第20話 お隣さん
エンジュの夢を聞いた俺とシュマは時間も時間なのでお暇することにした。
当初の予定である俺の仮の住まいまで案内してもらう。
それにしても、俺はエンジュの語る夢に対してそこまでする程のものかという気持ちがある。
だが何故だろうか、夢を語る瞳に見つめられると否定の言葉が出せなかった。
逆に手伝ってやりたいと、なんとかして夢を叶えさせてやりたいとも思ってしまっている。
矛盾していると自分でも思ってしまう。先導するシュマの背中を無為に眺めながら、過ぎゆく街並みの雰囲気が変わっていくのを感じ始めている。
「テメェの取り敢えずの住処は最外縁にある。あそこら辺は、まぁその日暮らしの連中の集まりだ。治安が悪いわけじゃねぇ。単純に無気力な奴らが多いからあまり楽しい場所じゃねぇ。変人も多いしな。奴らは必要最低限のものさえあれば満足なんだとよ」
シュマの言うように最外縁付近にはボーッと地面に座って虚空を見つめるものがちらほら目につく。家も扉などはついていない。中に見えるのは簡素な寝床らしきもののみで、完全に寝に帰るだけの場所だ。
「最初に門から入った時は彼らみたいな者は見当たらなかったが。わいわい商売に勤しむ者たちで溢れていたような気がするが」
「最外縁は微妙に門通りからは外れてるのさ。道も細く分かりずらい。テミス様はあまり子供らにここの住人を見せたくはないんじゃねぇのかな。何の発展性もない奴らだしな」
ふむ、仮とは言え俺の住処は何やら問題ありな場所にあるようだ。
「なんでテメェの仮住まいがここかは知らねぇが、エラー個体を討伐すりゃあもっと上等なとこに移れるんじゃねぇか? 頑張れよ⋯⋯っと、住所はここだな」
シュマが案内してくれたのは、最外縁に足を踏み入れた時に見た家々と何も変わらぬドアなしの家屋らしき建物だった。
「ここか⋯⋯」
「まぁ、気を落とすなよ。仮でしかないんだ。テミス様も急だったからな、ここしか見つからなかったんじゃねぇか?」
普通の感覚からすると気落ちするような家屋であるが、俺はそもそも野宿でも構わなかったわけだし。
「問題はない。討伐は明日だったな。来た時の門まで行けばいいのか?」
「いや、入った方とは反対の門だ。テメェのデバイスにアラームを設定しておいた。鳴ったら準備して門までこい。⋯⋯じゃあな」
用は済んだとばかりにとっとと帰っていくシュマ。
そうかデバイスにアラームまでやっておいてくれたのか。彼は突き放すような言動が目立つが、思ったより世話焼きで几帳面なのかも知れないな。
この後は特にやる事もないので、仮の住まいに入って寝ようかと足を踏み出すと、お隣さんがこちらを伺ってるのが目の端に捉えられた。
長い黒髪で薄汚れたエプロンを雑に着込んだ、野生的な目付きの女性だ。
短い間とはいえ、これから隣に住むのだ。挨拶はしっかりしよう。
「今日から仮ではあるが、隣に越してきたイオドだ。よろしく頼む」
俺の引越しの挨拶に、お隣さんは意外そうに目をひらいて挨拶を返してきた。
「こんなところに越してきた奴なのに随分礼儀正しいね。あたしはプルナ。⋯⋯デカい剣持ってるけど、あんた狩り手なの?」
プルナと名乗った女は俺の背負った剣に怪訝な目を向けている。
「いや、俺は狩り手ではない。訳あってテミス様からエラー個体の討伐を依頼されている」
「へぇ〜、君強いんだね。テミス様から直接依頼されるなんてね。⋯⋯の割にはここに住むんだ?」
それについては俺にはわからないし、不満もない。
挨拶はこれくらいにして引っ込むかと思っていると、プルナの家から何だか美味そうな匂いが漂ってくるのを感じた。
俺がプルナの家に注意を向けたのを察したのか、プルナが説明してくれた。
「あぁ、臭っちゃった? あたし料理研究家をしててさ、今試作品を仕込んでたんだ。少し思ったのと違う風になっちゃったけど味は悪くないと思うんだよね。食べてみる?」
ほぉ、無気力な連中の集まりとシュマは言っていたが、このお隣さんは違うようだ。こんな料理に意欲的な人物が何故こんなところに住んでいるんだろう。
とにかく、ちょうど腹も空いてる事だしお言葉に甘えようと思う。
「貰えるというならありがたい。頂戴する」
「えっ! マジで食べるんだ!? 冗談のつもりだったんだけど、まぁ食べたいというなら。⋯⋯どうぞ」
プルナが自分の家からお椀に注いで持ってきてくれた。ありがたく受け取る。
食材が何かは判別がつかないが、ロープ状の肉とキノコっぽいようなこの世の物とは思えない色合いの何かの煮物なようだ。食欲をそそる芳しい香りだ。色のない透明なスープは味付けは塩くらいなのか。
「⋯⋯美味い」
ホロホロと柔らかくほぐれている肉に、スープの出汁がよく絡んで手が止まらない。出汁はキノコらしきものから出ているのか? とにかく濃厚な旨味の暴力に俺はただスープを貪ることしかできない。
「あ、本当? 味見は勇気が出なくてまだなんだけど、そうか臭いの割に味はいいタイプだったか。⋯⋯どれあたしも」
匂いの割にというが、俺には美味そうな匂いにしか感じないけどな。
プルナがいそいそとお椀に注いで戻ってきた。
「よーし。いくよ!」
プルナが気合いと共にお椀の中身を口に含む。
「———————っ!!!!!」
聞いた事もない金切り声をあげて、泡を吹きながらプルナがぶっ倒れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます