第7話 和解
「正確に言うなら人間では無い。が、精神構造などは人間からそこまで大きく逸脱しているわけではないはずだ。でなければ君とこうして違和感なく会話など出来ない筈だからな」
こういう情報はすらすら出てくるのに、俺個人の情報には掠りもしない。
「⋯⋯びっくりしちゃった。越境者って実在したのね。初めて見たわ。越境者についての文献は少なくてあまりよくは知らないのだけど、痛みの感じ方とか違ったりするのかしら? 痛みに鈍くて、だから相手がどれくらい痛がってるか分からないとか」
あまり考えたことはなかった気がするが、言われてみればそうかもしれない。
「⋯⋯痛みに鈍いというより、俺は痛みを感じない。身体のどの部分がどの程度損傷してるかという警告はあるがな」
俺は痛みについて全く知らない。少なくとも覚えてる限りは彼女の言う苦痛で悩んだことはない。
網膜に投射される文字から損傷の度合いを計れる。
「なるほどね⋯⋯。それでトドメを刺さなかったのね。痛みを知らなければ確かにトドメは無駄な行動に思えるかもね。⋯⋯でも貴方は学べるわよね。知って欲しいの、少なくとも貴方以外の生物にとって痛みは耐え難いものなの。殺すなとは言わないわ。敵性機獣は極めて危険な存在だし。だから殺るなら一思いにね」
エンジュはニヤリと不適な笑みを浮かべ、グッと喉を掻き切る動作をする
「⋯⋯そうだな。そこまで痛みが忌避すべきものだという認識は俺には無かった。わかった。約束しよう。次からは苦痛を与えず一思いに殺るとしよう」
俺もエンジュに倣ってグッと喉を掻き切る動作をする。
無駄な痛み、無駄ではない痛みの違いは未だ分からないが、敵に対してすら慈悲を持てというエンジュの言葉には考えさせられる何かがあったと思う。
分からないなりに考え続けるべきことだろう。
エンジュの疑問も解けて、この場の雰囲気もやわらいだ。
「それにしても、俺が人間では無いという話を、君はやけに簡単に信じるんだな。嘘だとは思わないのか?」
俺の疑問にエンジュが微笑しながら答える。
「村のお年寄りが前に言ってたのよ。遠い昔には人間と何かが混ざった存在が居たらしいって。壊れかけの記録媒体も見せてもらってね。それで越境者について少しだけ知ってたのよ。それにびっくりはしたけど嘘とは思わないかな。あれだけのものを見せられたらね」
遠い昔か。長く寝ていた感覚はある。実際のところどれほど俺は寝ていたのだろうか。
「そのお年寄りの言う遠い昔とはどれくらい昔なんだ?」
「んー、正確にはわからないけど、何千年とかそんなじゃないかな。あ、ってことは貴方すごい古い時代の人なのね。よくまだ動いてるわね。⋯⋯やっぱり古代の技術は今の私たちじゃ理解できない域に至ってたのね。———で、何を守っていたかは思い出せた?」
人ではないが、まぁいいか。
それにしても何千年とは。そんなに眠っていたのなら、記憶領域のどこかが破損していたとしても仕方ない気がするな。
俺の体内を走るナノマシンどもが修復してくれるのを期待するしか無いか。
「⋯⋯具体的には思い出せていないが、俺は兵士だった。それは確かに覚えてる。そして兵士なら国を守っていたはずだ」
その筈だが、なんだろうか。言いながら正解からはズレているような気がする。
国という曖昧なものではなく、もっとピンポイントに何かを護っていたような。
「まだそこらへんは思い出せなそうだね。これから少しずつ思い出していけばいいんじゃないかな。私は取り敢えず貴方がヤバい奴じゃないってわかって良かったよ」
そうやってすぐ他人を信じるのは美徳でもあるが危ういものを感じるな。俺は彼女に危害を加えようとは思わないが、出会う全員がそうとは限らない。
「⋯⋯もう少し他人を疑ったほうがいい。今回だってそんなに俺を怪しいと思ったのなら逃げるべきだった。問いただしたりせずにな」
「それに関してはねぇ、よく言われるんだけど治らないんだな」
エンジュがテヘヘと頭を照れくさそうにしながら掻いている」
「⋯⋯貴方の強さをみてさ、怖さもあったけど頼もしさも感じててさ。私の目的を達するためにはやっぱり強さが必要不可欠なのよ。今回も君に出会わなければ最悪死んでたかもだし。だから命張るならここだなって」
真剣な眼差しを俺に向けてくる。整った顔立ちも相まって強い圧を感じる。
「————貴方さえよければ、これからも一緒に行動しない? 貴方の記憶を取り戻すのを手伝うからさ、私を護って欲しいんだ」
決意を込めた眼差し。
長く、気が遠くなるほど永く待った気さえするコマンド。
俺は迷いなく応える。
「了解した」
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