第10話 村に入りたい
「この人は別階層からの旅人よ。私がちょっとトラブってたところを助けてもらったの」
ちょっとのトラブルではないと思ったが、懸命な俺は黙っていた。
「⋯⋯トラブルだぁ? おおかた無駄に寄り道でもしたんだろ。⋯⋯ったく、あれ程大人しくしろと何度言っても聞きやしねぇのな。詳しくは後で隊長も一緒に聞いてもらう。たっぷりと絞られろ」
げぇ、とエンジュがもの凄く嫌そうな声を出す。
よほどその隊長とやらは怖い人物なのかエンジュはプルプルと震えている。
一度こってりと絞られた方がエンジュの今後の為になる。俺はまだ見ぬ隊長さんに手は抜かぬようひっそりと期待を込める。
俺が遠い目をして隊長さんに思いを馳せていると、
「———で、次はあんただ。エンジュを助けてくれたことは感謝する。大事な仲間だ。⋯⋯それで、なにやら別階層からの旅人らしいな。このまま旅を続けるのか?」
当然だが、エンジュと話していた時のような親しみは全く感じられず、むしろこのまま旅を続けろと言われているかのような眼光だ。
「彼はイオドっていうの。もの凄く強くて、私の護衛に——」
「———お前に聞いてねぇ、この男に聞いてるんだ」
シュマとやらのなかなかの威圧にエンジュは思わず黙り込んでいる。
彼は俺に対してかなり警戒しているようだ。もしかしたら少なからず怯えもあるのかもしれない。槍のようなものを握る指が必要以上に強張り、真っ白になっている。
「俺はエンジュの護衛としてついて行こうと思っている」
そうするべきだと、俺の脳細胞が言っている。
「あぁ? こいつの護衛なんてお前に何の利がある。ハッキリ言うと感謝はしてるが得体の知れなさすぎるお前みたいな奴は村に入れる気はねぇ。とっとと次の階層に行くんだな」
「ちょっと!! 何であんたが勝手に決めるのよ! 旅人とか村の人じゃなくても入れてたじゃない!」
シュマのハッキリとした俺に対する拒絶に、エンジュが唾を飛ばして激昂する。
俺は正直こうなると思っていたから驚きはない。何なら外で待機していたって問題はないのだ。
だがエンジュには許しがたかったようで、ギャーギャー喚くのをやめない。
「———うるせぇな! 門番には村に受け入れるか受け入れないか決める権限があるんだよ。お前もそこに突っ立ってても村には入れねぇからとっとと行けよ」
もはや彼の中では俺を村に入れないのは決定事項なようだ。
俺としては別に構わないのだが、エンジュがえらい勢いで喚いているのが流石に不憫に思うので、とりあえずエンジュの護衛をする利とやらを言っておこう。
「俺は記憶を取り戻したい。そのためにエンジュの護衛をしつついろいろ経験したいと思ってる」
「記憶がねぇだと? 余計怪しいじゃねぇか。経験積みてぇなら一人で旅しろ」
確かにごもっともな意見だ。エンジュと行動を共にしなければならない理由は潰されてしまった気がする。
「一人じゃ気付けないことや、経験できない事はたくさんあるでしょう!私は彼と約束したの!記憶を取り戻す手伝いをするって。それに彼の強さは私に必要なの。目的を達する為には」
そう、約束したんだ。約束は大事だ。
「ダメだったらダメだ! そもそもお前はもうそんな事してられる身体じゃないだろ! 大人しくテミス様の沙汰を待てよ」
どうやらシュマとやらはエンジュを心配しているらしい。
テミス様とは村の有力者か何かだろうか。
「エンジュ、沙汰とは何だ? 何か結果を待たなければいけないなら待つべきでは?」
それからでも遅くはないと思うのだが、
「それじゃ間に合わないかも知れないのよ!」
今までのふざけた雰囲気とは違う真剣な声音。
俺もシュマも気圧されてしまう。
「お、おい。間に合わねぇってどう言う事だよ? まだテミス様の沙汰は出てねぇだろうが」
「私が記録媒体を探していろいろ寄り道してるのは知ってるでしょ。前に見つけたのよ。滅んだ文明の医療施設を。いくつか古代語は読めるから使ってみたの」
「————っ」
医療施設? エンジュについて何も知らない俺は話について行けてないが、医療施設という単語を聞いてシュマの顔が歪むのが見えた。
「私には時間が———」
「———エンジュが怪しい男を連れて帰ったと聞いたが、お前か?」
エンジュの吐露に被せるように村の入り口が開き、中から悠然と剣を佩いた男が歩いてくる。
そして俺を鋭い眼光で見定めながら、問いを発した。
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