第5話 恐怖する少女

                エンジュ視点


 彼の人間離れした頑丈さを目の当たりにして、勢いで眼紐の元に向かわせてしまったけれど、冷静に考えると不味いことをさせたかもと私は思い始める。

 村の衛兵の中にはイオド程ではないにしても、私みたいな拾い手何かとは比べ物にならないくらい頑丈な者も存在する。


 だけど実際にどこまで平気なのかは私は知らない。女である私の前で強がってるだけで、実際は凄い痛かったりしたかもしれない。

「⋯⋯今更だけどやっぱり一緒に引き返した方が良かったかも」


 イオドが跳んでいった方向に意識を向けると、もの凄い衝撃音が聞こえてきた。ついさっき聞いた彼が吹っ飛ばされた音によく似ていて、私は血の気が引いた。

「————っ! イオド!」

 私は居てもたってもいられず、自分が行ったところで何も出来ることはないことは自覚しつつも音源に向かって走るのを止められなかった。


                   ◇


 何かが地面に何度も叩きつけられる音が響く。

 私はあれから複雑な廃墟を走り、少し迷いながらも戦闘音の響く場所の近くまで辿り着いた。

「⋯⋯イオドは無事かしら」


 叩きつける音が連続するなか、私は恐怖からまだ音源の方を覗き込むこともできていない。

 もしこの叩きつけられてるのがイオドだったら。むしろその可能性の方が高いのではないか。

 そんな想像をしてしまい、肌寒さすら感じ始めてしまう。

 私が恐怖で固まって震えていると、ふと響いていた音が止んだ。

 少し待ってみてももう音はしない。


「どうなったのかしら?」

 廃墟の壁から恐る恐る顔を覗かせる。

 するとイオドが眼紐に向かって屈み込んで何かしていた。

「⋯⋯無事だったのね」


 イオドが生きて動いてる光景に、ホッと胸を撫で下ろす。

 眼紐はぐったりとして動く気配もない。単身撃破は村では英雄並みの扱いなのだが彼はそれができる程の実力者なのだ。

 彼の無事な姿に喜びを感じつつ、驚かせないようそっと近づこうとすると、彼が何をしているのかが見えてしまった。


「————ぇ」

 彼はまだとどめを刺されていない眼紐に両腕を突き込むと、メリメリと音を立てながら腹と思しき場所を無理矢理開いていった。

 ブチブチと皮と肉が引きちぎれていく音が、無音の廃墟に嫌に大きく反響する。身震いする生々しい音に、私は根源的な恐怖を感じてしまった。


 痛みなのか反射なのか、内臓を掻き回されているだろう眼紐がビクンビクンと痙攣している。

 私は先ほどまで感じていた恐怖とはまた別の恐怖に身動きが取れなくなった。

 トドメを刺されず生きたまま腹を割かれた眼紐。今まで彼らの感情など片鱗も見たことはなかったが、この個体は私から見ると明らかにイオドに対して恐怖していた。


「⋯⋯お、これかな」

 何か見つけたのか、イオドはグチャグチャと内臓を掻き回すのを止めるとどろどろと血なのか判別できない何かに塗れた球状の物体を引き抜いた。


 そして私の元へ戻るつもりなのかこちらに振り向いた。目が合う。

「あぁ、近くまで来ていたのか。危ないから隠れてもらっていたんだが」

 上半身や顔のあちこちに眼紐の返り血塗れのイオド。

 でもその表情は短い付き合いながら見慣れたゆるい苦笑。

 だからこそこの状況と表情の乖離に背筋が凍る。


 私が相対してるのは、いったい何者なのか。同じ人間か。眼紐の単騎討伐はかつて成し遂げた戦士が居たというのは聞いたことがある。

 なので私が恐怖を感じているのはその強さに対してではない。獲物を生きたまま解体し、苦しむ姿を目の当たりにして尚変わらぬ彼の精神性に恐怖している。


 彼が戦利品を渡すためかこちらに一歩踏み出してくる。

「————っ!」

 思わず一歩後ずさってしまう。

「ん? どうしたエンジュ。記録媒体なら無事見つけたぞ。機獣が飲み込んでいたようでな、消化でもされていたらどうしようかと思ったぞ」

 彼も私の態度から何かおかしいと思ったのかもしれない。微かに怪訝な表情で、

「だが見ろ、特に傷もなくこれなら君の目的も———」

 私に私が取り返すよう頼んだ血塗れの記録媒体を差し出す。

 だけど私は受け取らず意を決して疑問を発した。


「———イオド、貴方はいったい何者なの?」

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