。じゃあ聞くけど、この階層都市ができる前から居たと言われているテミス様。あたし達の生活の基盤は全てあの人が整えてくれる。テミス様のもとで暮らしていれば確かに不自由無く生きていくことはできる。住むにも食べるにも困らない。でもテミス様はAIよ。この壊れた都市の一部と言ってもいい。———あの人が壊れない保証は誰がしてくれるの?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る