第6話 対話

 エンジュに微かに恐怖を孕んでるような表情で何者か問われた。

 俺は考えた。恐らく単純に俺が誰なのか尋ねたわけでは無いだろうと。もっと根源的な、俺がどちら側に属する存在なのか。エンジュと同じ精神性の存在か、それか見た目は同じでも中身は違うのか。


 俺を見るエンジュの眼からは同じ存在を見ている様には感じられない。隔たりを感じる。

 異質な存在なのでは無いかと疑問を投げかけられている。

 だが何故そう思われているのか俺には分からない。


 言われた通りに眼紐を無力化し、飲み込まれていた記録媒体を取り返した。

 この一連の行動に何か疑問を挟む余地があったのだろうか?

 対話の必要があると判断する。


「———君が俺の名前や所属を尋ねているわけではないのは理解している。俺が君の理解し得る存在なのかどうか、そう聞いているのだな?」

「⋯⋯そうよ。私はあなたが別の階層からきた人物なのかと思ってた。何かしらの事故で気絶してたのかと。服装も違うし。ちょっと思ったより強いんだと感じたけどそういうものかなと。———何故トドメを刺さずにあんな事をしたの?」


 あんな事?トドメを刺さずにというと、

「記録媒体を取り返すために眼紐の腹を割いた事か?」

「そう。私が頼んだ事だし、取り返してくれた事には感謝してる。でも、何故生きたままあんなむごい事をしたの? あなたの強さならトドメを指してから記録媒体を探すでも良かったじゃない」


 酷い? 何が酷かったのだろう。体内から記録媒体を取り出すにはああするしか無かった。トドメの有無で作業の難易度は変わらない。

「トドメを刺す意味はなんだ? 放っておいてもあの個体はじきに死んでいた。作業の邪魔にならない程度に体力は減らしたから問題なく記録媒体は取り出せたぞ」

 俺が本気で理解していないことが分かったのか、エンジュが顔を歪めて訴えてきた。


「無駄に痛みを与えずにトドメを刺してあげるべきでしょ? 敵だとしても最低限の慈悲は与えるべきよ」

「無駄な痛みと無駄ではない痛みの違いがわからない。目的を達するため動けなくする必要があった。動かなくなったのだから、後は記録媒体を取り出せばいい。相手の痛みの有無に関して慮る理由は何だ?」

 俺の答えに、エンジュは驚愕の表情を浮かべた。


「本当にわからないの? 機獣だろうと殺すならなるべく苦痛無く逝かせてあげるべきでしょう。私の村の狩り手たちはそう言ってたし、私もそう思う」

 エンジュは俺が必要以上に眼紐に苦痛を与えたのがどうしても気に入らなかったらしい。

 痛みというのは、彼らにとってそれほどまで重大な問題であるらしい。


「そもそも貴方なるべく殺さないよう行動してたじゃない。逃げるよう私に提案したりしてたし」


 僅かに鼓動が乱れた気がした。

「それは、そうするべきと思ったから⋯⋯」

 何故そう思ったのだろう。

「何故そう思ったの?」


 俺の頭の中の言葉と同期するように、エンジュが問うてくる。

 あの時は自然にそう思えたんだ。だが何故なのか考え始めるととたんに、

「⋯⋯わからない」

 何も思い出せない。過去について思い出そうとすると、空気を掴もうとするかのように記憶が逃げていく。


 変な汗をかきそうだ。俺にそんな機能は無いはずなのに。

 顔に手を当て、どうにか記憶を振り絞ろうとする。

「少しずつでいいの。思い出せることから話してみて」

 エンジュの先程までの恐怖を孕んだような声ではなく、こちらを落ち着かせようと一生懸命な声色に、少し気持ちが落ち着いていくのを感じる。


「とりあえず、これで顔でも拭いて。凄い状態よあなた」

 エンジュが腰のポーチからタオルをくれたので顔を拭う。

 眼紐の血やらですぐに汚れてしまった。


「⋯⋯教わったんだ」

 その汚れを見つめたまま、俺は呟いた。

「誰に?」

「————わからない」

 誰に教わったかわからない。そう認識した途端、とんでもない喪失感に襲われた。

 失ってはいけないものを無くした気がする。


「⋯⋯大事な人だったのね」

 大事な人だったのだろうか。大事とはなんだ? ただ分かるのは、自分の胸の中に何かが嵌っていないモヤモヤする感覚。

「わからない、がその人に殺さなくていいものはなるべく殺さないよう言われた」

「その人は、必要以上に痛めつけないようにとは言わなかったの?」

 俺は何とか思い出そうと記憶を手繰り寄せようとする。


「言われなかったと思う」

 何度思い出そうとしてみても殺り方について言われた記憶はない。

「⋯⋯何だか貴方に対する教育がだいぶ雑だし物騒ね。でも何となくあなたのチグハグな行動の理由が見えてきた気がするわね」

 エンジュはうんうん、と頷くとさらに質問を重ねる。 

    

「あんな廃墟の中で眠っていたのは何故かわかる?」

 そう、俺は寝ていたんだ。だが何故。

「————っ!」

 瞼の奥、眼球のさらに奥。ずっと眠っていた脳内に電流が走る感覚。

「⋯⋯守っていた⋯⋯」

「寝ながらってこと?」

「⋯⋯いや、俺は任務を全うできなかった。その結果あそこで機能停止した」

 そう、力が足りなかった。守れなかった。だが何を?


「機能停止って人間じゃ無いみたいに⋯⋯」

 エンジュが冗談でしょ、みたいな顔で笑う。

「ん? さっきも言ったが俺は第1種戦闘型強化兵。素体こそ人間を使用してるが、色々混ぜられてるという話だから人間では無いぞ」

「⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」

 しばし無言の時間が流れる。


「————あなた人間じゃ無いの!?」

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