第16話 薬師怖い
「⋯⋯検査に少量の血が必要なんだけどね、まさか針がささらないとは。もう手に入らないかもしれない素材だったんだけどね」
俺の首筋に刺さらず折れ曲がった針を、もの悲しそうに見つめる店主。
殺気がないと思ったら検査に必要な事だったのか。
「言ってくれれば血ぐらい提供したぞ?」
「こういうのはハッタリも大事なんだよ。最初に凄そうなところを見せておけば患者はこっちの言うことをよく聞くようになるのさ⋯⋯はぁ」
よほど希少な素材で出来ていたのかものすごく落ち込んでいて、俺は悪く無いはずなのに罪悪感を覚えてしまう。
「エラー個体を討伐したら、その針の素材をどうにか探してやるから落ち込まないでくれ」
店主の肩に手を置き慰めるように言うと、ガシッと手を掴まれ、
「———言質はとったよ。絶対に取ってきてもらう。場所自体は分かってるけど危険な場所でね。気軽には取りにいけなかったんだ」
落ち込んでたのが嘘のようにウキウキな声音で言質を取られた。あの落ち込みようは演技だったみたいだ。
「これで君にはしっかりと生きて帰ってきてもらわないと。⋯⋯君自身にも興味出てきたしね。この針が刺さらないとか意味がわからないよ。普通とは違うと思って特別な針を用意したってのに。⋯⋯さ、検査するからどうにかして血を一滴おくれ。治癒促進剤は個人個人で配合を変えたほうが効果が出やすいのさ。そこらの安物と違ってね」
店主が別の検査機を持ってきて俺に差し出す。
俺は親指を一噛みし、滲み出た血を一滴垂らす。
「⋯⋯あの針が刺さらないのに噛み切れはするんだね⋯⋯もしかして別階層の⋯⋯」
俺が指を噛むところをじっと見ながらぶつぶつ言ってる店主。
そういえば俺が人間じゃ無いのは秘密にするとエンジュと約束したんだったな。
検査をしても大丈夫だろうか?
検査はやっぱりなしでと言おうとしたところで、
「ん、検査結果出たね⋯⋯へぇ、意外だね。人間に似た種族かと思ったんだけど、一応人間の範疇に収まってるね」
もう検査が終わってしまったが、一応セーフだったようだ。色々混ざってるはずだが割合的には人間の要素が多かったのかもしれない。
「⋯⋯ふぅん、この値は面白いね⋯⋯これは逆に低いのか⋯⋯興味深い」
店主は結果が出た検査機器を眺めてまだぶつぶつ言っている。
「それで、店主よ。俺の治癒促進剤は用意してもらえるのか?」
ぶつぶつと自分の中から帰ってこない店主を呼んで戻す。いい加減シュマが暇そうに瓶の内容物を眺めたりしている。俺もなるべく早く次に行きたい。エンジュがどうなったかも気になる。
「あぁ、結果も出たしすぐ調合するよ。ちょっと待ってなね」
そう言い残して店の奥に消えていく店主。
「次は何を買いに行くんだ?」
すぅーっと消えていく店主を見送り、暇そうに乾燥した植物を嗅いだりしていたシュマに、今後の予定を聞く。
「あぁ、防具を買いに行こうと思ってたんだがよ、テメェに防具が必要なのか疑問に思っちまったぞ。薬師の野郎聞き間違いじゃ無けりゃアダマンチウム製の針って言ってたよな。超硬質体に次ぐ強度の金属だぞ? テメェの身体はどうなってんだ?」
まずいな、シュマが少なからず疑いの目を向けてきているような気がする。
どう言い訳したものか。
「それはだな、⋯⋯そう、店主は少し狙いがズレてな俺のこの服に針を刺してしまったんだ。これは特別な装甲服で革にしか見えないが相当丈夫なんだ」
俺は、己の身体にフィットする割には動きを阻害しない革なのか何なのかわからないスキンスーツを指差す。
「ほぉん、まぁ不思議な感触だな。なかなか頑丈そうではある」
シュマがぼすぼすと服の上から拳で叩く。
「⋯⋯だけどこれで防げるかぁ? アダマンチウム製だぞ?」
俺の拙い言い訳では誤魔化すのは無理か? そもそものシュマからの信用度も低い状態ではもっとマシな言い訳を考えるべきだったか。
俺が少し焦りを覚え始めたところで、店の奥から店主が棒状の物を持って出てきた。
「シュマ坊もまだまだお子ちゃまだね。アダマンチウム製の針なんてそうそうあるわけ無いだろ。ちょっとした薬師ジョークだよ。お客に自分は特別な存在かもと思わせて色々買って貰おうという涙ぐましい営業努力さね」
あの針はアダマンチウム製ではなかったのか。心配する必要はなかったのか。
「あ、何だよアダマンチウム製ってのは嘘かよ。後で見せて貰おうと思ってたのによ」
「男って生き物は幾つになっても変わらないねぇ。はい、治癒促進剤。三本用意したけど、一日に使っていいのは二本までだよ。三本目は使わなきゃ死ぬって場合以外は使わないようにね。ホルスターも付けて少しまけとくよ」
店主が三本の治癒促進剤を脚につけるタイプのホルスターに入れて渡してくれる。
俺は腕のデバイスを店主に向ける。店主も腕のデバイスを俺のに近づける。
「ん。取引完了だね。ご利用は計画的に。討伐が終わったら依頼したいことがあるから店に寄っとくれ」
俺は分かったと頷くと、ぶつくさ文句を言いながら店を出ようとしているシュマについて行く。
すると後ろで店主がボソッと俺に耳打ちしてきた。
「⋯⋯君が特別な存在だってのは秘密にしといてやるよ」
こいつは貸だよとニヤッと笑うと店主は扉を閉めた。
俺はこの店主には敵わないなと嘆息した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます