第9話 村へ

 エンジュを抱えて跳んだ先は、先ほどまでいた元は大きな街っだったであろう廃墟と違い大小様々なパイプの入り組んだ通路だった。

 壁も天井も床もパイプや何に使うのか不明なコードで覆われている。

 所々配管が劣化したり破れたりなどして正体不明の液体が流れ出ている。


「ふむ。これはどこが超硬質体かどうかわからないな。踏み抜くのもしょうがない」

「でしょ! 私がドジなわけじゃないのよ!」

 ドジじゃないかは置いておく。こんな空間ならミスもするだろうが。


「この道を進んだ先に村があるのか?」

 真っ直ぐに伸びた配管だらけの道は点になるほど先まで続いて終点が見えない。別れ道もあるようだが、村が出来るほど広い空間があるのだろうか。


「あぁ、この迷路みたいな場所の特定の箇所に転移装置があってね。そこから村まで跳ぶのよ。昔の拾い手がここに設置したみたいでね。この近くに資源精製槽のある部屋があって、ここまで必要な資源を作りにくるのも拾い手の仕事の一つなのよ」

 エンジュが誇らしげな顔で説明してくれる。


「ここに機獣は出ないのか? あまり警戒してない様だが」

 下の廃墟を歩いていた時はキョロキョロ警戒していたエンジュが、安心している様に見える。

「そうね、この階層全体ではないけど転移装置が設置されてる場所からある程度の範囲は機獣が寄ってこないようになってるの。で、ここはその範囲内だから平気なのよ」


 エンジュが左腕についたデバイスを見ながら答える。彼女が指で画面を操作するとブルーの灯りで安全であると知らせてくれるようだ。

「なるほどな。落ちた先の廃墟は範囲では無かったんだな」

「そう。たぶん村では私が初めて見つけたんじゃないかな? あんな場所があるって言われなかったし」


 どこにどんなモノがあるか完全な把握など階層都市では不可能だ。推測するに記録媒体を探して仕事をサボってうろついていたのだろう。そして記録媒体を見つけたはいいものの、床を踏み抜き機獣に見つかると。エンジュは運がいいのか悪いのかわからないな。


 他愛もない会話をしながら歩くことしばし、目的の場所に着いたようだ。

「ここが転移装置よ」

 筒状の三、四人入るのがギリギリな筐体が鎮座していた。かなりの時の流れを感じさせる、埃やら何やらがこびり着いた筐体。だがそれに反して壊れそうな感じは見られない。大分頑丈に造られているようだ。


「さぁ、入って。あ、絶対にはみ出ないでね。貴方が超硬質体並みの強度なら問題ないだろうけど、そうじゃないならはみ出た部分はここに置いてかれるわよ」

 転移装置の筐体を興味深く眺めていると、エンジュが全く笑ってない目でそんな忠告をしてきた。

 流石の俺でも超硬質体並みの強度は無いはずなので、忠告には素直に従って大人しく中央に寄る。


「まるで見たことがある風に言うんだな」

「お調子者がね、カッコつけて入り口付近に手を掛けてたら指の第一関節から先が無くなってたわ」

 エンジュはあまり興味なさそうに、筐体の中程に設置されたモニターを触って何かを設定している。モニターの冷めた光に照らされるエンジュの横顔から話題のお調子者は友人ではないのだろうと感じた。


「一瞬、気が飛ぶ感じがするけど慌てないでね。———1、2、3、行くわよ!」

 エンジュがモニターをタップするとブゥゥンという低く振動する音が鳴り始める。

 入り口から見える外の配管だらけの景色が霞みがかるように揺らぎ、電光が迸り始めた。


「———っ!」

 ブツっと電源が落ちるような感じで目の前が暗くなる。すぐに復旧すると、筐体の入り口から見える光景が変わっていた。

「無事着いたわよ。ここから少し歩くと村に着くわ」

 目覚めた廃墟や配管だらけの通路とも違う恐ろしいほど殺風景な、金属の床に入り口のない四角い箱が林立する場所だ。


「こんな場所に村があるのか?」

 正直、人が住めるような場所とは思えない。

「あるわよ。言いたい気持ちもわかるけどね。行けばわかるわ。ここは色々と都合がいいのよ」

 歩き慣れた場所なのだろう、エンジュは迷いなく歩みを進めていく。


 歩くことしばし、村にたどり着いたようだ。

 村は白い材質の何かをくり抜いて棲家にしているようだ。階段や橋で繋がった家々がまとまっている。

 外周をぐるっと金属製らしき高い壁で囲ってある。


「着いたわ。貴方は別の階層からの旅人ってことにしといて。ピンチだった私を助けた人」

「了解した」

 柵の閉ざされた入り口に近づくと、壁に食い込むように併設された小屋から男が一人、槍のように見える武器を片手にでてきた。


「⋯⋯げ、今日の門番シュマかぁ」

 何やらエンジュが悩ましげに溜息をついた。

 出てきた細身だが筋肉質のシュマと呼ばれた男は、俺を睨み付けながらエンジュに声をかけた。


「よぉ、エンジュ。大分遅かったじゃねぇか。捜索隊を出すか隊長が悩んでたぜ。よく帰ったな。————で? そいつは何者だ?」

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