第8話 イオドの装備

「それじゃあ、目的の物も手に入ったし強い仲間もできたし、私の村に帰るかね」

 エンジュはそう言うと、長い白髪を翻して最初に眼紐に襲われた場所に向かって歩き出す。


「村か。⋯⋯俺みたいな余所者が入っても大丈夫なのか? 何ならどこか適当なところに待機してるが」

 自分で言うのもなんだが、なかなか怪しい風体だと思う。服装も俺とエンジュではだいぶ違う。俺のは服と言うよりは装甲服に近いものがあるな。


「大丈夫じゃないかな。たまに別の階層からの旅人とかが立ち寄ったりもするし、余所者大歓迎って訳じゃないけど、大人しくしとけば問題ないよ!」

 エンジュはそう言ってニカっと白い歯を見せてはにかむ。

 少し不安も感じるが、彼女が大丈夫と言うならまぁ大丈夫なのだろう。


「君の村はここから近いのか?」

 廃墟の広がる太い道を彼女に並んで歩く。

「近いと言えば近いけど、床を踏み抜いちゃってさ。まぁまぁな距離を滑り落ちちゃったから遠いと言えば遠いそんな感じ」

 エンジュが遠い目をしながらやさぐれたふうに言う。


「踏み抜いた? 床は超硬質体だけな訳じゃない。油断したな」

 俺たちのいる階層都市は、最早覚えてる者もいないほど遥か昔から存在する。

 階層都市の果てを見た者はいない。絶えず都市を創り続ける狂った創造機クリエイターが無限に都市を創造するからだ。止め方も操り方ももう知ってる者はいない。


 創造機が造った場所は基本的には壊せない。特殊な素材で出来た超硬質体は特殊な破壊機能を有する機構以外破壊することができない。

 対して、創造機が造ったわけではない場所は普通に壊れるし崩れる。

「⋯⋯まぁ、こうしてイオドにも出会えたし、運は悪くなかったんじゃないかな」


 ある程度歩くと、俺が最初に寝ていた場所まで戻ってきた。

「そういえば、イオドは何か装備とか持ってないの? 眼紐と戦った時は素手だったけど。⋯⋯落としたとか」

 エンジュが俺を見つけた辺りをガサゴソ探しながら尋ねてきた。

 装備か。確かに兵士なら何かしら武装があった筈だが。

「⋯⋯覚えてないな。素手で戦うことに違和感も覚えなかったし⋯⋯しかし流石に武装無しは有り得んと思うが」


 エンジュに起こされた時に忘れていったのかと一緒に瓦礫の下など探す。

 あの時は起きてすぐ走り出したから、装備の確認などする暇は無かった。

「特に何も落ちてはないわね。ん? ⋯⋯ていうか貴方の腰のベルトに付いてるのってナイフか何かじゃない?」

 俺の後ろでゴソゴソ探していたエンジュが俺の腰の後ろ辺りを指差す。


「ん?俺の腰に何か付いてるか?」

 エンジュが指差す部分を探ってみると、確かに金属質な鞘に収まった小ぶりなナイフが装備されていた。

 引き抜く。なんの素材か判別のつかない黒い柄。そして光を全く反射しない、闇がそのまま刃を成したかのような短い刀身。


「ふむ、一応装備はあったんだな。短いナイフだが」

 作業用としか思えないくらいの短さだが、刃の鋭さは目を見張るものがある。

「⋯⋯おぉ、見ろエンジュ。瓦礫が紙のように切れる」

 試しにそこらに落ちてる岩の瓦礫を切りつけてみると殆ど抵抗を感じることなく切り裂いた。


「へぇ! 凄い切れ味ね。流石は古代の技術はってとこかしら。⋯⋯刀身がちょっと短いけど」

 そこは如何ともし難い。凄まじい切れ味だが、これは武器ではないな。便利に使わせてもらうか。黒のナイフは大事に使うと心に決め、そっと鞘に戻した。


「これ以上は探しても何も無さそうね。まぁ、何千年もここに居たなら装備だけ持ってかれてても不思議じゃないけどね」

 確かに。一番可能性が高いのは盗難にあったとかだろうな。

「素っ裸にされなかっただけマシだと思おうか」

 盗人どものせめてもの温情に感謝か。


 エンジュに先導されてさらに崩れた街跡を進む。すると天井が一部崩れた場所に辿り着いた。

「あそこが私が踏み抜いちゃった箇所よ。あそこを上るのが村まで一番手っ取り早いの」


 階層都市は無限のように増築が繰り返され、行き止まりや何の用途もない部屋や果ても見えぬような広い空間があったりする。

 この階層都市において唯一無いとされるもの、それは『空』だ。

 古の文献にのみ記される頭上に広がる無限の空間。

 エンジュが踏み抜いた箇所の暗がりを見て、俺は何故か空について思いを馳せてしまった。


「どうしたの、ぼぉっとしちゃって」

「⋯⋯いや何でも無い。よくあそこから落ちて無事だったなと思ったんだ」

 高さが10メートル以上はある。エンジュなら死ぬか大怪我する高さだ。


「私は拾い手だからね。緊急用の道具は色々持ってるのよ」

 エンジュが誇らしげにふふーんとそこそこある胸を張る。

「なら、何かあそこまで行けるような道具もあるのか?」

 純粋な疑問を投げかけると、途端に誇らしげだったエンジュの顔が曇った。

「⋯⋯落としちゃったのよ。あの穴以外から帰ろうと思うなら物凄く時間がかかると思う」


 いろいろ足りないのがエンジュらしいと思う。

「俺に抱えて跳んで欲しいと言うことだな」

「お願い」

 俺はエンジュを小脇に抱えると、穴に向けて跳び上がる。

 なぜいま空について思い出したのか、不思議に思いながら。

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